川エビたっぷりのとろけるキッシュ1
朝起きて身支度を整えると、待っていたココを連れて扉を開ける。朝日が上り始めた村は既に目覚めていて、あちらこちらで動物たちが鳴いていた。
塔での生活は快適だ。でも、宿屋の料理部屋の横に部屋を増室案は既に決行されている。よって、近い将来塔から移らねばならない。
それにしてもボリスの仕事量には驚かされる。朝起きると朝食までの間、森で木を切り板を作り、半端な丸太で薪まで作るらしい。朝食後はアリシャの部屋を作る準備をドクやエドとし、暇を見ては家畜小屋の柵を直したりするのだとか。
「一人で何人分働くんだか!」
レゼナがボリスに頼まれたシーツを手に入れて宿屋に来たとき、あまりの働きぶりに笑ってしまっていた。
「この前ボリスに言ったのよ。このままここに住んでおしまいなさいなって。そしたらそうしたいけど戻らなきゃならない理由があるって言うのよ」
そこで一旦言葉を切ると、アリシャに身を寄せてコソコソと囁いた。
「きっと心に決めた女の人が居るのよ、あれは」
アリシャは返事に困って、ハァとかヘェとかそんな事を口にした。
「あんな働き者の男でさ、愛想もいいじゃない。居ないわけないのよね、彼女が。あのグリーンの瞳に見つめられたら私だってちょっとドキリとしてしまうもの」
これにも返事に困る。だから答えはハァとなってしまった。あまりに話に乗ってこないアリシャに、レゼナが豪快に笑って肩を叩いてきた。
「私の可愛いのアリシャはまだ恋愛とは程遠いところに居るのね? 焦ることはないわ。そのうちピリピリするような男と出会うから」
ちょっぴりこういう話が苦手なアリシャだが「レゼナさんはドクさんと出会ったとき、そのピリピリしたんですか?」と流れで聞いてみた。
「そうねぇ。昔はもっとパリッとしていたしね」
話しながら片手でシーツを抱え、もう片方で自分の目尻を釣り上げておどけるレゼナにアリシャは表情を崩す。
「レゼナさんってば。私は今のドクさんの優しそうな目が好きですよ。ウィンの目もそっくりですよね」
レゼナは若い頃のドクはもっと目尻が上がっていたと言いたかったのだろうが、ウィンを見ていると然程変化はないのではないかと思っていた。
「ふふ。あの優しい目で口説かれるとねー」
惚気けるレゼナにアリシャは微笑ましく思い、ニコニコしながら頷いた。幾つになっても仲睦まじいのは憧れる。アリシャの両親もいつだって互いを思い合っていた。
「さ、色男ボリスのシーツをやってくるわね。ミントもレオ様から貰ってきてあるのよ。じゃあ、またね」
春は忙しいと会うたびに言っているレゼナは足早にシーツを置きに行き、その後家畜の世話をしにいった。
そんな事を思い出していた時、アリシャは水車小屋の横で何やらやっているボリスを見掛けた。屈み込み背を丸めて川に手を入れているようだった。
アリシャはそのまま宿屋に行って仕事をしようか迷ったが、興味が引かれココを連れてボリスの元へと行ってみた。
近づいていくと水のバシャバシャという音と、大きい桶で水を掬っているのがわかった。
「ボリス、何をしているの?」
屈んだ状態で顔だけ振り向かせると、ボリスは「やあ、麗しのアリシャ。おはよう」とウィンクした。
やはり宿屋に真っ直ぐ行くべきだったかもと後悔しながらも「おはようボリス」と返す。
「ここほら水車に水を引き込むようになってるだろ? 窓用のツノを水に浸しておくために来たらなんか飛び跳ねてるから見てみたら、大量のエビ! ほら」
ボリスが桶で掬うと、エビが大量に踊っている。飛び跳ねる水滴も量を物語っている。
「せっかくだからアリシャに持っていって何か美味しい物に変身させて貰おうと思ってたら本人が降臨」
ポンッと桶から飛び出たエビをココが吠えて、怯えながら手を出してみたり戯れている。
「食べたらダメよ、ココ」
「ハハハ、問題と思うけどね。でも、そういう訳だからココはお預けだ」
飛び出たエビを地面に軽く押し付けるようにして捕まえると、桶に戻した。
「このままじゃ運んでいる最中にドンドン飛び出して宿屋につく頃には半減してそうだな」
二人の見ているところでエビはピチピチ跳ねて桶から飛び出したり、そのまま川へと戻ったり。
「そうね……葦を被せたらどうかしら?」
「お! それはいいアイデアだ。取ってこよう。ココ、食うんじゃないぞ?」
名を呼ばれたココは、エビよりボリスが良いようだ。尻尾を振って、葦を取りに行くボリスの後を追いかけていった。
一人残されたアリシャはドンドン飛び出てくるエビを捕まえては桶に戻す。
それにしてもこんなに大量の生きているエビを見るのは初めてだ。アリシャの村は川から離れていたので時々魚を釣りに行ったおじさんがエビも捕れたからとくれる程度で、そんな時は片手に乗るほどしか貰えなかった。




