35話『こぼれ種のような』
「なんでもっと早くに起こしてくれなかったのさー!」
「起こしたわ。洗面台まで連れてったやろ。なんで再度寝れんねんそれで」
「ちゃんと顔洗うか見張ってないからこうなる!」
「言い分未就学児やん。まだ蒙古斑残ってんの?」
「蒙古襞ないもん私。男の頃からおめめパッチリだもんね」
「なんやそれ。ヒダ? 下ネタ言うてる?」
「言うてない!!! もーー時間カツカツなのに今日寝癖やっばいな〜!」
「スカート捲れてんで。ワカメちゃんに憧れでもあるんか」
「あるかぁ! 慌てようから察せれない!? わざとではないから!」
お父さんからの余計なチクチクに言葉を返しながら忙しなく動き回る。顔を洗って、歯磨きして、物探して、髪型とか制服の乱れをちょいちょいと指で直して。
いやはや忙しい、なんで毎回家を出る前にこんな動き回らないといけないのだろう。俺が太らない理由ってこういう所でこまめな運動を挟んでいるからなのかもしれないな。
「理子、飯は? 間に合わなそうなら冷やしとくよ」
「食べるー!」
「健康優良児。ほなこのまま置いとくわ。先出てるで」
「はーい行ってらっしゃーい!」
朝の支度を中断し玄関にいたお父さんを笑顔で見送った後、更に早回しで朝の準備を進める。
「……よしっ」
全ての準備を終え、最後に鏡と向かい合いながら表情を調節する。両方の頬に人差し指を当て、くいっと引き上げるようにして、人受けが良い口の形、目の形、表情の形を作り固定。それが大きく崩れないよう意識しながら、お父さんが用意してくれたご飯にありつく。
俺は中学三年生になった。女になってからおよそ5年経過、今では頭の中の一人称を除いた言動や所作はほとんど自然に女のものに置き換わっている。
慎也とは違うクラスになって関わる事もなくなった。つるむ女子連中も一新され、今は周りから過剰なお姫様扱いをされる事もない。今の俺はかなりフラットに、平等に、皆と同じ立場で女子中学生をやれるようになった。
中学生活最後の年はきっと心に負担がかかるような、波風の立たない平和な一年になるだろう。ようやく肩の荷がおりて自然体に近い状態で日々を過ごせる。わざわざ演じなくても『普通』になれる。
「おはよぉー」
登校中。今現在親交の深い女子連中の輪が歩いていたのを見かけたので挨拶しつつ小走りでその輪に混ざりに行く。
「おーうおはよー理子。学校サボって何してたんだー昨日。まさか男と……!?」
恵理という女子が開口一番で勝手に俺の休日を妄想し愕然としたリアクションを取る。それをやれやれと呆れ風味にいなし、軽〜いチョップを恵理に浴びせてやる。
「違う違う。てかサボってないし、シンプル生理ぶち当たりの日だったから合法で休み取っただけだし」
「サボりじゃん。体育ない日なんだから別に来れるでしょうに」
「軽いからそんなこと言えるんだよ恵理は。てかなにその髪、今どきの流行り? 盆栽みたい」
「理子まで馬鹿にしたー! 金かけたゆるふわカールなのになんでみんな馬鹿にするのか!!!」
「ゆるふわ? 毛量多くない? だいぶ質量を感じるけど」
「かつて在りし音楽家ヘアだよね。音楽室に飾られそう」
「今は旧き大将軍ヘアなのかも。アルプス山脈越えれそうな気迫ある」
「ホラー漫画にこんなキャラ居たなあ。髪がゼンマイみたいになってるやつ。山菜のゼンマイね」
「三者三様でうるさいな!? くっそー絶対夏休み前にまた美容院行くし! 私は日本人の脆弱な髪質とは異なる海外産のロイヤリティな髪質してるからもう形状いじるのはしない! 今度は髪染めてやる! 目立ってやる!」
「地毛の時点で茶髪なんだしもう十分目立ってるよ」
「光り輝くブロンドにするの! 血統的にそれが似合うことが約束されてるからあたしは!」
「どうだろ。恵理ってガッツリ日本人顔じゃん。金髪似合う?」
「というかなんでそんな急にイメチェンを意識しだしたの?」
「今年こそは彼氏作る!」
「シャバかったな〜理由」
「理子には分かんないよーだ! 子供の頃なんてさ、ハーフって知られるだけでその属性でなんとなく人気者になったりモテたりするものじゃん! 話題の渦中にいるべき人物じゃん!? なのに今まで一度も彼氏が出来たことがないなんておかしい! 悔しい! 許せない!」
