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Case34.扇動者

「あいつはマイドを忘れた人間に、恐怖と怒りと悲しみを植えつけると言っていた」


 チップのある世界でのネガティブな感情の常態化。

 戦争終結後の世の中では、パンデミックや巨大な天災くらいでしか再現ができないだろう。みずから変化するウイルスや病原菌は不安定。天災を故意に起こすことは不可能。


「あいつはその当てがあって軍に入ったのよ」


 フロイデンが目を付けたのは、大戦時に放棄された自律兵器だった。

 彼は軍に影響力を持ったあと、秘密裏にそれを接収し、町を襲わせ始めた。


「マッチポンプだな。恐怖の植えつけは達成されつつあるが、目的が見えない」

「お父様と同じよ。人間とマイドの再融和が目的」


 旧文明に関わる施設を襲わせたのは、過度な娯楽の摂取の強制的な制限が目的。快楽による不快感のキャンセルと、コンテンツ消化の思考停止によって想像力が奪われることを防ぐため。

 くわえて、自律兵器災害により悲劇が生まれ続けることで、不快感除去プログラムに疑問を抱かせ、マイドの存在を隠す機能の真実にみずから気づかせる。


「そして、危機の演出。今の人類を圧倒するには多少の航空機だけで充分」


 エビングハウス回路により開発を自粛させられた自律型戦闘機FFFF(フォーエフ)

 チップを持たず、フルスクラッチの才能と軍での権力を持つフロイデンには、封印を破って製造させることが可能だった。


 兵器災害がレベル・アップし、町を赤いレーザーが焼き始める。


 地下組のマイドの国は、人間の領域に攻めこむために軍を組成した。だがそれは、そもそも「人間のため」が目的だ。人間が自律兵器によって存続が危ぶまれる事態になれば、その軍事力は人間へではなく、自律兵器へと向けられるだろう。


「悪役になる予定だったマイドをヒーローに変えるつもりだったってわけね」

 ルネがうなずく。


「だけど、ひとびとは彼が敷いたレールの上から脱線した」


 人類は更なる依存を求めた。エビングハウス回路の機能の強化や、人体のサイボーグ化の検討、懐古趣味はいっそうひどくなり、町中には正当なルーツでない民族衣装が溢れ、ファッション的な活動家が蔓延り、社会は分断され始めた。


「そんな状況では薬が効きすぎる。テコ入れが必要だったの」


 広報部の設置。戦争を一部エンターテイメント化することにより戦意を高揚させ、大きすぎる不安に対抗させる。


 だが、レールを外れていたのは人間だけではなかった。

 マイドの国は自律兵器を人間の問題として無視をし、そのまま侵略に乗り出した。

 そして、彼らは戦争下手過ぎた。勝ち目のない侵略を試み続けている。


「では、フロイデンは単なる悪玉ではないということか? きみはかなり嫌っていたようだが」


 ノマドはため息をついた、長い長いため息。


「彼にはプランBがあったのよ。というか、そっちがAで、今話したのがBね」


 使命を帯びて人間の国に入りこみ、人間として生活していたフロイデンは、パーフェクトな才能を持っていたゆえに、人間に対していい印象を持っていなかった。

 入軍し、階級が上がればさらに悲惨な実態を見せられた。汚職、癒着、濫用。民間人は毎日を娯楽ですりつぶすのに忙しく、声もあげない。


「人間という存在が不完全だから問題なのだ。マイドも人間と同じ歴史を歩もうとしている。この両者をもって完全とする前提からして、間違っていたのだ」


 ノマドは彼の口調をまねて話す。それから、はたと何かに気づいたように目を見開き、歯列を見せて笑い、こう言った。


「完全な存在がここにいるではないか」


 ふむ……。どこかで聞いたような話だ。


「彼にもフルスクラッチで人間を作るほどの技術はない。生殖能力も持たない。でも、パーフェクトな遺伝子を人間の胚に移植することは可能。人類を強制的に優秀な形に進化させるのが、彼のもう一つの計画」


「そのためには、不完全な存在は邪魔なわけか。むしろ、そっちの計画を優先するなら脱線による泥沼化も好都合といえる」


「そのとおり。だから彼は戦争を煽り続けるの。優秀な者だけが生き残る世界を作るために」


「彼は僕との勝負を投げたってわけか」

 ハイマー博士は腕を組んで口をとがらせている。


「引きこもりのおまえに言われたくない」

 ノマドの声まねに博士はびくりと肩を震わせた。

「あなたに会うことがあったら伝えてくれって」


 じっさい、その通りかもしれない。ハイマー博士も勝負を投げていた。

 彼はぼくらと連絡が取れなくなってから、アクションを取っていない。


「ふん、腹が立ったのは久しぶりだね。フロイデンめ、僕の子たちを勝手に使ったあげく、僕らの創られた理由も否定するか」


「博士、フロイデンの野望を打ち砕きましょう!」

 言ったのはぼくじゃない。ルネだ。

 ぼくももちろんそのつもりだが、いくつか腑に落ちないことがある。


「いまさら無理よ。ヤツはすでに準備を終えている。禁止兵器や自律兵器の増産、遺伝子組み換えの人間たち。わたしに話したのが全部とも限らないし。あいつには余裕があった。勝負は自分の勝ちだって言っていたわ」


