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34.5話『無自覚な繰り返し』

 夏は嫌いだ。ずっと空気がジメジメしてるし、日差しに晒されると皮膚が刺すように痛くなるし。何をするにもやる気を削がれる、出来ることなら夏が終わるまでずっとクーラーの効いた部屋に引きこもっていたい。そう思うのは俺だけじゃないはずなのに……。



「攻守交替〜!」


「よっしゃかっ飛ばしたんで〜!!」



 茹だりそうな頭に青少年達の元気な声が銅鑼のように響く。

 令和の夏ですよ? ただ普通に生きてるだけで冗談抜きに死ねるような猛暑の中ですよ。風鈴で涼を取れてた時代と違うんだよサンダルが溶けてコンクリートに引っ付く時代なんだよ??? なんでそんな元気よく声を張り上げられるのかね、理解出来ん。


 まったく、猛暑日の体育なんて危険行為でしかないだろ。気温が一定の温度を超えたら警報発令して体育中止するなりしてくれよ。間引こうとしてるのか? いくら水分も塩分も取ったところで脳みそ電子レンジにかけられたら無駄でしょうが。


 砂を蹴りながらグラウンドから捌けて木陰に移動する。気休め程度にしかならないけど直射日光を受けるより影に隠れた方がマシだからな。他の連中は校舎の影になっている昇降口前の階段を占拠している。談笑する相手も居て、建物があって風がある、打順を待つ間のベストポジションだ。

 はあ。俺にも話すような相手が居たらあのポジションに身を置く権利が得られるというのに。悲しいかな、授業中の空き時間に俺に話しかけに来てくれるような酔狂な奴はうちのクラスには居なかったとさ。



「あそこのコンビニまじぬるいで、この前なんか」


「ダイヤ未満の雑魚が話しかけんな格下」


「あの女また後輩とヤったらしいよ。お前も童貞捨てたいなら言えばいいんじゃね?」



 やっぱり一人で良かったかな。他の連中の話題に乗れる気がしないわ。



「?」



 する事もないので枝葉と青空の境界を何も考えずに眺めていたらジャージのポケットからピロンッという通知音が鳴った。おかしいな、グループチャット系は全部通知切ってるし広告類はブロックしているのに。親から? こんな時間に?


 てか普段通知なんて来ないから意識してなかったんだが、スマホの通知音って切っておかないと結構大きいんだな。教師が離れた位置に居てよかった、木の背後に回り込みコソコソとスマホを開く。



『いま体育してるのって卜部ん所の組?』



 やり取りをした覚えのない相手からの最初のメッセージ。


 誰だろう、アイコンは友達と一緒に種類違いのアイスを持った手を映してる写真。微笑ましい。しかし個人を特定できる材料がない。


 アカウント名は可愛らしい書体の『R』の一文字。ロケット団の公式アカウントである可能性が高い。勧誘かな? 俺もヒドイデに頭パクってされて顔色紫にしないといけないのだろうか。



『誰ですか』


『瑠璃川ですけど』


『瑠璃川かよ。わかりにく』


『イニシャルRじゃん。分かれよ』


『お前の場合Lの可能性もあるだろ』


『キラと頭脳戦繰り広げた覚えないんだけど』


『そっちのLだったら死者じゃんお前。てかイニシャルを取るならRRとかLLとか二個連なる形式の方がわかりやすくね』


『レイドラプターズでもリリカルルスキニアでもないから』


『急な遊戯王ネタ』


『卜部はおろかな埋葬の埋められてる人にそっくりだよね』


『腕だけじゃん。早すぎた埋葬と間違えてるだろ』


『笑』



 笑て。ボケに対してリアクション示したら笑の一文字で返すってどうなんすか。急にはしご外して冷笑ですか、酷い女だ。



『ところでおじゃまイエロー』


『殺すよ?』


『なんで登録名イニシャルなん?』


『殺すよって。寄生虫パラサイトてめえコラ。誰がおじゃまイエローじゃ』


『普通に理子でよくね。名前短いんだからその洒落た書体でも収まり良いだろ』


『え?』


『圧かけんなって。じゃあお前はイビルツインの青い方でいいよ』


『その下りはもうどうでもいいんだけど。初めて私のこと名前で呼んだね卜部』



 ……。

 スマホを閉じる。



R『おい』

R『おい』

R『無視ひどいよ』

R『おーい』

R『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおいいいいいいいいいいい』



 俺のスマホの通知欄に見た事ない連投が重なっていく。授業中だぞ。おおおいいいの長文が荒らしコメント並に送られてくる。どんだけ必死にあ行のキーボードフリックしてるんだよ。先生にバレるぞ。



