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18話『うら若き撫子』

 全ての授業が終わり部活の時間。体育館に入ると、いつもの熱気とボールの跳ねる音が俺を迎え入れる。ダムダムダムダムうるさいなあ毎日。



「ロリ子ちゃんおはよぉー!」


「おはようて。もうとっくにお昼過ぎてますよー」


「一日の最初の挨拶はおはようからでしょ? これ、一般常識!」


「昼間に知らない人とすれ違った時ってこんにちはとしか言われなくないです? おはようなんていきなり言われるかな」


「今回に関しては私は間違ってないから! ロリ子ちゃんの言い分もわかるけど! 私も間違ってないから!」


「おはよーおはよーでございますぅ」


「なにその態度ぉ!? 私先輩なのにぃー!?」



 鶴舞がコートを横切って近づいてきて明るい笑顔で手を振って来たので、つい照れてぶっきらぼうな態度を取ってしまった。それでも鶴舞は怒ることなく頬を膨らませて可愛く抗議してくる。



「む?」



 鶴舞の髪が風に流れた瞬間、隙間からキラッと光るなにか見えた。左耳にピアス? 中学三年生、受験を控えたシーズンなのにピアス付け始めたんだ? へぇ……なんか、大人っぽくていいなぁ〜……。



「? どうしたのロリちゃん」


「あっ」



 ジーッと鶴舞の左耳を見ていたら視線にバレたらしく目を覗き込まれた。慌てて目を背ける、頬あっつい。頭を振って冷やさなければ!



「わあすごい。急に犬みたいに」


「誰が犬だよ。……てかロリちゃんって呼んだよね今! 私と鶴舞とでそんなに背丈変わんないでしょ!」


「んふふっ。まだまだロリ子ちゃんはロリ体型の域を出てないよ。見てみなさい私の大人なプロポーションをっ! スラッとした手足、くびれのついた腰! 胸はロリ子ちゃんに負けるけどそれ以外なら圧倒的に私の勝利!!」


「こっちの方が胸でかいってんなら絶対ロリ扱いする対象にならないでしょ。いつまでも子供扱いしないでよ、もう小学生じゃないんだしさ」


「中二なんてまだまだ子供だよぉ〜」


「あんたと一歳差しか変わらないと!!! 何度も! 何度も!」



 抗議しようとしたら鶴舞がボールを抱えてトテトテと走って行った。追いかけようとするも、鶴舞が振り返ってこっちに笑顔を向けるものだからつい背筋が伸びて足を止めてしまう。


 くっそ、鶴舞がこっちに笑いかけてくると胸の奥がふわふわする。慣れねぇ〜この感覚……!



「はあ……」



 鶴舞と話した後は決まって暖かい溜め息がこぼれる。なんか、恋愛感情を自覚してはいるけどこの想いの感じ方って男らしさとはかけ離れてるよな……。女としての感覚で恋してる気分。

 ふーむ。俺視点では正常な異性愛として認識してるんだけど、ひょっとしてこれ、同性愛的な恋慕を向けてるんだろうか?


 今でこそ女として社会に溶け込もうと努力してある程度の耐性はついたけど、なんだかんだ言ってまだ自分が女体であると強く意識すると気分が落ち込むことがある。体もそうだし、顔とか特に。鏡を見ていたらランダムな確率にモヤモヤする。お母さんそっくりだからなぁ。昔のトラウマとかがあって受け入れられないんだろうな……。


 でもそういう日でも鶴舞と話すとだいぶ気が楽になる。なんか、鶴舞の存在って今の俺にとってオアシスに近いのかもしれない。それが輪をかけて鶴舞への想いを強くしている原因だったりするのかも。



 練習が始まってラリーを繰り返す。

 体育館ってさ、でかい扇風機を置いたり鉄扉を開け放って空気を入れ替えてる割に冬以外ずっと蒸し暑いよね。ピザ窯だよね、まじで。

 事前調査でこの劣悪環境を知れてればバレー部に入るのも躊躇うことできたのに、速攻部活に入った組だからなー。くぅ〜、自分の思慮の浅さに辟易です。



「くぅ!?」



 目が酸っぱくなり反射的に瞼を閉じる。額に浮かんだ汗が垂れて眼球に直撃したみたい。そしたら丁度顔面にボールが落ちてきた。



「なーにやってるのロリ子ちゃん! 大丈夫!?」


「大丈夫ですよぉ……いってえ。鼻に当たんなくてよかった……」


「しっかりしなよ〜。場所移動する? 涼しい所行こっか」



 そう言って鶴舞が俺の腕を握る。ギョッとして鶴舞の手を見つめてしまう。

 ドキドキドキ、ドックンドックンの方が正しいか。疲れとはまた別に心臓の鼓動が早くなる。……ていうか手首掴んでたと思ったら手の方に指が移動してる!