「うーん……」

 少年が腕を組んで頭の上に疑問符を浮かべている。

「頑張ればどうにかなりそうっていうか、たぶん勝たせてもらえるんじゃない?」


「勝たせてもらえる? 何を言ってるの?」

「フロイデンはさ、なんでノマド姉ちゃんに全部ばらしちゃったの?」


「絶対の自信があるからよ。アルツや人間を人質に取られたわたしは判断力も鈍っていたし……」


 ノマドは何かを思いだしたように席を立ち、ぼくの額に指を当てた。


「何をしたんだ?」

「フロイデンに逆らわないようにするプラグインを作ってたのだけど、消したわ」


 なるほど。敬礼を思い出す。


「わたしが作ったものだったけど、見ていて不快だった。ごめんなさい」

「構わない。ぼくの安全のためだろう? それを消したということは、きみも協力してくれるんだな?」

「ノーよ。不快だから消しただけ」


「もうひとつ質問いい?」

 ロマはまだクエスチョンを弄んでいるようだ。

「どうしてフロイデンはふたりを利用し続けたんだろう? 計画を変更した時点でなんで殺さなかったの?」


 お茶会の時が止まる。

 ノマドは沈黙。博士は「ぼくへの当てつけだろ、環境に影響されて完全性に欠けたんだろう」と、ぶっきらぼうに。ルネは「まだ何かさせる予定があったとか?」。


 ロマは彼らの解答をスルーし、ティーポットから紅茶を継ぎ足した。

 それから、「冷めちゃってるね」と言い、ぼくを見た。


「アルツは分かるよね?」


 ……自信はない。正直、この場でこんなことを言うのは少し恥ずかしい。

 以前ならば、とっくに口にしていただろうが。


「やり口が映画やアニメの悪役だ。詰めの甘さや半端に感情に引っぱられている点は、ぼくらを煽っているように思える。ぼくらに自分を倒すように仕向けていると考えれば、つじつまが合う」


「そういうこと! 人間とロボットのあいだに立つアルツたちが両方にとっての悪者をやっつければ、また仲直りができる」


「考えたな。僕が勝つことと自分が勝つことをイコールにしたか」

 博士が唸った。不満そうながらも、どこか称賛を交えた様子で。


「どっちにしろ、みんなを苦しめる気なのは同じなのね。……ノマド、大丈夫?」


 ルネが席を立ち、肘をついて額を押さえるノマドの肩へ手を掛けた。

 彼女は、寝落ちていたかのように肩を弾ませ、それから手を払ってしまった。

 心配をむげにされたものの、ルネは文句も言わず見つめている。


「……フロイデンは、近いうちに人間とマイドの国の両方に大規模攻撃を仕掛けると言ってた。宣戦布告もつけてね。自律兵器のプラントもあるし、フォーエフを大量に乗せた巨大空母艦の準備も進めてる。オールドの技術は片っ端から使うつもりだって言ってたわ」


「今の地下組や人間の技術だけじゃ、勝ち目は無いだろうね。何より準備時間が足りない。でも、僕ら森組が手を貸せば話は別だ。とくに、ハッキング能力つきの超高速演算装置なんてものがすでにロールアウト済みなんだから。乗せられるのはしゃくだけど、表向きは僕の勝ちってことになるのかな」


 博士はやる気が戻ってきたようだ。

 いまだ遊び半分を感じるが、彼の態度にこだわらずことを急ぐべきだろう。


「長引けば長引くほど、双方の被害が拡大します。ぼくがノマドのサポートを……」


「わたし、やらないわ。ついていけない」

 ノマドは席を立ち、早足に立ち去ってしまった。ルネも彼女を追いかけていった。


「ぼくらだけでもやりましょう。こんな茶番、さっさと終わりにしたほうがいい」

「茶番ときたか。きみのことだから、自分用の巨大ロボとか、ヒーロースーツでも作れって言うかと思ったけど」

「そういうのは卒業しました」

「そうか。ま、成長なのかね?」

 肩をすくめる博士。


 ノマドに書き換えられる以前からその手のものが好きだったのか。自分で言っておきながら、寂寥感ってものを感じるな。だが、これは遊びじゃない。


「なんていうかさ……」


 ロマがみたびのクエスチョン。


「みんな、立派に作られてたのにどんどん悪くなっていってない? 博士もフロイデンもさ、競争じゃなくて最初から手を取りあえば簡単だったんじゃないの? ノマド姉ちゃんも頭がすごいコンピューターなのに、失敗ばっかりだし」


 それから……。


「アルツはつまんなくなったよね」


 少年は肩をすくめると「じゃ、遊びの続きに行ってくるね」と言って、去っていった。


 ……どいつもこいつも。不真面目で私情を挟み過ぎる。その点、誰かが負の感情をばらまこうとしていると察知していたクスティナは慧眼だった。彼がいればどんなに心強かったろうか。


 いまさら悔いても仕方がない。フロイデンがどういうつもりだろうと、このクソッたれなゲームには、一発ぶちかましてやる必要があるだろう。


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