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29話『ベルゼブルの産卵』

 終業式の数日前。7月に入り浮ついていた学校の雰囲気がよりいっそう浮ついている。夏休みへの期待と色めき立つ男女の空気感で、どこを歩いても似たような話ばかり聴こえてくる。


 授業はほとんど自習になり、午後の早い時間から切り上げられて吹奏楽部の演奏練習、野球部やサッカー部の逞しい声がグラウンドを超えて校舎内に響いている。


 俺が所属するバレー部も練習に本腰が入り普段より激しいトレーニング内容に変更されている。が、もう俺が部活にやる気を出す理由なんてないし行っていない。


 鶴舞と毎日顔を合わせるのは辛いし、俺をバレー部に誘った女子は今じゃ「別の子と仲良くしてる」って理由で教室でも関わろうとしてこないし。それに周りの俺への"扱い方"的に、部活に行ってそれ以外の人間関係をおざなりにすると窮屈な思いをしそうなので行かない。行く意味がない。

 別にバレーなんて楽しくも何ともなかったし、未練もなかった。




「瑠璃川、ちょっといいか」


「え? なんですか」



 放課後。女子連中と連れおトイレながらの雑談を嗜んだ後にふと、提出し忘れてた課題があるのを思い出し職員室に行って担任に渡したら呼び止められた。



「お前、あんま部活行ってないんだろ? 今日も行かないのか」


「え。まあ……説教ですか? 顧問でもないのに」


「いや? お前に関しては顧問の先生も容認してるから何も言わんよ。なにか事情でもあるんだろ」


「へ?」



 事情? 無いけど。ただ単に行く必要性がないって感じるから行ってないだけの、シンプルサボりなんだけども。容認してくれてるのなら都合がいいならわざわざ訂正もしないけど。


 なんか顧問の先生、俺に甘い気がするんだよな。連帯責任の時は関係なく巻き添えで怒られるけど、個人的な事で怒られた事は一度もないし何を言っても受け入れてくれるし。聖人なのかもしれない。



「今日はこれから帰るだけか?」


「はい。彼氏に呼ばれてるんで寄り道する可能性はありますけど、それ以外で予定とかは特には」


「学校終わったら真っ直ぐ帰れよーって言わなきゃいけない暗黙の了解があるから言っておくとして。なら一個仕事を頼まれてくれ」


「仕事?」


「と言ってもすぐ終わる簡単な作業なんだが。見てくれよ俺のデスクを」



 担任が書類の束がぐちゃぐちゃに山積みにされたデスクを見る。汚いなあ。お母さんが居た頃の我が家のリビングとどっこいどっこいだ。



「さっきコーヒー飲んでる時に勢い余って書類タワーを肘打ちしてしまってな。倒壊跡を1箇所にまとめたらご覧の有様だ。なんという悲劇」


「悲劇というか。大人なんだから整理整頓ちゃんとしましょうよ」


「同じ立場になってほしくなる一言だなあ。お前も学校の先生になれば気持ちは分かるよ。整理整頓とかやってらんないから。このデスクの数倍は汚ったない自室を形成する事になるから。婚期も遅れ……ないか、瑠璃川に限っては」