「話題になるのと彼氏ができるかどうかは別問題じゃないかな」
「てか特別扱いされなくて悔しがるパターン存在するんだ。そういうのって、周りの子からハーフの偏見とか向けられて辟易するもんだと思ってたや」
「偏見なんてドンと来いなんですけど! 話題の中心になりたいよあたしは!!」
「日常会話でテキトーに英語ぶっ込んだりしてればいいんじゃない?」
「あたしの英語の成績知ってるでしょ。評定1なんですけど」
「お父さんアメリカ人だったよね?」
「はいそこ関係ないでーす。親がなに人だろうとあたしは日本生まれ日本育ちだし親父が何言ってるかあんまよくわかんないもーん」
「家庭内コミュニケーション上手くいってるのかなそれ」
「もう率直に言ってハーフやめたら?」
「やめるってなに??? 宣言次第で変動するステータスではないから」
「ていうか見た目どうこうがモテない原因とは限らなくない? 恵理って教室だと静かじゃん? 存在感がなかったら美人だろうとハーフだろうと視界に入らないんだからモテなくて当然では?」
「陰キャ扱いしないでよ叩くよ? 蜜柑。叩きまくって果汁まみれにしてやるよ柑橘類」
「きゃー理子ちゃんガード!」
「ぐえっ!」
付き合いのあるグループの中で最も小柄な女子である蜜柑がてってこてってこ俺の背後に回り込み、腰を掴まれて動けないよう固定される。
恵理が手首のスナップを効かせて俺の左胸を叩き上げた。小気味の良い音が鳴り胸が間抜けに揺れる。なんなんだこれは。
「やはり胸か。男は胸なのか! この!! べしべしっ!」
「やめてね」
「海外の血を輸入してるあたしがなんでこんなぺったんこなのか!!」
「知らんし。てか言うて私の胸ってそんなデカくないし」
「有るのがいけない! 有るのがいけない!」
「理不尽だなあ」
「まあウチらの中では大きい方だから怒りの矛先としては間違ってないよね」
「馬鹿女は胸がよく育つって言うが! そういう事なのかなぁ!?」
「私いま馬鹿女って言われた? ビックリしちゃった〜、その風説友達に向かって言い放つパターン存在するんだね」
胸を左右から叩かれること数分。ようやく見かねた友達が恵理を羽交い締めにして俺の窮地を救ってくれた。もうちょっと早く助けてくれても良かったけどね。
「まったく! 理子だけじゃないよ! 蜜柑も莉央も咲菜も同罪だかんね! 純日本人生まれ如きがあたしより育ておってからに!」
「うわっ。こっちにも文句飛ばしてくるんだ。理子を生け贄にした意味ないじゃん」
「生け贄って言った?」
「1番分かりやすい形状してっからヘイトタンクとして有用な人柱だと思ったのにねー。因縁つけ始めると恵理しつこいからうざーい」
「人柱って言った? 私の事タンク扱いしてるの???」
「てかそもそもさ? よく食べてよく寝る子は胸がよく育つって言うよね。睡眠時間を改善したら? 恵理さ、あんま寝てないんじゃない?」
「年中ぐーたら過ごしてますけど」
「いやいや。蜜柑と咲菜と一緒に夜通しでゲームやってるんじゃなかった? 睡眠とれって話なんだけど」
「夜更かしした分朝の用意全スキップする前提でギリギリまで寝てるから相殺されてるし。あと授業中も睡眠全ツッパだし」
「だから成績悪いんでしょ」
「英語だけね?」
「理子の親って昔はアイドルだったんじゃないっけ? スタイル抜群だったんでしょ? 莉央も確かお母さんがモデルしてたって聞いたけど。やはり大事なのは遺伝子なのでは」
「あ〜確かに」
「てかてか、理子のママがアイドルだったって本当? 初耳なんですけど!」
「えっ。……まあ」
「そうなんだ! なんて名前のアイドル! 芸名知りたい!」
蜜柑が期待に満ちた目でぴょんぴょん跳ねながら無邪気にお母さんの芸名を訊ねてくる。
何も考えないよう意識しながら、サラッと単語だけ口にしてあとは自分で調べるよう伝える。俺の口から言える事なんて少ないし、お母さんの話をする気も起きないしな。
「さっきはごめんね。理子」
「? なにが?」
学校に着くと恵理、蜜柑、莉央が先行し、自然と後列に配置された俺の隣にスっと咲菜が近寄ってきて小声で謝ってきた。