「わおっ?」


「あ、汗かいてるんで手を繋ぐのは、ちょっと」


「そりゃ汗もかくでしょ、こんな暑いんだし。なーに乙女みたいなこと言ってるの? 変なの〜」



 楽しそうにケラケラと笑ったあと、鶴舞がこっちにわざわざ顔が見えるよう目を向けてにこっと笑顔で微笑んでくる。意図がわからず、汗を拭くフリして口元を隠し目をそらす。



「なんか最近私と目を合わせてくれないね〜?」


「気のせいでしょ」


「気のせいかな? 私の事嫌いになっちゃった?」


「それはない! 絶対、ない」


「そう? それならいいけどー」



 また楽しそうに笑って鶴舞が俺の手を握り引っ張る。汗かいてるから手は繋がないでって言ったんだけどな……。



 部活終わり、更衣室寄りのベンチに座って水を飲んでいたら鶴舞が隣に腰を下ろした。



「やあロリ子ちゃん」


「なーんだよ。なんか今日、めっちゃベタベタしてくる」


「逆逆。最近ベタベタしてなかったから不足分を補いに来たの」



 そう言って鶴舞がマスクを下ろし水筒を口につけ傾ける。……横顔綺麗だなぁ。なんでマスクなんてしてるんだろう、こんなに美人なのに。もったいない。



「ロリ子ちゃんって本当に運動神経いいよねー。一緒に遊ぶってなったらゲームばっかだったからそんな印象なかった。覚えてる? 卜部くんとよく3人で遊んでたよね!」


「うん、覚えてる」


「最近卜部くんとはどんな調子なの?」


「え? いや……特に」


「なぁにそれー」



 不思議そうな声で鶴舞が俺の方を見る。少しだけマスクを下ろした鶴舞の顔を見た後、そっと目を逸らしながら口を動かす。



「中学に入る前くらいから疎遠になって、今はもう全然話さないよ。登下校中に見掛けても素通りって感じ。まあ、よくある話だよね」


「えー? あんなに仲良かったのに疎遠になっちゃったの?」


「うん。まあ」


「へー。なら今度話しかけてみよっかな!」


「? 誰に? 卜部に?」


「そう! 久しぶりーって」


「……なんで?」


「なんでって、別になんでもよくなーい? 昔遊んだよしみなんだし、また遊びにでも誘ってみようかなーって。ロリ子ちゃんも一緒に来る?」



 質問され、少し悩む。

 鶴舞からの誘いならそりゃ、迷う必要なんて何もないし全然首を縦に振るんだけど。卜部はな……なんか俺、卜部に避けられてたっぽいし。今更話しかけに行く気なんか起きないし、むしろ気まずい。



「んー……私はいいや。二人で楽しんで」


「あらら。なになに、喧嘩でもしたの?」


「してない。……と、思う」


「そっか」



 不意に頭を撫でられる。なんで!? 驚いて鶴舞を見たら、彼女は僅かな心配を滲ませたような顔で俺に笑いかけた。



「辛い事があったらちゃんと言いなよ、一人で塞ぎ込んだら駄目だからね」


「前も言われたね、それ」


「言ったっけ?」


「言ったよ。お母さ…………えっと、私と学校で鉢合わせた時さ。こっちがなにか言う前に、そういう風に、優しくしてくれたじゃん」


「あははっ。そっかそっか、そうだったね。いやー、だって目に見えて目に光がないと言うか? なんか、何もかも全部嫌だーって言いたげな顔で歩いてたからさ。話しかけずにはいられないよねー」


「慎也以外、誰も気にしてなかったけどね。あ、慎也ってのは私の幼馴染で」


「知ってるよ。まあ幼馴染だったら気付くだろうねぇ。でもそれ以外には気付かれないってのは仕方ない事なんじゃないかな。ロリ子ちゃん、嘘の表情作るの得意だし」


「嘘の表情?」


「今もだけどさ。ロリ子ちゃん、無理して笑顔作ってるでしょ?」


「……そんな事ないよ」


「私にはバレてるぞー。私、他人の表情の機微には敏感なので! だからといって深読みして私がマスクしてるのはなにか理由があるんじゃないかと疑われても困るんだけどねー。これは所謂キャラ付けだからね」


「キャラ付け??? 年中マスクつけてる理由って特に何も無いの?」


「無いよ? いや、あるっちゃある。実は私、舌にピアスをつけている」


「舌にピ……えっ!?」


「見る? いいよ。ほら、あーん」



 そう言って鶴舞が口を開き俺にピアスを見せてくれた。すっご……てか鶴舞の口の中だ。すっ……ご。



「ほんとだ……なんでそんな所にピアスしてるの?」


「幼い頃に病気で舌がちょっとへんてこな形だったんだよー。で、その病気が治ったあと普通の舌になるのか分かんなかったから、えいって」


「その理由でえいって!?」


「うん。ピアス刺してれば相対的に舌に目は向かないかなって。そしたら舌は普通の形になって、なんなら薄くて長いタイプの舌になっちゃったもんだからすごい目立つよなーこれってなって。だからマスクを付け始めたんだよね」


「へ、へぇ……」



 そんな理由があったのか……。にしてもすごい勇気だな、ベロにピアスって。針刺して貫通させたってことだよね? どんな幼少期……???



