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34話『小さな芽』

 放課後、駐輪場でため息を吐く。


 久しぶりに会った瑠璃川からの弄りにムカついて衝動的に短髪に変えたせいか、今日はやけにクラスメートから話しかけられて疲れてしまった。


 今まで邪魔に感じていた前髪がなくなるとそれはそれで寂しいような、どことなく落ち着かない気分にさせられる。長らく友達という存在に縁がなかったぼっち学生生活を送っていたせいで人と目が合ってしまうと緊張を隠せない。


 小学生の頃、瑠璃川と距離を置いて以降ずっと塞ぎ込んだように生きてきたからなあ。ていうか人ってなんで他人が髪切った程度で興味を引いて話しかけようとするんだろう。



「よいしょっ」



 また誰かに話しかけられたりしないよう、クラスメートが来る前に早めに駐輪場から退散するためスタンドを蹴って足早に自転車を押す。

 サドルに跨って勢いよく発進しようとしたらタイミング悪くランニング中の野球部集団に行く手を阻まれてしまった。気合いが削がれたので大人しく校門まで押して歩く。



「卜部〜!」


「いっでぇ!?」



 校門を抜けてサドルに跨った直後、甲高い声で俺の名を呼ぶ何者かによって背中をバチーンと叩かれつい悲鳴をあげてしまった。


 振り向くより先に目の前に女子生徒が躍り出る。



「やあやあ卜部! こんな所で奇遇じゃないか」


「る、瑠璃川か」



 俺の背をぶっ叩いたのはつい先日久しぶりの再会を果たした瑠璃川理子だった。


 短いスカートを靡かせながら、太ももが大胆にチラッチラッと見えてしまってることに対して全く意にも介さない様子で瑠璃川が自転車の前カゴに腕を置き、のしかかるようにして顔をぐいっとこちらに近付ける。



「今から帰り? 乗せてって!」


「お、おー……いいけど」


「神!」



 そう言うと瑠璃川は小さく跳ねるように俺の後ろ側に回り込み荷台に腰を下ろした。


 瑠璃川が腕を俺の胴にまわす。柔らかな体の感触と温い体温が布越しに伝わってきてなんだか妙な緊張感が走る。


 ……ッ!? ちょっと待ってくれしがみつきすぎだな? しがみつきすぎて俺の後方、肩甲骨の下あたりになにやら一層柔らかい肉の塊のような物が当たっている。当たって押し潰されている、押し付けられている!?



「ごーごー。……? どうしたの、なんで発進しない?」


「瑠璃川、ちょっと」


「はい」


「しがみつきすぎているのではという指摘をちょっとさせてもらおうかなと」


「はい??」


「女子が男子に公衆の面前で密着するのはどうなんだろうなって話をしたくて!」


「はあ? 女子が男子にって、私と卜部に関してはそういう事情あんま考慮しなくてよくない?」


「それはどういう……?」


「卜部は私が元々男だったって事知ってるし、変な風に思ったりしないじゃんか」



 変な風にとは。女体化した事に対して気味悪がるかって意味合いの質問なら確かに気味悪がったりはしないけども、こんな風に体を密着させたら思う所はあるよ?



「俺も男なので胸を押し付けられたら困るというか」


「困るんだ」


「いや、困るというか……」


「ならやっぱり予想通り。お前は他の男連中とひと味違うな!」


「うーーん……?」



 何故か瑠璃川は嬉しそうな声で俺を褒め称えてきた。

 無遠慮に胸を押し付けられたら困るっていう、思春期男子のド真ん中ノーマルな指摘をしたにも関わらずひと味違うという評価を受けたのはなんでなのだろう。全然ひと味違くないと思うんですけど。



「あの〜……とりあえず胸があれなんで、若干離れてくれると」


「つうか早く発進しろし。ほら、ごーごー! 夕日に向かって漕ぎだせペダルを! 日が沈んだらブギーマンが出るぞ!」


「だとしたらここは日本じゃないな。どこの国の脅し文句かは分からないけど絶対アメリカとかのおばけだよねそれ。日本で遭遇するなら口裂け女とかターボババアとかじゃないの」


「怪異ラインナップが親世代すぎるなあ」


「何も流行ってなかっただろ俺らの世代」


「SCPはガチで居るもんだと噂されてたよね。あとバックルームもガチで存在するって信じて疑ってなかったよねみんな」


「あったけども。SCPはもう機関に捕獲されてる前提で噂が広がってたから夜道に遭遇する系の怖がられ方してなかったしな。なんか文章読んだらおかしくなる系の話を読まされた奴が学校休むみたいな出来事はあった気するけど」