「ウチ、理子のお母さんの事知ってたのに話題を誤魔化せなかった」
「あー……別に気にしなくても良くない?」
「気にするよ。あの子らと違ってウチは前のグループから一緒だったじゃん。1番付き合い長いんだし、助けてあげるべきだったのに蜜柑があんまりにも自分が自分がで喋りが止まんないからつい。ほんとごめんね」
ん〜……んーーー……。
訂正。確かに女子グループは一新されたし変な扱いこそされなくなったものの、やはりこの独特のカーストコミュニケーションみたいなものは拭いきれていなかったらしい。まあいいんだけどね、表に出さない分にはこっちもやりにくさは以前ほどでもないし。
「教室着いたら蜜柑に遠回しに注意しとく。今後同じ事がないようにね」
「注意て。別にいいよそんな事わざわざしなくても……」
「心配してあげてるんだからそこは素直に受け取ってよ。自殺した親の話とか人前でしたくないし、話題に出されるのもきついっしょ」
「……まあ」
「でしょ? 本人からは言いにくい事だってのも分かってるしそこは任せてって。理子本人が蜜柑に言うってなると双方気まずい感じになるじゃん? そこも考慮してるんだよ?」
「あはは……ありがとー」
そもそもこっちから言う気なんて毛頭ないし無駄な気遣いなんだけどな。こっちから話題に出さないだけで、聞かれたら普通に答えるし。まあ善意で気に掛けてくれてるのは分かるから胸の内に秘めとくけどさ。
「咲菜と理子が二人だけで何やら怪しいコソコソ話をしているぞー? 私も混ぜろー!」
「あぁ〜鬱陶しいっ!? なによ蜜柑、前の二人と話してたんじゃないの? いきなり間に割り込んでくるな!」
「何の話してたの? 彼氏の愚痴ー?」
「聞き捨てならないなぁそんな話をしてたのかあたしらを差し置いて! おい理子咲菜! あたしらをハブって男の話をするとはどんな了見だい!? ちょーっと顔が良いからってグループ分けしてあたしらを見下してたのかい!?」
「してないわそんな事! あーもう! 蜜柑が変な事言うから鬱陶しい流れになったって! そこ邪魔! はーなーれーろ!」
俺と咲菜の隙間に蜜柑が押し入ってきて、恵理が俺の肩に腕を回しチンピラみたいな絡み方をしてきて一気に廊下が狭くなる。なんでもう慎也とは別れてるって周知されてるはずなのに彼氏ネタで度々いじられるんだろうな。彼氏持ちなのは咲菜だけだろ、そっちに絡みに行ってほしいんだが。
「恵理。そんな絡み方をしたら理子が困っちゃうでしょ。可哀想〜」
「可哀想〜、じゃなくて。そう思うなら助けてほしいかな〜莉央」
「理子がみんなと仲良しこよしなんだから助けるほどでもなくな〜い? いつもの事じゃんね〜」
「うんどういう理屈なのそれは。時と場合で助けるべきか見定めてくれない? 恵理の手が制服の下に忍び寄ってるのが見えたら助けるべきだとはならないのかな???」
「あはははは〜」
莉央は相変わらず、俺が他の女子からセクハラを受けていてもただ笑ってみているだけで全然助けてくれそうにない。咲菜は蜜柑の無邪気な質問攻めを受けてげんなりしてるし、SOSを出しても助けてくれる余裕はなさそうだ。
いつもの日常。いつもの構図。自然体で過ごせるものの、ほんの少しだけ胸中に取っ掛りが残るような、釈然としない気もする穏やかな『普通』の女子の時間。
この決まりきったやり取りを続けながら、あたかも自分らがこの学校の中心人物だとでも言うような立ち振る舞いで廊下を闊歩し、教室に着いても入口前に溜まってまた雑談の風呂敷を広げる。
中身のない会話、どこかで聞いたかのような話題、テンプレートになった相槌と反応、相手の求めるセリフを言う流れ。それらを何周かこなしているうちに予鈴のチャイムが鳴り、各々解散して席にダラダラと向かっていく。
「ふう」
椅子に座って小さく息を吐く。人間関係は疲れる、それはどこの世界でも一緒だしそれが『普通』だ。口を"う"の形にして吐いた息だからこれはため息ではない。ストレスではない。自然な一呼吸にすぎない。
……男のままだったら、もっと違った思いを抱きながら日常を過ごせていたのだろうか。そんな憧れにも似た思いから、自然に目線は窓の外、グラウンドを走るサッカー部や野球部員の方へ向いた。