「舌に針を通したまま長いこと生きてきたので、そろそろ他にもピアス増やしていいかなって思い始めて。つい最近、左耳にもピアスつけたんだー」


「知ってる! それ、さっき見たよ」


「見えちゃった? 髪で隠してるつもりだったんだけどなー。先生にもバレちゃうかな?」


「どうだろ。髪を触ってくるような先生がいなければ大丈夫じゃない?」


「かな? まあバレたらその時はその時だよね。ねーねーロリ子ちゃん、似合ってる? このピアス似合ってるー?」


「似合ってる! お、大人っぽくていいと思う!」


「ありがとー! ロリ子ちゃんに褒められると嬉しい! 可愛い子から褒められると承認欲求満たされるなーっ」


「か、可愛くなんて……」


「可愛いよお! ロリ子ちゃんは誰もが認める絶世の美少女ですよ! 私が太鼓判を押す! てか私にドストライク!」


「ドッ!?」



 その言葉が胸に強く打ち込まれて吐血しそうになる。

 ド、ドストライク!? そんな事、正面切って言ってくるかな普通!? いや言うか、女同士だもんね一応!

 ぐうううぅぅぅっ、俺だけ一方的に衝撃食らってて悔しいいぃぃ腑に落ちない! でも鶴舞の言葉が胸の奥がじんわり染み込んでつい頬が綻んでしまう。純粋に嬉しいって感情が隠せない。くっそおおぉぉ落ち着け俺ええぇぇぇ!!!



「いいなぁ〜。私もロリ子ちゃんみたいに可愛くなりたいな〜」


「つ、鶴舞だって十分可愛いよ! てか鶴舞の方が絶対に可愛いし、大人っぽいし、美人だし、かっこいいと思う! 誇っていいよ!!」


「え、なになに急にベタ褒めしてくるじゃん! やめてよー!」


「のわーっ!?」



 鶴舞は大げさに喜びながら俺の頭に手を置き髪をくしゃくしゃにしてきた。手つきが男のように乱暴で他の人にされたら不快極まりないないが、鶴舞に限っては照れくささとか嬉しさとかが溢れて笑いながらでしか抵抗できない。


 鶴舞と二人で雑談に花を咲かせていたら、体育館の入り口の方から声がした。



「よお、理子。今日も練習おつかれぃ」


「慎也」



 慎也だった。何の用だろう? 制服姿の慎也がこっちを見ながら手を振っている。


 ……? 目が合うと、慎也の頬がちょっと赤くなった。そしてすぐに視線を逸らされた。なんだあいつ、俺と話しに来たんじゃないの?



「あー……理子。今、ひまか?」



 む。暇だ。部活はもう終わって帰る所だし、これから特に用事は無い。だけど今は鶴舞と話している。鶴舞との会話をこんな中途半端な所で中断させたくない。



「ちょっとまってて」


「すぐ終わるから」



 ……?? すぐ終わるから?


 すぐ終わるから、なんだ? 待っててって言ってんじゃん。すぐ終わる事なら別に今話そうが後で話そうが変わらなくない? こっちの意見無視してくんなよ。


 なんか最近、慎也の様子が変だ。視線もどことなく昔の幼馴染って感じじゃなくなってきてるし、こんな風にこっちの意見とか空気を察さずに自分の要求の為だけに俺を付き合わせてくる回数が増えた気がする。なんていうか、俺にいきなり告ってくる男子と変わらない行動パターンというか。身勝手さが増してるんだよな。



「待っててって。てか先帰ってていいよ。スマホに言いたいこと送っといて。後で見る」



 そう言って軽く手を振る。声は普通に返せたつもりだけど、心のどこかで『今は鶴舞と喋ってんだろ』っていうイラつきがあったせいで怒気が滲んでたかもしれない。


 慎也は「……わ、悪い」とだけ言って離れて行った。でも去り際にチラッとこっちを見て、なんかよく分からない表情を浮かべている。


 ……どういう感情? 表情から意図を汲み取れない。女の体になったとはいえこころは男なんだから、慎也の考えてる事なんてすぐに分かると思っていたんだがそうでもないのか。

 男子の感情ってよく分からないよなー。女子なんかよりずっと男連中の方が本心を隠すのが上手いように思える。



「行っちゃった。いいの? ロリ子ちゃん」


「いいよ別に。後で何があったのか訊くつもりだし」


「ふーん。それはやめといた方がいいと思うけどなー」


「なんで?」


「なんでって。鈍感だねぇ、ロリ子ちゃんは」


「?」



 そんなやり取りをした所で帰ろうという話になり、鶴舞と共に荷物を纏めて学校を後にした。


 今日は久しぶりに長いこと鶴舞と話せて楽しかった。減っていたHPがMAXまで供給された感じだ!

 よーし。帰った後お父さんと話せる雑談の種が一個できたぞ。足取りが軽い! 今日も先に帰ってビビらしてやるぞー!

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