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23.5話『本多伊月』

 最近、理子の様子がおかしい。


 元々男だったあの子が女になった。その変化には理解を示しているつもりだった。


 理子は不器用ながらも、娘として父親役である俺に甘えようとしているのは理解出来る。

 ただ、その甘え方が段々とエスカレートしてきている。



 とある休日。テスト週間だからという理由で昼まで寝ていた理子が歯磨きや髪の乱れを直しリビングへやってくる。


 寝起きだというのにやけにキチンと見た目を整えている。

 ……男だったんだよな? にしては見た目に対する気の使い方が、乙女のように徹底しているように感じる。



 ソファで新聞を読んでいると、理子は自然と隣に寄り添ってきた。

 最初は肩を預ける程度だったのに、気付けば腰を半分ほど膝の上に乗せて、足まで軽く絡めてくるようになった。


 肩を預ける、という時点で疑問符が浮かぶのだが、密着したまましつこくボディタッチをしてくるのは行き過ぎではないだろうか?


 理子は俺の手に自分の手を重ねる。そして指を撫で、触り、弄り、やがて絡めて握りこんでくる。以前よりも強い力で。



「もうちょっとだけ」



 そう小さく、甘えた声で理子が俺の袖を掴んでくる。手を離そうとしても強く握ってくる、必死に抵抗される。


 なんなんだ一体。彼女の瞳には必死な色が垣間見える。そんな顔をされては、邪険に扱えるはずもない。



「……はぁ」



 ため息を吐き、男だった頃の幼い理仁の頃を思い出す。


 俺はこの子のことを当初、冷たい子だと思っていた。

 そう思った理由は色々あるが、一番の理由は何を話しても無表情で、無感動で、無反応だったからだ。

 こちらの事を意識的に、避けるように距離を取っていた覚えがある。


 先に距離を置いたのは俺か。初めはこの子の事、どう受け止めたらいいかわからず腫れ物のように扱っていたのだから。


 そんな過去があって、なぜ今こんなに甘えてくる?

 なぜこうも、180度回転したような関係性になる?


 理子は家に帰る度、俺を待ち伏せて抱き着いてくるか俺の元に走って飛びついてくる。


 やめろと何度言っても匂いを吸うのをやめず、引き離そうとしても離れてはくれない。


 手を握って離さない。俺の手を興味深そうにベタベタと触り、弄ってくる。


 膝に乗って、足を絡めて、執拗に自分の体を押し付けたり体温を伝えようとしてくる。


 ……分からない。


 あの子の考えていることが分からない。


 この関係性が、果たして普通の親子の形なのか分からない。


 分からないが、理子からの感情はどこか重く感じる。


 彼女は自分の行いを「普通の娘としての甘え」と言うが、少し範囲を超えているような、微かな違和感がある。


 そして拒絶を示そうとすると、決まって理子は「幼少期の代替」という言葉を使ってくる。


 ……そんな事言われたら、拒絶したくても拒絶なんかできるわけもない。



「なんなんやろな。ほんま、あの子……」



 理子が眠ったのを確認し、一人でビールを飲む。


 漠然と、嫌な予感が俺の全身を包む。


 理子は最近、学校や部活の話をほとんどしなくなった。だが様子を見るに、誰かから酷い嫌がらせを受けたり仲間はずれにされて孤立しているようには思えない。


 しかし何も話さない。以前は毎日今日あった出来事を話してくれたが、今はそれが皆無。


 代わりに理子は毎日俺に全力で抱きついてくる。何かを噛み締めるように。

 ソファで寄りかかってくる時間も、傍にいる時間も、俺を見ている時間も、明らかに長くなってきている。

 足を絡めてくる仕草も、最初は事故か無意識でやっていたのがだんだん積極的になってきている。



(……これが、家族に対する甘えなん?)



 そんな疑問が頭をよぎる。

 理子が俺の胸に顔を埋めているときの、あの安心しきった表情を見ると、どうしても家族愛以外の感情を邪推してしまう。


 しかし全てが嘘というわけではない。理子は確かに何かしらの要因で傷つき、あるいは辟易し、俺に甘えてきているというのも雰囲気から察することはできる。

 なんて言葉をかけたらいいか分からないので、誤魔化すように背中を撫でる。それくらいしか俺に出来ることはなかった。



 理子から感じる確かな違和感が、小さな棘のように抜けずどんどん肥大化していく。


 あの子は、外では『普通の女の子』をやれているのだろうか。


 俺以外に対し笑う時、理子の笑顔が少しぎこちなく感じることが増えた。


 幼馴染の男の子とは最近一緒に居る姿を見かけない。名前を出すと、どこか理子は不機嫌そうな、苛立った様子を見せるようになった。



「けったいな事にならんけりゃええんやけどな……」



 そう呟いて、最後の一口を飲み切る。


 ……ビールじゃ酔えんか、流石にな。

 ほんま、何が『普通の家族』なんやろ。それでほんまにええんかな、これ。


 少しずつ何かが加速しているような、嫌な感じに背筋を撫でられながら、もう一本ビールを開ける。


 気の所為だと分かっている。だから俺は、背後から感じる気配のようなものを無視し瓶に口を付けた。

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