R『思って』

R『終わった』

R『鬼の人』

R『弟』

R『ぉ』

R『尾』

R『緒』



『お前いま予測変換で出てきたのそのまま打ち込んでるだろ』


『急にシカトすんなし』


『授業中だぞ』


『私も』


『私もって返し何? 当たり前だろ同じ学生という身分なんだから』


『授業中だぞって指摘の意味がわかんなかったからてきとーに返した』


『授業中にLINE送ってくるなよ不良め』


『ひま』


『板書写しなよ』


『自習だもんやる事ない』



 自習かあ。中三の自習って本来暇を享受できる時間じゃないと思うんだけどな。受験に備えて少しでも勉強しておこうとか思わないのかねえ。



『話題プリーズ』


『じゃあ話戻すけど。瑠璃川って分かりにくいから登録名変えようぜ』


『なんで名字? さっきみたいに名前で呼んでみてよ』


『変えないのか?』


『変えないよ。あと名前は?』


『なんで?』


『名前は?』


『なんで?』


『無限ループになるって。名前で呼ぶ気ないのね、意味分からん意地張りおって。下の名前はダサいからそれに変える気はないよ』


『どこがダサいんだよ』


『ババくさい』


『ババくさい? あんまり共感出来ないけど』


『そうまなんて俳優みたいな名前貰ってる恵まれた奴には理解出来ないさ』



 おお。瑠璃川に下の名前認知されてたんだ。言ったことあったっけ?

 ……あるわ、小学生の頃にちょろっと言った記憶ある。昔の事だしそれ以降話題に出たことないから忘れていてもおかしくないのによく覚えてるな。



『まじコンプレックス。名前がダサいのって地味にメンタルに来るんだよね。なんで理子なんて昭和ネーム付けたんだろ』


『元の名前が理人だから近い名前に変えたって流れじゃないの』


『理仁な? 漢字違うから』


『ごめんなさい』


『許す。もう二度と使われない名前だしな』



 わあ。名前が変わった背景を知ってるせいで重く感じるセリフ。

 あ、次俺の打順だ。一旦スマホを仕舞いバッターボックスに向かう。



「ふんっ!」



 バスッ。ストライク。



「ふんっ!」



 バスッ。ストライク。



「ふんっ!」



 バスッ。ストライクゾーンの外を往くボールに対しバットを大振りし鮮やかなストライク。スリーストライク、バッターアウト。


 いやまあ俺が悪いんだけどね? 明らかにこちらを舐めてかかった大暴投に対して当たるわけもないフルスイングをしたんだもん。そりゃ何やってんだーってなるのは当然だけども、あまりにも非難轟々が過ぎる。野球部の集まりってわけでもない癖に大真面目なもんだな。


 トロトロしていたらケツを蹴り飛ばされる恐れがあるのでそそくさとグラウンドから離れてまた木陰に隠れる。


 スマホを出したら未読の通知が26件も溜まっていた。スパムかな? いや、差出人は全て『R』だ。授業時間だって言うのによっぽど暇を持て余してるな瑠璃川の奴。



『ただいま』


『ただいまじゃなくない?』


『どうしたんスか』


『"ス"きもいからやめてね。会話を中断するなら一言そう伝えるべきじゃない? いきなり消えるとか引くんだけど』


『なんで怒ってんの?』


『怒ってないけど』


『ごめんなさい』


『(`-´)』



 顔文字だ。瑠璃川ってこういうの使うタイプなんだ。てか長文とか打つタイプなんだな。真顔で短文連投するタイプだと思ってた。



『瑠璃川のクラスは何の授業で自習になったん』


『世界史』


『よっしゃうちも五限世界史だわ』


『こっちのクラスは進みが早いから他のと合わせる為に自習なんだって。お前らん所は遅い組だろ。どうせ自習にはなんないよ』


『急に辛辣。こっちのクラスに嫌いな奴でも居るの?』


『卜部がいる』


『俺の事嫌いなんすか。傷付くなぁ』


『嫌いだったらLINE送んね〜〜だろっ』


『おお』


『冷笑しないで?』


『おお』


『•᷄ࡇ•᷅』



 返信に困って適当に短文を投げつけていたらまた顔文字が飛んできた。つくづく意外なキャラだなあ、文章の癖も合わせてキャラが違いすぎる。



『あ、攻守交替だわ。守備位置に行かねばならない』


『頑張れー。眺めとくわ』



 スマホを閉じる直前に送られてきたメッセージが頭に残る。眺めとくわ? 俺の事見てるのか? なんで?