「一生徒を捕まえてそんな赤裸々な裏事情話さないでくださいよ。先生と生徒の境界線ぶち抜いてるじゃないですか、教室に居る時と距離感違いすぎですって」


「そこら辺の切り替えもこっち視点結構なストレスだからなあ。たまにガス抜きしないとやってられん」



 なら俺以外の暇そうな生徒を対象にしてほしいのだが。人に呼ばれてるって言ったのになんで雑談ふっかけてくるんだよ。あとチラチラ胸を見てくるな鬱陶しい。



「まあそういうわけでだ。瑠璃川、ちょっと俺の代わりに散らかった書類を幾つかの束に纏めといてくれないか?」


「はい? なんで???」


「暇なんだろ?」


「彼氏に呼ばれてるって言いましたけど」


「じゃあ寄り道の為のお駄賃後でやるから。終わったら声掛けてくれ。サッカー部の練習場所付近でホイッスル掻き鳴らしてると思うから」


「なんで私に頼むんですか? まだ教室に残ってる暇そうな生徒何人かいますけど」


「居るけど、その中じゃ瑠璃川が1番綺麗にやってくれそうな感じするし」


「どんな偏見?」


「他の先生や生徒の頼み事も聞いてあげたりしてるだろ、普段。内申点オール5の力を魅せる時だと思ってここは一つ」


「内申点とかまだ紙もらってないのにネタバレされちゃった。なんでオール5なんですか私、普通に過ごしてるだけなんですけど」


「クラスメートから好評だからな、お前。テストの点も悪くないし、提出物も絶対期限内には出すだろ。非の打ち所のない生徒の中心的存在って感じだな」


「えー。中学ちょろ〜……」


「他の先生達からも目立ってるし妥当な評価だと飲み込んでくれよそこは。ちょろいとか言うと嫌味に聞こえるぞ〜。じゃあここの整理整頓、よろしくな!」



 そう言って俺の肩をポンッと叩いてくる担任。小さく溜め息を吐きつつ、肩を手でパッパッと払う。



「あ、そうだ。終業式の代表スピーチなんだが、二年生の代表として頼めないか?」


「はいはいはい? なんですかはい? 誰に言ってますそれ??」


「瑠璃川以外に誰がいる?」


「待ってくださいね。終業式は今週。さて、話が急すぎませんかね!?」


「いや分かる。けど代表スピーチなんて原稿読むだけだし、マイク越しだしなんともなるだろう」


「投げやりすぎませんか!? 私、大勢の前に立ってスピーチした事なんて一度もないんですけど! てかそれ喋る人って既に決まってるもんなんじゃないんですか!? 数日前に言い渡されて今から原稿書くなんて無茶ぶりあります!?」


「原稿は出来てるよ。瑠璃川の指摘通り、本来なら別の生徒が担当することになってたんだがな。急にその子が出たくないって言い出してな」


「なんじゃそりゃ!」


「分からん。というかまあ、元々代表スピーチに出る予定だったのは同じクラスの三井だったんだが。なんか、『私なんかより瑠璃川さんの方が向いてると思います』とか言い出して。説得を試みた結果泣き出してどうにも出来なかった。ので、代わりを頼む」



 三井ぃ〜〜〜〜!!!? アレか、俺が関わってる女子グループとは別の、大人しめグループの真面目ちゃん代表格みたいな子か!

 確かに最近暗かった印象あるし話しかけても顔を逸らされたりなんか謎に睨まれてる感じしたから何かあったのかなって思ってはいたけどさ! 俺への後ろめたさで素っ気ない態度を取ってたって事!? 人に仕事押し付けといて冷たい態度取るとかちょっと失礼すぎやしませんか!?!?



「いきなりで申し訳ない。ただ、お前が読みやすいよう原稿をこっちで手直しもしているし評定にも実績として書けるから、将来的な事を考えたら得だろ? 高校入試の助けになる。成績は悪くないとはいえ、完全無欠の天才って感じに全部のテストが満点だったりするわけじゃないしな、お前。もし今後、勉強でつまづく事があってもこの実績で持ち直せる可能性大だ」


「私なんかに務まるかなぁ〜まじで初体験なんですけど、そういうの……」


「大丈夫だろ。正直こういう人前に出る行事って、内容よりも生徒の見た目に意識が向きがちだし。その点で瑠璃川はかなり得してるだろ?」


「得って?」


「可愛いだろ、お前。校則違反せずに素でそれなら相当じゃないか。そのおかげで黙っていても目立つし」



 鬼のルッキズム発言出ました。

 なに真面目な顔して生徒の見た目を評価してんだこの先生。可愛いって言えば女は誰でも喜ぶとでも思ってるのか? 余計複雑な心境になるっての。可愛いから目立たせる事をさせるとかマスコット扱いじゃん。



「というわけで頼む。他の生徒に頼むってなるとそれこそ読み方とか意識してもらわないと困るんだが、瑠璃川の場合は前に出ること自体に意味があるから無理に練習させるってこともないぞ。ぶっつけ本番で構わない」