「居たねぇ〜。アホらしって思ってた〜!」



 体を揺らしながら瑠璃川が楽しそうに笑う。そんなに面白い話か? というか瑠璃川ってこんな普通に女の子みたいな笑い声上げるんだな……。



「あ、てかさてかさ! なんで髪切ったの? 頭キノコじゃなくなってんじゃん卜部ー。収穫された?」


「なんですか収穫されたって。じゃあここに居る俺は何になるんですか」


「石づき」


「キノコじゃねーんだって。こっちが本体なのになんで切り落とされなきゃならないんだ」


「てか質問に答えろし。なんで髪切ったのって。失恋でもした?」


「あんま聞かないけどな、男側で失恋して髪切るパターン。それやるの女側ではなくて?」


「過去の自分に踏ん切りつける為にバッサリいきましたってくらいのイメチェンしてるからついそう思って」


「そんな晴れやかな新章迎えた事を示唆するバックボーンとか存在しないから。単に伸ばしすぎたな〜って思って切っただけだよ。深い意味はない」


「深い意味はないって言葉を口にする時って大抵何かしらの意味を持たせてるよね」


「難しいな〜! じゃあ本当に何の意味もない場合はなんと答えるのが正解なのかな!?」


「てか卜部って恋愛経験なさそう」


「会話しよう? 話題切り替えるなら一個前の会話にオチなり区切りなり付けよう?」


「ごめんごめん。確かにちょっと話の流れぶった切りすぎた! なんか家の外で楽しく人と話すの久しぶりだからつい!」


「ちょっとではないよだいぶ話題転換テキトーだったぞ。というか人と話すの久しぶりってなんだよ、瑠璃川って意外と他の人の前では寡黙なタイプ?」


「どうだろー? 話しかけられたら愛想良く返事するよう心掛けてはいるけど、自分からはあんま話しかけないかも」


「の癖に俺の背中にいきなりビンタしてくるんだな」


「卜部は特別!」


「特別?」


「うむ!」



 特別……特別? どうやら瑠璃川にとって俺は特別らしい。どういう意味で? 小学校の頃付き合いがあったから?


 チラッと後ろの瑠璃川を横目で見る。自転車の荷台に跨った彼女と目が合うと、何も言わずにニコッと微笑みかけてきた。


 慌てて前を見る。びっくりした。なんだよいきなり、心臓が止まるかと思った!



「てかさーいつまでここで油売るつもりなん? 話すなら別に卜部んちで良くない?」


「はい?」


「校門前に停まって長話してたら他の生徒の邪魔だろー? さっきから私ら周りの人らにジロジロ見られてんぞ。無言の圧力かけられてるの、気付いてないの?」



 言われて気付く。そういえば俺達が雑談してるこの場所は校門から出た道のド真ん中、下校生徒達からしてみれば歩道の真ん中に突っ立ってる迷惑な男女二人組でしかない。


 行き交う生徒達の視線が俺達二人を、いや主に俺を冷ややかに射抜く。一度瑠璃川の顔を見て俺を睨む感じ。

 歩行の邪魔になっている、という内容以上に別種の敵意を向けられてるな。逆の立場になったらその気持ちも理解出来る、瑠璃川って相当、アレだもんな。俗な言い方をするなら美少女だもんな……。


 相変わらずがっしりと瑠璃川に密着されているままだが、思春期男子としての葛藤に苛まれるより先に場所を変えた方が良さそうだ。こんな往来のド真ん中で瑠璃川と言い合っていたら一方的に不特定多数から敵認定されて平穏な学生生活を送れなくなる可能性が高い。



「……移動するわ。動くから気を付けろよ、瑠璃川」


「お、ようやくだ。ごーごー! 懐かしの卜部ハウスへいざゆかん!」


「そういえばさっきも言ってたな〜。お前、俺ん家まで着いてくつもりなの?」


「え? うん」


「なんで???」


「えっ。なんでがなんで?」


「え??」


「ん??」



 自転車を漕ぎ数秒後、気まずい沈黙が流れる。



「えーと、ごめん。私、卜部んち行ったらまずい?」


「いや、まずいってことはないけど……」


「なら良くない?」


「いきなりすぎない?」


「別に良くない? 昔は卜部んちよく通ってたじゃん」


「昔はね?」


「今は行っちゃダメなん?」


「いや、ダメってことはないけど」


「え、分かんない分かんない。卜部は何が言いたい? ダメじゃないならなんでそんな意味不明な態度取んの?」


「いやだって……」



 女子が男子の家に行くって、中学生になってからだと結構なイベントだなぁって思うんだけど俺だけなのか? そこを意識してるの。俺がおかしいのかな?


 というか誰かを家に招き入れるのなんて小学生以来だし。ご近所さんである鶴舞先輩ですら話すにしても家の門の前くらいだし、自室に自分と親以外を入れることなんてまず無いし……。


 ……なんで瑠璃川相手にこんな緊張してるんだ俺!?