 校舎を見上げる。……あ、瑠璃川だ。頬杖をついてそうな角度でこっちを見下ろしてる瑠璃川が窓越しに見える。



「が、ん、ば、れー、か」



 手をヒラヒラと振った瑠璃川の口パクを解読する。


 軽く手を振り返してみる。すると瑠璃川の口の端が緩んで笑顔に近い表情を作った。

 ……なんか、恥ずいな。俺は瑠璃川に向けて『こっち見んな』と口パクで言い放ち背を向ける。





「いってぇー……」



 40度に差し迫る殺人級の猛暑から一転、むしろ肌寒さすら感じるほどに空調の効いた保健室のベッドに仰向けで寝転がりながら呟く。


 相手チームが出したホームラン級の大ヒット。

 経験者であれば取るのを諦めるくらいの長打を外野だし俺の居る方へ飛んでくるしで愚直に取りに行ってしまった結果、足と足が見事に絡まり顔面をもみじおろしする勢いで転倒。強く頭を打ち、意識こそあるものの頭皮が切れて大出血を起こしちょっとした騒ぎを起こしてしまった。


 現在、俺は頭に包帯を巻かれて保健室に寝かされている。なんたる運動音痴、自分の運動神経の無さに失望。


 なんであんな必死になったんだろうな〜と思い返す。瑠璃川が俺の事見てるって言ってたな。見られてたのかぁ〜……。絶対馬鹿にしてくるよな。笑いのネタを提供してしまった、最悪だ。



「はあ……クッソなんでバカ真面目に追いかけるかなぁ。意味分かんね〜さっきの俺! ぐおおおぉっ」



 瑠璃川の事を意識したら顔の内側に鳥肌が立つ勢いの羞恥心に襲われて頭を抱え呻く。

 転ぶ勢い強すぎて途中側転みたいになってたし、中国雑技団のなり損ないみたいなポーズ取っちゃったし。あれ全部見られたのかよ。終わってる、終わってます。うわ、瑠璃川に話しかけられたくねぇ〜。1週間くらいどうにか会話せずに今日の出来事を忘れるまでやり過ごしたい。


 でも瑠璃川の事だ、どうせ廊下や駐輪場で目指されたら近付いてくるに決まってる。そして意気揚々と俺の事を煽りまくるんだ。どうしようなまじで、瑠璃川の記憶を消し飛ばすボタンとかあったらいいのにな。



「卜部〜?」


「どぅえっ!?」



 ガラガラガラ、と保健室の扉が開く音がすると同時に俺の名を呼ぶ女子の声が響いた。声の主は当然瑠璃川。その来訪があまりにも予想外すぎてうっかり間抜けな声を上げてしまった。黒歴史追加更新、ふざけないでくれまじで。


 瑠璃川は俺の困惑の声を頼りに俺が寝転んでいるベッドを隠すカーテンの前に立つ。今更息を殺しても無駄か、カーテン越しに仁王立ちしている女子生徒のシルエットが見える。何しに来たんだよこいつ……。



「卜部。いま大丈夫?」


「あー……まあ、大丈夫。大した怪我じゃないし」


「着替えてたりしてないかって意図の質問なんだけど、衣擦れの音とかしないし大丈夫だよね。開けるよ」



 そっち? しまった、着替えてるから出直してって言えばよかった。選択肢ミスったあ!