「よっ」
体育の授業。今日の授業内容は3クラス合同で男子はソフトボール、女子はソフトテニス、それと希望者だけ武道場で器械運動をやるって感じで種目が分かれている。そんな感じの授業だったので本来は男子と授業中に交流することなどなかったはずなのだが、保健室までサボりに向かっていたら木陰に座り込んでいる卜部が居たので軽く声をかけて隣に腰を下ろす。
「……よっ」
少し遅れて卜部が声を返してきた。最初動揺したような反応を示していたな。それもそうか、男女分かれて授業やってるもんね。女子に話しかけられるとか何事!? ってなるタイミングではあったか。狙ってなかったのにドッキリみたいなことしちゃったな。
「なんでこんな所で優雅にソフトボール観戦なんてしてんのさ。打順まだなん?」
「今日は見学なんだよ」
「ありゃ。そりゃどうして。熱中症?」
「さっき足首ぐねった」
「ありゃりゃ」
卜部がジャージの裾を捲りあげて湿布が貼り付けられた左足首を見せてきた。膝部分が土で汚れてるし、盛大にゴキっと足首をやっちゃってド派手に転んだのが目に見えるなぁ。運動音痴は相変わらずなのかな。
「てか卜部って夏でも上下きっちり長袖ジャージ着るタイプなんだ。暑くない?」
「暑いよそりゃ」
「脱げば? 半袖半ズボン中に着てるでしょ」
「残念ながら中は普通に私服のTシャツなんだよなぁ。半ズボンも履いてない。てかこの暑さで重ね着するわけなくない?」
「それ言っちゃったらそもそも長袖着なくない? って話になるけど」
「日焼けしたくないし」
「急に女みたいなこと言い出すね」
「別にいいだろ、男が日焼け対策してたって。何回も何回も日焼け止めを塗り直すのに比べたら頭使ってるでしょうが」
「私の悪口ですか?」
「何回も塗り直してんすか。出費がかさむね〜」
「必要経費なの。私、なんか上手く日焼けしないユダヤ人みたいな皮膚してるからUVカットしないとゴリ火傷負ったみたいになるんだよ。故に仕方なく。てかこの話、前にもしなかった?」
「したかもな。小学生の頃とかに」
「絶対したよね。女子との会話覚えてないとかモテないよ〜」
「急に女みたいなこと言い出すね」
「女だからね?」
「俺と瑠璃川の間柄で気にする必要なんか云々って言ってくる割に、ちゃんと女自認は主張してくるのな」
「なんだそれ。そりゃ生物学的には女なんだし主張するでしょうよ」
「そうなんだよ。生物学的には女なんだよ。なのに時々距離がおかしいんだよなぁ……」
「なんですか?」
「なんでもないです」
「肉体が女だろうと卜部は私が男だった頃からの友達なんだしそこは話が別だろうて」
「なんでもないですって言ったのに話題転換せず突っ込んでくるなよー……」
話していたら木に蝉が止まってミンミンミンミン鳴き始めた。直下にいるから死ぬほどうるさい。それに声がかき消されちゃう。会話がスムーズにいかなくなると思い、卜部の方に距離を詰める。
「っ!? き、急に近付くなよびっくりするだろ」
「ん? なんて?」
「いでででっ!?」
「あ、ごめんごめん」
木の根っこにつっかえたのでちょっと腰を浮かして座る位置を変えたら卜部の手を尻で踏んづけてしまった。慌てて卜部が手を引き抜き、踏まれた所を揉んだあと膝の前で腕を組む。
「……近くないっすか。なにこの距離感」
「こんくらい近付かないと声聞こえないじゃん」
「それはそう」
「ソフトボールって野球と何が違うの? ほぼ同じだよね」
「ボールの大きさとか諸々違うだろ」
「へー。卜部はソフトボール得意?」
「普通」
「って事は下手寄りか」
「なんでだよ」
「昔の記憶から卜部には運動音痴なのではという印象が根付いてる」
「お前がわんぱく小僧だっただけだろ。小娘になってもわんぱくだったし」
「クール系で売ってたのにわんぱく呼ばわりですか」
「確かにそんな雰囲気もあったけど俺と遊ぶときはいっつもハメ外してただろ。印象で言うならお前にも根付いてるからな、わんぱくイメージ」
「そのわんぱくイメージ持たれてる私は授業もサボるし部活も中途半端な所で辞める省エネ人間なんですけどね」