「……はあ」



 なんか、なんかなぁ。俺の場合はとか、そういう変な特別扱いされると道具扱いされてる感が増して嫌なんだが。結局俺個人でお願いするというよりは、俺の見た目を都合良く使いたいって意思が透けて見えて億劫な気持ちになる。


 不快感とまではいかないけど、胸の中がモヤモヤしてくる。担任の目線が空虚に思えてくる。


 でも、断ったら担任が困るのも事実だし。その結果、結局泣いてまでこの役を放棄した三井にまた話が舞い戻ってきて、三井が抱えてるよく分からないストレスを増大させてしまうかもしれないんだよな。

 今回も例に違わず、俺一人が我慢すれば全部が丸く収まる案件か。じゃあ、引き受ける他ないわな……。



「分かりました。代表スピーチ、頑張ります」


「ありがとう! はいこれ原稿!」


「切り替えが早いんだよな。その代わり今日の整理整頓も合わせてお駄賃多めにしてくださいね。新発売のたっかいアイスを彼氏と二人で買いたいので」


「教師に対して学校からの帰りに堂々と買い食いする宣言をするか。一度家に帰ってから遊ぶって名目で小遣いを受け取ってほしいんだが」


「いいでしょ。買い食いなんて今時珍しくもない」


「いつの時代でも珍しくはないんだが、口を酸っぱくしとかないといけない立場なんでな。現金で渡すか? 送金の方がいいか?」


「スマホ持ってきてるかどうかの確認ですよねそれ。現金でお願いします」


「お、賢いな。この引っ掛け、割とみんな引っかかるからお前も学校の先生になったら使ってみてくれ」


「なる気ないですから。私に学生の指導なんて出来るわけないでしょ」


「俺でもなれたんだぞ?」


「今度は悪口を言わせる為の引っ掛けですか? 思春期なら誰でも先生に反抗してるってわけじゃないですからね。先生の授業は分かりやすいし、距離感も近すぎず遠すぎずでいい感じに好かれてるでしょ。むしろ教師としては理想系だと思いますけど」


「はっはっは。お前は卒業するまでずっと評定5としよう!」



 気分を良くした担任が俺の頭をポンポンしてきた。距離感が丁度いいって言ったから踏み込んだボディタッチも許されると思ったんだろうか? 不快なんだが。


 担任が職員室から去った後、ティッシュにアルコールスプレーを吹きかけて軽く頭を撫でてからくしゃくしゃに丸め、デスクの引き出しにゴミを突っ込んでから書類を纏める。

 手際は良い方なので、20分ほどで作業を終えることができた。内容ごとに書類の束を分けておいたし向きも揃えたのでイチャモンを付けられることもないだろう。





 慎也と合流し、帰る前に軽いデートをしようと誘われて普段の通学路とは違う道を歩く。


 川沿いの涼しい道。道路が途切れて砂利道となった場所を歩く。

 途中、川の上流方向を封鎖するようにテープを巻いている場所があった。近くにはパトカーが複数台停車していて、それ以外にも大きなバンやパトカー以外の車も停車していて人も沢山いてまるでお祭り騒ぎだ。



「なんだろ、あれ」


「他所から来た女子中学生の遺体が発見されたんだとよ」


「遺体? 上の方ってことは、県境近くの道路下の? 雑木林しかなくない? 人が立ち寄らないよねその辺は」


「釣り人とかは出入りするけど子供は立ち入らないよな。で、なんかよく分からないけどその遺体をおんぶして歩いてた女子中学生が居たらしい」


「怪談話かな」


「女子中学生は二人とも小汚い格好をしていて、生きてる方は錯乱状態。保護された後も死んでる女子に話しかけるようなうわ言を呟いてたんだと」


「怖いって」


「クタクタになったぬいぐるみを抱きしめていて、取り上げようとしたら泣き叫ぶらしい」


「詳しすぎでしょ」


「父親が警察官だからな。時期的に微妙だけど、夏休み入ってからの登校日に全校集会で説明されるんじゃないか? 今はまだ調査中って話だし」



 デートの名目で連れ回されてるのになんで怖い話を聞かされなくちゃならないのか。心から慎也を睨みつけてやると、慎也は「わりぃわりぃ」と笑い混じりに謝ってきた。その時に慎也の手先が少し動いたのを見て、次に移そうとしてる行動を予測してそれとな〜く半歩下がり手の射程距離から逃れる。