 カーテンが開き、瑠璃川と目が合う。視線が俺の目から頭の方へと移動し、彼女は小さく「おぉ……」と呟いて内側に入り後ろ手でカーテンを閉めた。



「……えっと。なんでカーテン閉める?」


「開けといた方がよかった?」


「閉めたら狭くないすかここ」


「別に良くね。よいしょ」


「おっと!?」



 瑠璃川がベッドの上に腰を下ろした。肩に瑠璃川の背中がドンッと当たる。ベッドの広さ的にこれ以上寝た姿勢のまま距離を取るのは難しい。近い。

 仕方ない、体を起き上がらせ瑠璃川の体に出来るだけ接触しないよう移動し隣に腰かける。



「寝てなくていいの?」


「そんな大怪我に見えるか?」


「見えるだろ。包帯巻いてるし」


「見た目より軽傷なんだって。てかベッドに座るなよ狭いだろ。カーテン開けて椅子に座ってくれ」


「パイプ椅子硬いから嫌い」


「そうですか」



 なるほどね。パイプ椅子嫌いかぁ、ほら仕方ないか。と一応の納得はできるけどやっぱり狭いんだよ。我々は男女ですよ? 距離感というものを少しは意識してほしいところではあるが。


 というか瑠璃川は元々は男だったとはいえ、もう女になってだいぶ経つし自然体も普段の言動仕草も女基準になってるはずだよな。なのになんで俺に対してこんなに距離が近いんだろう、今日に限った話ではなくすれ違った時とかグイッと近付いてきて挨拶してきたりするし。ベタベタ触ってくるし。


 うーむ。うーーーむ……。考えてみればそうだ、男友達として考えるにしても明らかに、明確にパーソナルスペースを無視する勢いで距離が近い。


 ……俺以外にもこんな感じなのだろうか。



「ひょっ」


「? なに」


「え? いや? 何も? なにがなに? 何ヶ崎半島」


「は?」



 眉を下げ、呆れと困惑が入り交じった表情で俺をじっと見た瑠璃川が「なにがさきはんとう……?」と呟きながらスマホを弄り始めた。


 びっくりした。だって急に、ベッドに下ろしていた手に瑠璃川の手が重なってきたんだもん。手のひら同士がひたってくっついたんだもん。そりゃビビるだろ、人差し指と中指の隙間に瑠璃川の細っこい指が入ってきたんだぞ? いきなりそんなことされてノーリアクションを貫けるかって。


 手を引いて瑠璃川の様子を見る。無反応。こっちが手を引いたことすら気付いてない様子で、そのままスマホを弄っている。


 今の行動が何も意識していない偶然の接触だったって? そんな事ある? 手の甲が当たることならあると思うよ、でも手のひら同士だよ? 相手の手が自分のすぐ横にあると分かった上でそのまま腕を下ろさないと当たりようがないじゃん。肘から先のどこかしらが接触すると分かりきった状態で下ろさなきゃそんなぴったりくっつくことなんて無くない? 意図しての行動じゃないのか???



「頭大丈夫?」


「どうして急にディスった?」


「ディスってない。怪我の心配してんの」


「言葉足らずすぎだろ……」


「一を聞いて十を知れ。で、大丈夫なの? 痛くない?」


「痛くはないけど」


「ほんとに?」


「おっ!?」



 瑠璃川がスマホを太ももの上に置き、こちらに体を倒して俺の頭に触れた。

 傷の具合を確かめているつもりなのだろう、でも近いな。そこまで大きくもないベッドに隣同士で座った状態から、更に体を近付けてきている。大分近い。眼球がすぐ目の前にある。それでもって頭も撫でてくる。


 突拍子もなくそんな行動を取られたせいで反射的に瑠璃川の手を払い除けてしまう。すると瑠璃川は拗ねたように頬を膨らまし睨んできた。



「なんだよ。人の手を汚物みたいに」


「おかしいだろ!」


「なにがだよ。手、ちゃんと洗ってるし。 石鹸の匂いするだろ」


「だからそれ! それが良くない!」



 瑠璃川の手のひらがグイッと鼻先に近付く。確かに石鹸の匂いは微かにするけどもそういうことではない。この行動もおかしい、良くない。瑠璃川の手から逃れようと顔を逸らしたら、ムキになった瑠璃川の手のひらが目の前を追尾してきた。



