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13.5話『幼馴染として/瑠璃川埜乃愛』

 ゲームに飽きて勉強机の上に足を乗っけたままボーッとする。蛍光灯のスイッチを押そうとしたけど指が届かない。消しゴムを投げたら壁に当たって床に落ちた。うーん、コントロール落ちた?



「はぁー……」



 暗い部屋で何もしていないと、頭が勝手にぐるぐる動き出して余計な事を思い出させてくる。


 今日は特に、夕方に話した卜部の言葉を思い出してしまう。あいつの顔なんか思い出したくないのに。キモすぎだ。



『鰐淵はあいつの幼馴染なんだろ。なんで前みたいに話しかけないんだよ』


『女の格好して学校来た時、瑠璃川の事避けてたよね。あんなにずっと一緒にいたのに』


『以前はずっと理仁、理仁ってあいつに付き纏ってたのはお前だろ。なのになんで今は避けてるんだよ、なんで孤立してる瑠璃川を助けないんだよ。それでも友達かよ! 自分から見捨てたくせに』



「うーるーせぇっ!!!」



 机にかかと落としをする。バンッ! って音が鳴ったが机の方は特に無傷で、逆に俺のかかとが痛んだ。


 あいつがあんな、ヘラヘラした気味の悪い笑顔じゃなく真剣そうな顔をしたのを見たのは転校してきた時以来だった。別の奴で遊んでた時に俺にちょっかいかけてきやがった時と同じ、自分の事ヒーローかなんかだと勘違いしてそうな胸糞悪い顔。


 あいつがどんな顔で何を言おうが俺には関係ないし、あんな奴の言葉を覚えておく必要もない。考えたくない、あいつに関わる考え事とか無駄でしかない。あいつはいじめの対象、ただの憂さ晴らしのサンドバッグでそれ以上でも以下でもない。自分にとって何の影響も与えないカスだ。



「……」



 カスなのに、何故だか卜部の言葉がずっと頭から離れない。考えたくないのに、繰り返し、繰り返し、脳内でループする。




 理仁は、女だった。女であることを隠して、男のフリをして俺とずっと付き合ってきた。


 隠すってことは、理仁なりに「隠したい事情」があったんだろう。それは分かる。幼馴染である俺ですら知らなかったくらいだもん。徹底して隠してたのは伝わってくるし、秘密にしたままであんなに仲良くなれたんだからわざわざ言う必要もなかったって思われても仕方ないことだと思う。


 それでも、俺にだけは言って欲しかった。


 いつものように下らない遊びをしながら、ふとした拍子に「あ、そういえば言ってなかったんだけど俺、女なんだよね」とでも言ってくれれば、俺はそれをすんなり受け入れられた。

 以前の理仁ならそういうノリでカミングアウトしてきそうなものだし、その流れで来られたら俺も「ふーん」程度で流せたと思う。


 受け入れられたんだ。理仁が女であるということを。



「…………受け入れられたかなぁ」



 改めて考えてみると、それは嘘なのかもしれない。しれっと言われたとして、結局今日みたいに暗い部屋で一人考え事に耽っていた可能性の方が高いかもしれない。


 素直に受け入れられなかったから、理仁と関わるのをやめた。どう言い訳しても、どんなもしもを語ったとしてもそれが現実なんだよな。


 このところ、俺は確かに理仁を避けていた。


 大切な幼馴染である理仁ですら、『女だから嘘ついていた』と思ってしまったから。


 理仁の変化、というか理仁の「真実」を拒絶してしまった。昔の嫌な出来事を重ねてしまった。

 相手はずっと一緒にいた幼馴染なのに、異性だからというだけで俺は理仁を勝手に別の女と結びつけ、あいつとの対話を拒否してしまった。



 あいつのことを、「理子」だなんて名前で呼びたくない。

 その名前が本当の名前だったとしても、俺にとってのあいつは「理仁」であり続けてほしい。女みたいな名前であいつを呼びたくない。



 もしあいつの事を「理子」などと呼んでしまったら、あいつのことを、幼馴染としてじゃなくて他の女子と同じ「異性」として見てしまう気がした。



「まあ、あの胸はもう誤魔化せないよな」



 俺にすら秘密にしてたことをなぜこのタイミングで隠さなくなったのか。その理由は明白だ。

 今までは男女似たような形していて、違いなんて髪の長さくらいしかなかった。だから誤魔化せた。でも流石に胸が膨らんだら男と言い張ることもできない。そこで限界を感じたんだろう。