 いや相手は確かに可愛いけども! でもその正体は瑠璃川なんだぞ!? 男だった頃から一応付き合いはあって、付き合いがあった期間は思いついたことを片っ端からやっていった仲で、なんなら男の頃の話だけど一緒に風呂入った仲でもあるし俺の人生史上一番気を使わずに接していた相手なのに、なんでこんな緊張してるんだ!? なんでうちに来るって言った瞬間からこんな心臓が煩く騒ぎ立てているんだ!? その不可解な現象のせいで理屈より先にうちに来る事への疑問を口にしてしまったじゃないか!

 どうしよう相手は困惑してる、俺もそれに対する答えを持ってないぞ!? うわああぁぁぁなんか気まずいっ! 指先がわちゃくちゃする〜〜〜!!!



「あ、分かった。なんかエロいグッズとか部屋に置いてるんだろお前」


「はい!?」


「エロいキャラクターのフィギュアなりポスターなりそういうのを部屋に飾ってるんだろ? で、私が女子だからってんでそれを見られるわけにはいかないからなんとか理由つけて来させないようにしてるんだな!」


「待ってください本当に違うなそれに関しては」


「安心しなって。確かに? 他の男子が下心を可視化させるようなそういう物品を持っていたらストレートに嫌悪感を抱きますけども、卜部に関しては大丈夫だから私。卜部に限って言えば『それも本能だからねぇ〜』と理解を示してあげることも可能だから。てか元々男なんだし、気安い相手の性事情に野暮な事は言わないって」


「違うんだって! エロいグッズとか持ってないから!」


「てか珍しいね。今の時代、スマホで性欲なんていくらでも発散できそうなもんなのに」


「話聞いてる!? 違うって繰り返してるよ俺!」


「違うのね、はいはいわかったわかった。数分間部屋の前で待機しとくからその間に隠しなね」


「なんで俺がエログッズをインテリアにしていると信じて疑わないんだよ!? そんな下心もろだしな顔してますか!?」


「人相は普通だけどマッシュは性欲強そうだよね」


「今はマッシュじゃないよねぇ〜! なんで瑠璃川の中で俺のキャラがマッシュヘアで固定されてるのかなぁ!? 言うて見たの一回きりのはずなのになぁ!」


「今までずっとマッシュ貫いてきたんだろ? なら性欲猿じゃん。どしたん話聞こかの申し子じゃん」


「その合言葉で性豪無双してたのならむしろその手のグッズを部屋に置く意味がなかろうて!」


「この魔法の言葉を使っても経験を積み重ねられなかったからグッズが増えるんだろ? 涙の数だけ強くなってるんだろ、歪んだ性欲が」


「誹謗中傷受けてますよね今。訴えたらギリ勝てないかな」


「てか男の部屋ってイカ臭いって言うよな。友達が言ってた。なんで?」


「なんっ、や、いやーなんでだろう分からない話されてるな〜!」


「卜部んち着いたら検証してもいい?」


「だいぶ困るなそれは。さっき部屋の前で数分待ってるって言ってたよね? その契約履行しよっか。数分間掃除タイムください」


「イカ……イカ? 男子ってイカ好きなの? 全員??? なわけないもんな……」


「その考察やめよう。知らないならそれでいいと思う、瑠璃川はそれでいい。俺も気を付けるから」


「なにを?」


「純粋でいてほしいんだ」


「何を言ってる?」



 頭に大量の疑問符を浮かべた瑠璃川が体を揺らして「なんだよー」と言い始めるが、俺は鋼の意志でそれを無視し帰路をひたすら走り続ける。


 ……やばいなぁ〜! そっち方面に意識を向けたせいで柔らかくも確かな存在感を放つ瑠璃川の胸の感触がより鮮明にダイレクトに伝わってきている気がする!

 てか体小せえ〜全身柔けえ〜! 瑠璃川の腕が俺の腕に擦れる度にサラサラでぷにぷにした肌の感触と瑠璃川の体温が直に伝達されて手元が狂いそうになる! ほんっと〜〜に心臓がもたないから少し離れてほしいな〜!!




 家に到着して真っ先に瑠璃川が俺の部屋に向かって歩き出したので必死に先回りし、両手を広げ通せんぼすることで自室への侵入を阻止する。


 あまりにも必死すぎたため、結構な至近距離ですれ違った影響で女子特有の甘い不思議な香りが鼻に入ってそのまま頭の中を支配し続ける。

 大変だ、たった今部屋に残った臭源を片付けている最中だってのに下半身に血が集まっている。瑠璃川が痺れを切らしドアを強行突破する前に何とか収めなくては!