「何がしたいんだよ瑠璃川!? 俺の鼻をへし折りたいのか!?」


「声おっきぃ……。あきらかに私の手を臭がっただろ。ざけんなよマジで、ちゃんと嗅げ」


「嗅がねえよ臭がってもねえよ!? 体臭気にする前に性別の壁に気を回してみない!? 全体的にお前のスキンシップ、近すぎるかも!!」


「性別に気を回してるから体臭ケアちゃんとしてるって主張してるんだろうがアホか」


「一理あるけどその主張は別の形で昇華させればいいんじゃないかな! 直で匂いを嗅がせるのは人間ではない生物のマーキング方法かもしれない!」


「嗅がせるって言わないで? なんか気持ち悪い」


「今の行動について別の表現があるなら是非教えてくれ」


「……むう」



 こちらの指摘を受けて己の行動を省みたのか、納得のいかない顔ながらも瑠璃川は手を引き姿勢も元の普通の座り姿勢に戻した。良かった、数秒前までのしかかってきそうな勢いで体を倒してきてたからな。本当に心臓が止まるかと思ったよ。



「性別の壁かあ」



 ボソッと瑠璃川が呟く。



「やっぱり変かな?」


「……俺に聞いてる?」


「お前に聞いてる。私のお前に対する接し方って、変?」



 なんだその答えにくい質問。



「別に男女間でボディタッチがあるのは珍しいことでもないだろ。教室でじゃれついてる男女を見るのも皆無ってほどでもない」


「じゃれついてるて」


「確かに中学に入ってからの男女には簡単に触れ合う事すら何かしらの意識が芽生えるみたいな、壁みたいなものは出来たと思う。男子の手が軽く当たったらゾワッとくる瞬間もあるし」


「あるんかい。その割に俺にはベタベタ触ってくるよな」


「そりゃ私、元々男だし」


「一個前の自分の発言覚えてるか? その前提があったとして、男子と接触したら軽くゾワッたりするんだろ。あんま関係ないだろ、昔は男だったとかそういうのは」


「卜部にはそれがないもん」


「はい?」


「他の男に触られた時のゾワッと感とか、嫌な感じが全くしない」


「は、はい?」


「同じ小学校出身で、男だった頃に遊んでた連中も何人かいるけどさ。そいつらはなんか無理。でもお前は嫌じゃない」



 ??????


 どうした。なにこれ、どう受け取ればいい? 俺は今、どんな顔をして瑠璃川の話を聞けばいいんだ? からかってるのか? なんか恥ずかしいんだけど。



「つまり私と卜部には性別の壁がない」


「あるわ」


「ちなみに卜部。なんであんな無茶な事したの?」


「えっ。い、いやー……別に無茶はしてないかな」


「あれが通常運行なんだとしたら今後外出ない方がいいよ」


「言い過ぎてるよ? 運動音痴で悪かったな」


「悪かないけどさ。昔っからトロくさいのは自覚してるくせによくあんな球取ろうと思ったよね。目算で間に合わない距離だって気付けなかったの?」


「気付けたらああはなってないだろ」


「あははっ。能力は置いといて、根性は意外とあるんだよね。卜部はさ」



 軽く笑った後、自分のスマホを握りしめたまま瑠璃川が俯く。



「もう一回聞いてもいい?」


「何をすか」


「なんであんな無茶をしたのか」


「え。無茶なんかしてないって答えましたが」


「私、卜部が嘘ついたり誤魔化してる時って何となく分かるんだよね」


「エスパー自認の方?」


「どう考えても付き合いの長さから来る慣れって解釈になるべきだろ。なんでスピリチュアル要素を挟み込んでくると思ってるわけ」


「そりゃだって……」


「実際無茶なんかしてないし、で通そうとしてる」



 次に言おうとしたことを当てられた。でもそれは文脈的に自然な予測か。

 付き合いの長さって言うけど、途中から全く関わらなくなった時期があるし実際の付き合いはそれほど長くもないんだけどな。まあ、俺の人生に照らし合わせて言うなら家族の次に付き合いが深いのは間違いなく瑠璃川になるわけだが。



「うーん。回答に困るな……」


「困るの? なんで」


「なんで攻めエグいからやめてね。こう、人には言いたくない事の一つや二つあるもんじゃないですか」



 瑠璃川に見られてるって意識したせいでちょっとだけやる気を出した、なんて死んでも言いたくないからな。どう弄られるか分かったもんじゃない。ここはなにがなんでも答えない方向性を貫き通さなければ。