「にしても意外だったな。ただの寄り道とはいえさ、デートしようぜって誘いに理子が乗ってくるとは思わなかった」



 川の近くから離れて住宅地を通り、人通りの少ない路地裏先の長い階段に座った慎也が話しかけてきた。俺も隣に少しだけ空間を空けて座る。こんな閉鎖的な空間で一休みしておしゃべりか、なんかヤンキーの溜まり場みたいで嫌だなあ。



「なあ、理子」



 慎也の呼びかけに返事ではなく視線で返す。さっきまで楽しそうに話していたのに、急にまた慎也が低い声を出したから声が出なかった。


 慎也の目は真剣だった。胸の奥がざわつきはじめるけど、無理に笑顔を作る。



「なに?」



 少しの間慎也が黙る。俺の目を見たまま。

 建物の影が伸びて、俺達二人の体が薄い闇に呑み込まれる。


 慎也は深呼吸をして、少し距離を詰めて口を開いた。



「理子さ。俺のこと、避けてるよな?」


「避けてないよ」



 即答する。なんとなく雰囲気的に、そんなニュアンスの言葉を吐かれるのは分かっていたから事前に準備が出来ていた。


 あっさり即答された為か慎也の目が揺らぎ、疑心を孕んだ顔で尚も俺を見続ける。


 ……今の返しは失敗だったかもしれない。慎也はどこか怒りに近いものを湛えている気がする。



「手も繋がない。デートも今日は付き合ってくれたけど普段、休みの日とかは渋るだろ。てか近付いただけで拒絶するように距離空けるし」


「別に拒絶なんて……」


「じゃあ仮に今、ここでキスしようって言ったら出来んの?」


「な、はあ!? いや、そんなの出来るわけっ」


「なんでだよ。付き合ってんだろ俺ら。彼氏彼女の関係なんだよな」


「う……」



 言葉に詰まる。

 ……いやでも、付き合ってるからといって絶対にキスをしないといけないのかと言うと、別にそんなことないと思うんだけど!? そりゃ、したいって思う人が大半なのは理解出来るけど全員が全員そう思ってるとは限らないだろ……!?



「何か言いたげだけど絶対に口にしない。目を逸らして口をモニョモニョさせるだけ。彼氏なんだぞ、俺。言いたいことあるなら言えよ」


「……」


「だんまりかよ。……なあ、理子。今の俺らってさ、本当に付き合ってるって言えるのかよ」


「……えと、そんな事言われても困るし。じゃあ具体的にどうすればいいのさ」



 声が掠れながらも必死に言葉を紡ぐ。

 保とうとした笑顔はとっくに剥がれ落ちて素の表情で困ってる様子を慎也に見せつけてしまう。


 深い溜め息を吐きながら、慎也が冷たい目をして言い放つ。



「本当は好きじゃないんだろ? むしろ嫌いなんだろ。隠そうとしても分かるから、そういうの」



 突き放すような口調が胸に刺さる。俺は反射的に首を横に振ってそれを否定する。



「嫌いじゃないよ。そんな事思ってないから、本当に!」



 これに関しては本心だった。嫌いではない、嫌いだったらもっと楽にこの話し合いだってオチが着く。というかこんな話し合いになる前に関係は破綻している。


 毎日吐きそうな思いして、辟易しながらも今更拒絶したら慎也が傷つくかもだからって我慢して彼女のフリをしてきたんだ。嘘の笑顔を貼りつけて接していたのは間違いないけど、だからといって嫌ってると誤解されたまま話を進められるのは嫌だった。