 この所、理仁の体がどんどん女らしく成長している。女らしくなっていく理仁を見てると、昔の理仁が記憶から薄れてしまうような気がしてまともに直視出来なくなっている。


 あと、なんか変な気持ちになる。今まで誰にも向けて来なかったような、あるいはずっと昔に一度だけ誰かに向けたことがあるような心臓が騒ぐような感覚がして、それを否定するために理仁の事を意識しないようにしていた。



「はあ……クソッ。卜部の奴、まじ余計なことを言いやがって。あいつのせいで変な事考えちまう」



 成長した理仁の「女」の部分が脳内でドアップになり、それを頭を振って霧散させる。


 理仁も理仁だ。なんなんだあいつ、まだ俺ら小学生だろ。なんで周りより女らしい顔してて胸もでかいんだよ。せめて中学生になってからそういう成長しろっての。


 くだらない事を妄想するのはやめて、またボーッとする。そしたらまた変な考えが頭に浮かんできた。

 思考ってここまで制御できないものなのか? 俺の脳みそなのに俺以外の奴に操られてるみたいに勝手に意味の分からない考え事をしようとしてくる。



「卜部が理仁と関わらなくなったら、まじで理仁がぼっちになるのか。女子に嫌われてるもんなー。男子は誰が可愛い可愛くないとかどうでもいい感じだし、女ってだけで深くつるまないしな……」



 と、この思考に行き着く理由が卜部の言葉である事に気が付き嫌な気分になる。


 癪だ。腹が立つ。


 なんで俺が、あいつに物事を気付かされなくちゃならないんだ。まるで訳知り顔でペラペラ喋りやがって、やっぱり調子乗りすぎてるんだよな卜部の奴。



「……なにイラついてんだ、俺。馬鹿みてぇ」



 癪に障るけど、別に今この場に他の誰かがいるわけでもないから気にする必要も無いか。むしろ卜部の事で一人でイライラしてる方が意識してるみたいで嫌だな。思った事は別に素直に受け止めよう、あいつの言った事を鵜呑みにしたとかそういうんじゃないから良しとしようじゃないか。


 ……しかし。冷静になればなるほど、今になって自分の行動が及ぼす理仁への弊害がぼんやりと見えてきてしまった。

 卜部の事は嫌いだけど、でも少なくとも理仁にとっては唯一つるめる相手だったわけだし、それを取り除いたらどうなるかなんて最初から気付くべきだったな。


 理仁は無感情っぽく見えるがそうじゃない。あいつにも感情はある。

 ただ、あいつはどういうわけか周りに弱音を吐いたりしないから人が離れていったら実質おしまいみたいなもんなんだよな。追わないから。どんなに寂しくても受け入れちまう、そんなよく分からんアホさがある。


 ……このまま理仁の事を避け続けたら、俺が理仁を孤立させたようなもんになる。それは流石に、卜部じゃないが幼馴染としてどうなんだって思う。


 同じ女子の輪に入って馬鹿みたいに能天気に過ごせていたら、時々昔の話をしたりいじったりする程度はすんなり出来たと思うんだけどな。誰も話す相手がいないってなると自然に関わるのがもっと難しくなる。


 避けてはいる。けど完全に関わりを断ちたいわけじゃない。



「……はぁ」



 どうしよ。

 胸の奥が、重い。

 息をするのも億劫になるくらい、重い。



「瑠璃川理仁。瑠璃川、理子。……はああぁぁ〜〜」



 なんだよ理子って。安直すぎるだろ。本当にそれが元の名前だったのか、「理仁」って名前を脳死で女変換したようにしか思えないんだけど。もうちょっとセンス良い名前思いつかなかったのかよ。


 女すぎるんだよなあ、名前も見た目も。苦手意識がどうしてもとっぱらえない。

 別に女らしくなっててもいいから、せめて不細工だったら良かったのに。その方がまだ話しやすい。女嫌いな奴にとって顔が可愛い女とか一番取っ付きづらいって。



「…………発想の転換。リベンジだ、そう。リベンジ、リベンジ」



 理仁がどうとか考えると苦手意識に気が行ってしまうので、理仁ではなくここはあえて焦点を卜部に当てる。


 理仁が俺のせいで孤立するからとかではなく、卜部が調子づいて俺の幼馴染を横から掻っ攫ったから。そのリベンジとして、卜部と関わってた時間より俺と関わる時間の方が楽しいって理仁に思わせるという方向でアクションを起こそう。