「……ぶっちゃけ、私のせいだったりしない?」


「え?」


「私が見てるからねって言ったから、変にプレッシャーを感じてああなっちゃった。みたいな。そういう話ではない?」



 えぇ? えー、むず。どうしよ、あながちその通りではあるんだけども。でもそれを瑠璃川のせいって言うのはおかしい話だし。

 プレッシャーというか、見られているという意識があったことは事実だしそれきっかけで無謀な挑戦に挑んだのは間違いないけど、怪我したのは俺の運動神経が齎した結果であるわけでその責任の所在は瑠璃川にはない。


 瑠璃川を見る。彼女は少し不安そうな目でチラっとこちらを見てはすぐに足元に目を落としている。そわそわして落ち着かない様子だ、本当に気にしているっぽい。



「……卜部?」


「瑠璃川のせいではないでしょ」


「……そう?」


「そう。そもそもなんでさっきのが瑠璃川のせいになるんだ? 遠隔で人を転ばせる能力でも持ってんのお前」


「余計なこと言ったから調子狂ったとかあるじゃん」


「調子は……多少は狂いもしたけど」


「じゃあやっぱり」

「やっぱりお前は関係ない。調子が狂うかどうかは俺次第だろ」


「……」


「なーに腑に落ちない顔してんだお前。試合に負けた人間が応援してくれてる人に対して当たり散らしたらどう思うよ? お前らのせいで集中出来なかったーとか、そんな事言うやつ現実には居ないだろ。そんな責任転嫁の仕方あるわけなくね? それと同じだよ」


「応援とかはしてないけど……別に……」


「しとけよそこは。まじで眺めてただけなんかい」


「……嘘。ちょっとばかし頑張れーって応援はしてたけどさ」



 俯きがちになり口を尖らせて瑠璃川が言う。応援はしてくれてたのか。よかった、俺が読み解いた口パクは間違ってなかったんだな。



「まあアレじゃね。思春期男子によくある調子乗りの一種だよ。女子に良い所を見せようとして、から回ってトチっただけのよくある失敗談ですよ」


「私のせいで傷付いた、わけではない?」


「自認悲劇のヒロインの人? 私のために争わないでってセリフを言うために生まれてきたの?」


「茶化すなよ」


「割と大マジなツッコミなんだけど。あんな事で自分のせいだとか一々思うなよ。むしろあんな間抜けな転け方したんだから笑えよ。いつもだったら馬鹿笑いして煽ってくるだろ?」


「笑えるかよ」


「なんで〜? 引きはしただろ? あんな無様な光景、現実じゃそうそうお目にかかれないぜ」


「無様じゃない。かっこよかったし」


「え?」


「かっこよかった。必死すぎって揶揄してもいいような動きではあったけどさ。周りが目に入らなくなるくらい一つの物事に夢中になれるとか、そういうのはかっこいいだろ。卜部はそのタイプじゃないと思ってたから余計に。かっこよく見えたよ」


「お、おう。……冷笑した上での皮肉ではない?」


「ではない。むしろそんな風に捉えるお前の方が捻くれた性格してると思う」



 まじか。令和っ子にあるまじきセリフだな。


 格好良かった、のか。あんなのが。そう言われて悪い気はしないけど、そんなこっ恥ずかしいセリフをよく正面切って言えるもんだな……。



「……やっぱダサかったかも」


「っ、はあ!? なんで急に手のひら返す!? 良くないなぁそういうのは!!」


「悔しかったら少しくらい体鍛えてみたらどうなん? もやしっ子め!」


「誰がもやしっ子だ!」



 発言を完全にひっくり返して煽ってくる瑠璃川の売り言葉に買い言葉を返す。やっといつもの調子が出てきて煽ってくるようになったな。

 よかった。馬鹿にされるのは癪に障るけどそれ以上に瑠璃川に肯定されると羞恥心が勝って気まずくなるんだよな。察してくれたのかどうかは分からないけど、その方向転換に感謝だけはしておく。


 ……今だに瑠璃川の顔が少し赤くなっていることに関しては触れないでおこう。態度はまだしも、言葉の上ではいつもの調子に戻してくれてるしな。


 はあ、なんか恥ず。なーんか気まず。瑠璃川相手なのに、なんでこんな顔も直視できないようなメンタルに追い詰められなきゃならないんだ。最近のこいつには調子を狂わされてばかりだ。

 なんていうか、俺の前ではもう少しくらい女の子らしさを緩めて男の頃の名残を見せてほしい物である。

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