「サボるためにほっつき歩いてたのかよ。先生に見つかったらカチキレられるぞ」
「生理を盾にする」
「無敵だなぁそれ」
「今日は生理じゃないから」
「聞いてないよ。なんだその申告、必要だったかな今」
む。……言われてみれば確かに。生理って単語を出した手前、臭いかな〜とか短気な日なのかな〜みたいに思わせちゃうかなって考えが浮上して自己申告したわけだが、わざわざ言う必要なかったな。
「てかサボるならこんな木陰に居るより冷房効いた保健室行くのが利口じゃね」
「当初はそのつもりだったけど卜部が居るから話しかけちゃった」
「なーんだそれ」
「体育中の卜部とかレアじゃん。折角ならスポーツしてる姿見てみたいな〜って思ったんだよ。生憎の怪我だからそれは叶わなくなったわけだけども」
「俺が運動してる姿なんか見ておもろいか?」
「おもろいかどうかは知らないけど、見てたい」
「え〜……なんで」
「なんでって、理由は特にないけど」
「ないんかい。滑稽な姿を見て笑いに来たんじゃなくて?」
「それも何割か占めてる可能性はあるね」
「あるんかい。最悪な奴め」
「怒りなさんな。それが全部じゃないから。純粋にさ、卜部が真剣にスポーツしてる姿が見たかったんだよ。まじそれがほとんどを占めてるから」
「酔狂な奴。自分で言うのもなんだけど、俺スポーツ得意じゃないぞ」
「知ってる」
「こいつ。即答すんなよまじで」
「スポーツ上手い人を観戦しに来たわけじゃないし。卜部だから見に来たんだって」
「意味分からんって」
「意味なんかないって」
何も考えずに言葉をそのまま返していたら急に黙り込んだので卜部の方を見る。
彼は困惑を含ませながら口をあんぐりと開けこちらを見ていたが、1つ咳払いをすると目を泳がせるように動かしたのちに小さな声で言った。
「それもあれですか。俺だからっていう、よく分からん特別扱いですか」
「そうだね」
「聴こえてんのかよ。働けよセミ」
「丁度鳴き声が小さくなったタイミングだったね」
「都合良くいかないもんだなホントに。よいしょ」
「卜部?」
卜部は老人のような掛け声を上げて重たそうに腰をあげると、腕を組んで伸ばしたり背筋を曲げたりしながら一歩足を踏み出した。
「よく分からないけど、見たいってんなら無様なバッティング姿を見せてやりますよ。それ満足したら保健室行けよな、こんな所に居たら熱中症で倒れるぞ」
「いや駄目やろ」
「えっ」
何を言ってるんだこいつ? 足を捻って休憩してるんだろ、意気揚々と授業に舞い戻ろうとしてるけど許すわけないだろそんなこと。
ガシッと手首を掴むと驚いた様子でバッと卜部が振り向いた。俺の顔と、掴まれた腕を交互に見た後、目を泳がせて少し顔を赤くした後に再度「えぇ……?」と困惑の声を上げた。
「座りなさい。私の隣」
「え、いや……」
「足ぶっ壊れてんだから大人しくしてろよ。授業中の姿はまた見に行くし。てか体育の授業で出番ありそうな時はなんかスマホで合図頂戴よ。私窓際の席だし、見ようと思えばグラウンドは見れるし」
「そ、なんっ……えぇ……?」
「ほんでなんで距離開けて座る? 声聴こえないでしょうが。あほなん?」
「すまっ……さっきより近いなぁ……」
2匹目のセミが木に止まり更に鳴き声が大きくなったせいで最後の方はよく聴こえなかった。距離を詰めて座っている趣旨がまだ理解出来ていないのかと思い、更に体を近づけ肩同士ががっちゃんしてる距離感で座る。
運動得意じゃないと言う割に、怪我してるってのに授業に戻ろうとするくらいやる気に満ちたタイプだったんだなこいつ。その心意気は良いけどそんな事をしてもまた怪我をするリスクを負うだけだし、どうせサボるつもりだったから授業が終わるまでこいつの事は捕まえておこう。
手を離すとまた勝手な事をしだしそうなので、手首を握ったまま卜部にまたソフトボール関係の雑談を振る。しかし何故か卜部の反応は遅く、円滑な会話が出来なかった。暑さで相当体力が削れてるらしい。無理に話すのも負担なのかもしれないので、黙って一緒に授業風景を眺める事にした。
ガチで作品と関係ないんですけどギター熱が再燃してますたのしい。文字ピコピコタイム激減り