 俺より卜部なんかを優先した理仁に、その日々が退屈だったと思わせる。卜部の事なんか忘れさせる、そっちに躍起になる。

 ……卜部の事を意識しすぎじゃないかって我が事ながら思うが、まだそういう執念を燃やしてると思ってた方が気が楽だし頭もスッキリできる。


 卜部に勝った。そう実感出来れば、きっとこの胸のモヤモヤも、卜部の言葉も、理仁に対する不信感も、距離感も、全部解消して元通りになれるはず。


 なんてことはない、簡単な事じゃないか。卜部といて楽しいわけがないんだもん。あんなつまらない奴と一緒に居たって何も楽しくないのは当たり前の事。という余裕綽々なこの優越感で頭を埋めれば、俺の女に対する変な因縁を理仁に向けずに済む。


 もう一度、理仁と向かい合おう。理由は簡単だ、卜部がムカつくから。


 ……あいつは他の女とは違う。だから大丈夫。これ以上あいつが俺に隠すようなことはないし、嘘を吐く必要もない。だから俺があいつに失望したりすることもない。


 理仁と俺は幼馴染なんだ。幼馴染としてずっとやってきた、だから今後もきっと何事もなく一緒に過ごせる。異性がどうとかいう話の入り込む余地はない。



「…………でもなーーー。おっぱいでかいんだよなーあいつ〜〜〜」



 また昔みたいに話しかけるぞって意気込んだのに、体育のランニング中のあいつの胸を思い出して目を覆う。水泳の時の水着姿を思いだして自分の腹を何度も殴りつける。やめてくれ、やめてくれ、頼むからやめてくれ。まじで。キツいって。



「話しかけにくいからせめてパーカーとか厚手の服着てきてくんないかなー! なんでうっすい服着てくる時あるんだろうあいつ! まじ意味わかんねー!」



 理仁の顔をまっすぐ見られるだろうか。着てる服によるな、うん。あと髪も短くしてほしい。ぐんぐん伸びててもう普通にロングなんだよなあいつ。

 おかしいよ、元々男のフリしてた奴がロングしてくるとかおかしいよ。そんなもん余計に意識するだろうが!


 腹を殴りつけて、ベッドにうつ伏せになって唸りながら眠りに落ちるのを待つ。


 ……クソォ! ムズムズして寝れねええぇ〜っ!!!




 *




「ふふっ。本当に可愛い」



 寝ている理子が被っていた布団をめくり、顔を指で撫でる。



「……」



 子どもの頃の私にそっくりな理子の顔を見ていたら、昔の事を思い出す。





 私はずっと、周りのみんなから「可愛い」と言われて育ってきた。


 小さな頃から、道を歩けばおじさんおばさんが振り返ってはため息をつき、「めんこいねぇ〜」なんて手を振りながら言ってくる。

 お友達のお父さんお母さんも「可愛いねぇ」と言って頭を撫でてくれるし、新しい人達と出会う度に私の周りには輪が出来て誰もが私の"可愛さ"を褒めてくれる。


 お願いすればみんながみんな、何でも言う事を聞いてくれた。

 お菓子が欲しいと言えば色んなお菓子を山ほど持ってきてくれるし、暇って言ったらみんなが色んな遊びのアイデアを出してくれて私に一番楽しい役割をやらせてくれる。

 誰かに怒られたことなんて一度もない。私が誰かを転ばせたり物を盗ったりしても、物を投げつけたり顔に落書きしたりしても怒られないし、むしろ周りの全員が私の味方をしてくれる。


 みんなが私のことを好きで、肯定してくれる。誰よりも可愛かったから。私は生まれついてのお姫様だった。



 小学生の頃に旅行で東京に遊びに行った時、芸能界にスカウトされた。ただ"顔が可愛いだけ"なのに、色んな事務所に声を掛けられてロクに旅行を楽しむことはできなかった。


 アイドルとして芸能界デビューして、本当にすぐにドラマに子役出演する事になって。そのドラマで『美少女すぎる新人子役』としてネットで有名になっちゃって、特番を組まれた事すらあった。その後も色んなドラマに出て、CMにも出て、色んなトーク番組に引っ張りだこにされた。


 有名になるのはあまりにも簡単すぎた。だって、ただ可愛い顔で生まれてくればいいだけなんだもん。


 何の努力もいらない、何の苦労も知る必要がない。そういうのは周りが勝手にやってくれる。

 私はただ愛嬌を振り撒けばいいだけ。それだけで周りは幸せになれるし私もとってもハッピーな気分になる。不幸な人なんて誰もいない幸せな世界が私の前に広がっていた。


 映画にも出たことがある。でも不思議と、映画に関してはサスペンスの被害者役やホラーの犠牲者役、なんならオバケそのものの役を割り振られる事が多かった。


 業界の人いわく「そういう役は顔立ちが整っている方が映える」らしい。私自身は怖いものがあまり得意じゃなかったから納得出来ないけど、現場の人みんなが褒めてくれるから仕方なくそういう仕事も沢山引き受けてあげた。