 俺の言葉に対し慎也が目を細める。

 そして、彼は更にゆっくりと身を寄せてこちらに近づいてきた。



「じゃあ証明してよ」


「え」



 彼の手が俺の腕を掴む。

 思ったより力が強い。鳥肌が立ち、奥歯が震え始めたのが分かる。


 身を引いても背中が壁に当たる。逃げ場がない。



「やめ、ろ……慎也、やめて……」


「なんで逃げようとするんだよ。彼女なんだろ、俺の」


「でも」


「でもってなに。我慢してたのはお前だけだと思ってんの?」


「我慢って、なんのこと」


「幼馴染舐めんな。そっちは俺の気持ち、全く理解する気ないみたいだけどな」


「近いって……!」


「嫌なら嫌ってはっきり拒絶しろ」


「キスは、やだ」


「キスじゃない。俺の事を拒絶しろって言ってんの」


「なんで、そんな話になるんだよ……っ」



 彼の息が近い。

 彼の目が、苛立ちと嫌な感情で醜く濁って見える。

 必死で腕を振りほどこうとしたが力では敵わない。どんどん力が強くなって握られている手首が痛くなる。



「待って、よく考えてよ……! わた、おれ、俺、元々男だったんだよ!? そんな奴とキスなんて気持ち悪いよ、そうだろ!? だからっ」


「そんな事気にしてたら告ってねえよ」


「幼馴染なんだよ!?」


「幼馴染とか関係ない。お前は俺の彼女、それが全部だろ」


「や、だ……やだ、やだ! 離せよ!!」



 声が震える。泣きそうな声で虚勢を張る。



「だから。嫌ならフればいいだけの話だろ。なんで告白にOKしてくれたのかまるでわかんねーけどな、それだと」



 慎也は俺の肩を押して壁に押しつけてくる。



「慎っ!!?」



 唇と唇があたり、更に力強く、唇越しに前歯同士がぶつかるガチッという衝撃が走る。


 心臓が止まったかのような感覚の後に、悪い意味でやかましく騒ぎ始める。すぐに唇を離し、込み上げる不快感を出さないよう荒く呼吸していたら涙が滲み出てきた。



「いい加減にしろよ。フるなら今なのに、なに黙ってんだよお前」


「ひっ!?」



 慎也の手がスカートの裾に伸びてくる。

 夏服の薄い生地が、簡単に捲り上げられそうになる。


 怖い……! 嫌だ、やめて、怖い、助けて!!


 荒く呼吸したせいで噎せて俺の訴えがかき消されていく。


 頭の中が真っ白になる。

 男たちに向けられてきた下品な視線が、下劣な会話が、一気に脳裏に蘇る。目の前の幼馴染にダブってしまう。



「やめて……お願い……!」



 ようやく形になった拒絶の言葉で抵抗する。でも慎也はやめない。もう止められないんだと思う。


 太ももに彼の手が触れた瞬間、体が硬直する。



「普通に考えてさ……無理だから。お前みたいな奴と付き合ってて、何もしないで満足するとか」



 その声には理性の欠片もなかった。

 欲望に駆られた下賎な男どもと同じ声音だった。



 スカートが捲り上げられ、指が下着の縁にかかる。


 その瞬間、言いようのしれぬ感覚に襲われて体が跳ねるように反応した。



「うああぁぁっ!!?」



 全力で彼の胸を突き飛ばし、腕を振り払い、立ち上がってその場から逃げ出す。

 足がもつれながらも、必死で走る。

 慎也が追ってくる気配は無い。それでも走る。いつかしたようななりふり構わない全力疾走で、泣きながら家の方まで走り続ける。



 怖い、怖い、怖い、怖い。みんな怖い、でも男は特に怖い。信用できない信頼できない。


 俺だって、本当は男なのに! なんで俺ばっかこんな目に遭わないといけないんだよ……っ。



 走っているはずなのに家までの道のりが永遠のように長く感じた。

 息を切らしながらようやく着いた我が家の玄関を勢いよく開け、段差に躓き前のめりに転んだせいで膝が笑って立ち上がれなくなる。



「お父さん……お父さんっ!」



 男はみんな怖いはずなのに。何故かお父さんを呼ぶ声が勝手に口から繰り返し響き続けていた。

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