「うーらーべくん」


「まだ駄目です! ファブリーズしますので!」


「綺麗好きだなーお前。相手は私なんだから気にしなくてもいいのに」


「相手が誰であろうと清潔な部屋にご案内するよう親に躾られてますので!」


「貴族の方? そんな高尚な教育受けてるなら普段から清潔にしてそうなもんだけど」


「人を家に呼んだのなんて久しぶりというか、最後に俺の部屋入ったのお前だし! 小学校時代のお前で最後だし! だから気にする必要なかったというか」


「何気に悲しい話してるね。中学入って二年間誰も遊びに来てないと」


「リアルぼっちちゃんなんでね! ちゃんというかくんだけど! だからもう少し待ってて! 埃も取るので!」


「日が暮れるわ。てか暮れ始めてるわ。掃除なんてテキトーでいいだろ、もう入るよー」


「あと1分! 1分でいいから時間くれ!」


「長針が動いた」


「1分数えて!? 長針を基準に1分動いたらではなく秒針が60回動くのを待って!!?」



 ゴミ箱の中身をビニール袋で何重にも隠し、それを押し入れに突っ込んでファブリーズで入念に部屋全体を消臭していく。ついでに換気のために窓を全開にし、扇風機の向きをしっかり部屋全体に風が循環するよう整える。



「はいどーん」


「入室前の掛け声ほしかったな〜!」



 1分経ったのか、瑠璃川が勝手にドアを開け放ち部屋の中に入ってくる。

 彼女は部屋に入るなりあちこちに顔を向けてクンクンと鼻を鳴らし始めた。堂々たる立ち振る舞いすぎる、友達から聞いた噂を確かめるためにそんな行動まで取るかな普通。他人の部屋に入って鼻を鳴らしながら臭いを嗅ぐって結構気持ち悪い寄りの行動だと思うんですけど。



「卜部のにおいがする!」


「でしょうね」


「イカの匂い……はしないな」


「よかった。本当に」


「友達が言ってた金木犀っぽいにおいもしない。まじで卜部のにおいだけだ、懐かしい〜」


「なんてことを吹聴してんだお前の友達は……」



 金木犀て。イカ臭いと来てからの金木犀て、攻めすぎでしょうが。内容的にその友達は女子なんだろうけど、結構な下ネタを話すんだな女子って。



「で、うち来たはいいけどなにするんだよ。子供の頃みたいにゲームで対戦か? 言っとくけど現実ソロプレイヤーの俺の習熟度はあの頃の比じゃないぞ。多分今の瑠璃川じゃ相手にっ」



 瑠璃川はベッドに腰掛けていた俺のすぐ隣に座り込んできた。トスンと。

 スカートがめくれないよう手で下側の布を前に持ってきつつ、何の疑問も持たずに肩同士が重なる位置に座る。その所作を見ていたら胸部の揺れを検知し再び下半身に危機が訪れた。



「おー、この光景懐かしー! 昔の頃のままだ、でも昔より体が大きくなってるから不思議な感じー……って卜部? どうしたの前屈みになって。お腹痛い?」



 すぐ隣からさっき嗅いだ瑠璃川の甘い匂いが……ぐああぁぁぁっ!!!



「良くないな、良くないぞ」


「良くないらしい。体調悪いんだ? 看病してあげようか?」


「どんなセリフチョイスだああぁぁっ!! 今のは審議じゃない!? もしかしてあなた分かっててやってます!?」


「なにが? 理由は伏せるけど私痛み止め持ってるよ? 飲む? しんどいなら飲ませたげよっか」


「やめてねー!! 今はその手の優しい言葉NGでお願いします!」


「本当に大丈夫……?」


「大丈夫!」



 そっぽを向き必死に脳内で今まで見てきた高齢女性の姿をランダム召喚し下半身の血を分散させるのに努める。




 その後、瑠璃川のスカートが短いせいで下着が見えてしまうアクシデントが起きたり、負け続けの状況に憤慨した瑠璃川に攻撃されて胸や二の腕内ももの感触を体の至る所に受けてしまったりしてしまいロクにゲームが続行できなくなったので早々に遊びはお開きとなった。


 別れ際、こちらの気も知らずに「次はぜってぇリベンジする! 伸びた天狗の鼻っ面へし折ってやる!!!」と叫んで帰る瑠璃川の背中を見送りながら思った。

 本当に折ってほしい、この理性じゃどうにもコントロールできない迷惑な天狗の伸びる鼻。

 なんでこんなことになってしまったのかは分からないが、これじゃ瑠璃川とまともに会話する事も出来そうにない。


 瑠璃川が今後も俺に絡みにきてくれるというのなら、早急に女子という生き物に慣れなければならない。少なくとも瑠璃川の事を思い出すだけで胸が苦しくなるこの感覚は、克服しないとだよな……!

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