 出会う人全員、出会わなくても画面越しに私を見てくれる全員が私の可愛さを全力で肯定してくれた。


 私は特別だ。誰よりも可愛い物語の主人公、みんなのシンデレラだった。




 でもシンデレラのお話には、意地悪でブスな脇役が付き物というもの。小学校高学年から中学生くらいから私の事を悪く言う女の子達が現れた。


 ブスは馬鹿で傲慢だ。


 私が何をやっても否定してくるし、上手くやってみせてもよく分からない不満を漏らしてくる。


 男の人はみんな肯定してくれるけど、真に私の気持ちを理解できる人は誰一人いなかった。


 シンデレラは孤独だ。誰よりも可愛くて、この世界で一番特別で、物語に一人しか出てこない存在だから。誰も、私の孤独を理解出来なかった。


 美人税って言うのかな?


 私はただ「可愛かった」というだけ。何も悪いことはしてないし、そもそも悪者になんかなり得ない。それなのに、わざわざ選んでブスに生まれてきたよく分からない思考回路の人達が不当に私を酷い目に遭わせてくる。


 嫉妬するくらいなら、最初から可愛く生まれてくればよかったのに。なんでそうしなかったの? 他人を憎む前に反省しようよ。


 顔が汚い人は心も汚いんだなって、最初から醜い心を持って生まれた愛されるべきじゃない怪物なんだなって、心からそう思う。


 顔の形が変なのは自分のせい。モテないのは自分の責任。見た目で褒められたいなら褒められる見た目になればいい。

 簡単な事なのに、その程度のこともせず他人を攻撃するなんて野蛮すぎて全く理解できない。



 お姫様に相応しい王子様も物語にはそう多くは出てこない。


 私に付きまとってくる男のほとんどはお姫様に相応しくないブスばかり。それでも私は優しいから、攻撃してこない相手に対しては平等に微笑みかけたり話に付き合ったりしてあげていた。


 私が近くにいるだけでみんな幸せを享受できる。それだけで十分なはずなのに、調子に乗った醜悪な怪物の中にはその先を迫ってくる奴もいた。


 気持ち悪いとは思わないであげていた。思ったことを全部そのまま直接伝えたら、何故か自殺した人が居たから。


 でも、怪物のくせにお姫様と交わろうとするのは当然ながら無意味な挑戦でしかない。

 私がそんなことを許すはずもないし、執拗に迫ってきた相手には他の男を使って痛い目に遭わせたりもした。


 日常生活を送る分にはそれで良かったんだけど、芸能界となると話が変わった。


 体が成長して、純粋な「可愛さ」の他に「女の魅力」を手にしてから怪しい誘いをしてくる大人が爆発的に増えた。

 私は折れなかった。貞操観念がしっかりしていたわけじゃない。ブスの相手をしなかっただけで、モデルや俳優とはもう既に結構エッチしてたし。


 本当に、純粋に、単純に。お金がどうとか将来性がどうとかは一切どうでもよくて、ただ"顔の形が変"だから断り続けた。


 そういう誘いを断り続けていたら、段々と表に出る機会を減らされていった。


 可愛さだけが取り柄の女なんて他にいくらでもいる。素直に言うことを聞いていればもっと有名になれたのに。なんて、そんな酷いことを言われた事もあった。



 悪くない人が損をする世界。



 前世で徳を積んで、神様から優遇を受けただけの善人が、『嫉妬』とかいう存在するかも怪しい感情を言い訳にして、他人を潰すことが許容されてしまう残酷な世界。


 それがこの世界の本質なのだとしたら。私、例え話でもなんでもなく本当に悲劇のヒロインじゃん。



 映像作品での出演が減りアイドル業で頑張っている最中、あの人が現れた。


 この世界で唯一、私の可愛さに相応しい王子様。将来結婚する運命の赤い糸で結ばれた、未来の旦那さん。


 相手は年上の、何の変哲もない高校生だったけれど。顔は整っているし、声もかっこいいし、喋り方がゆったりとしていて心地良くて、ミステリアスで……とても興味を引かれる存在だった。


 純粋に顔の作りで比較するなら、関係を持った芸能人の方がレベルは遥かに上。でも、あの人には見た目以上の謎めいた魅力があった。


 誰にも靡かない孤高さがあった。


 だから振り向かせたかった。


 みんなにとっての『特別』だった私が、自分だけの『特別』を手にしたくなった。



 経験はなかったから少し手こずったけど、私なりの本気で沢山アプローチをかけてみたら王子様と私は通じ合えた。


 彼も私と同じで、ただ「偶然かっこよく生まれただけなのに同性から妬まれる」という理不尽を受けていた人だった。


 私は彼の唯一の理解者。

 彼の不幸を自分の事のように悔しく思い、悲しく思い、悪者なんかに負けないようにと励ましたりもした。

 誰よりも彼の気持ちを、孤独を理解出来る。むしろ私しか理解してあげられる人なんかいない。


 私と王子様は恋に落ちた。きらきらと輝く、素敵なおとぎ話みたいに。



「……」



 彼と一緒に過ごしていたら、子供ができた。

 私にとっても、彼にとっても、それは予想外だった。だって、その時は肉体関係を抜きにして綺麗な恋愛をしていたから。


 この子は彼の子供じゃない。暇な時に肉体を重ねた誰かの子供。


 人生で初めて、真剣に怒られた。


 でもなぜ私が怒られなきゃいけないのか、理解出来なかった。


 だって、私が体を許したのって全員私よりずっと年上なんだよ? 相手は大人で、私は中学生。私はお姫様で、相手は脇役。どう考えたっておかしい。私悪くないよ、私にそういうことを求めて唆した悪者が悪いんだよ。


 私は被害者なのに、王子様にも親にも怒られた。あの時の事は今でも腑に落ちない。


 子供ができたせいで、アイドルのお仕事を辞めることになった。

 学校にも行けなくなった。

 傍に居てくれた人の多くが私から離れていった。

 王子様は、王子様だけは離れていってほしくなかったから私は必死に頭を使った。王子様のお父さんとお母さんとなんとかお話して、逃げられないようにした結果、王子様は私と一緒に暮らしてくれることになった。


 けれど……それでも、昔のような愛し方はしてくれなくなった。


 子供が憎かった。

 でも、私の子どもなんだから、きっとこの子も私に似て、とっても可愛い子なはず。

 可愛いお姫様は愛されなきゃいけない存在。だから私は、沢山悩んで悩みまくって、母親になるという覚悟を決めて、この子を私同様に愛される子にしようと決めて産んだ。




 おぎゃあ、おぎゃあと赤ちゃんの産声が響く。




 私の腹から出てきたのは、しわくちゃで醜い小さな猿だった。

 とても私には似ても似つかない、似つかわしくない不細工な肉の塊が、私の胎内から取り出された。


 気持ち悪い。


 気持ち悪い。


 こんな気持ち悪い怪物、愛せるはずがない。


 理仁が出来たせいで、私の幸せな人生は完全に終止符を打たれてしまった。



「……んぅ? ……え、と、お母さん……?」


「ごめん。起こしちゃった?」


「ん……なぁに? お…………わ、たしの顔、なにかついてる?」


「世界で一番可愛いお顔がついてるよ」


「…………ぇ、へへ。嬉しい」


「起こしてごめんね、理子ちゃん。おやすみなさい」


「うん。おやすみ、お母さん」


「愛してるよ。理子ちゃん」


「……私も。大好き、お母さん」



 鼻をツンツンしていたら理子を起こしてしまった。背中をさすって眠気を促し、理子がもう一度寝息を立てるのを待つ。




 理子は理仁なんかと違って、私そっくりで可愛くて、ちゃんと私の子供に相応しく、私のことを愛してくれる。

 私の思いに応えてくれる。


 理仁のせいで、私も少しだけ(周りのブス女達よりはマシだけど)可愛くなくなってしまったけれど、理子が私の夢を叶えてくれるから、今はそれでいい。

 世界一可愛かったお姫様が、あたらしいお姫様のお母さんになる。それはそれで、私の思い描く理想の人生として相応しい形だし。



 理子が現れてから、私の人生は明るくなった。


 理子は身内贔屓抜きで、昔の私の写真がそのまんま動いてるのかってくらいそっくりだからいろんな服を着せ替えるのが楽しい。

 それに、理子が現れてからすぐの頃に接近禁止命令が一度解かれて、ずっと連絡がつかなかった王子様が連絡を返してくれた。

 理子のおかげで前向きな気持ちになれて、頑張ってお願いをしたら王子様がまた一緒に暮らしてくれると言ってくれた。


 理仁が消えて、理子が現れて、何もかもがいい方向に進んでいる。


 中途半端な所で止まっていた人生がまた動き出したんだ。理子のおかげで。


 大好きだよ、理子。

 私の可愛い子。

 一緒に幸せになろうね、私だけの可愛い理子。

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