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Case35.悩み

 ノマドがフロイデンから聞かされていた宣戦布告まであとひと月。ぼくらは人類共通の敵が現れる前に、布石を敷くことにした。


 人間とマイドの戦闘に介入し、両者の武器を破壊。双方の撤退を促す。死者を減らすのはもちろんだが、フロイデンの策略であろうと野望であろうと、これを利用するにはヤツを倒すことになるぼくの存在が人類に周知されていなければならない。


 第三勢力として現れた「アンドロイド・アルツ」のはなばなしい活躍。

 最初にマイドたちと交戦したときは腕を失ったが、もうそんな失敗は起こらない。

 アンドロイドであることを自覚し、リミッターの解除を習得。ビルを飛び越え、車を追い抜き、鉄骨さえも素手で引き裂く。筋肉も増えた。

 防御面に関しても、特殊素材のジャケットでカバー。レーザーだろうがプラズマだろうがどんとこいだ。博士はぼくの希望した服のデザインを褒めた。

 ゆいいつ危険なのが、ぼくが修理中だったひと月のあいだに解禁された禁止兵器、クラス・ブルーのレーザーライフルだ。ジャケットで数秒間は防御が可能だが、ボディを露出している部分に当たれば一発アウトだ。これだけはチャージや狙撃の気配を読んで避けるしかない。


 人間の姿をした超科学の存在が武器を取り上げ破壊する姿は、平和の使者だのヒーローだのと称賛された。

 いっぽうで、フロイデンの企みを知らない彼らには、ぼくを戦争を長引かせる害悪だと罵る者もあった。


 そんなヒーロー・アルツには悩みがあった。


 かつてのぼくなら、こんなオイシイ役に興奮しどおしだったろう。もちろん、今でも信念にも目的にも適っていると思うし、騎士や魔法使い、サイバースーツ姿の隊員が「戦闘をやめる言いわけ」として歓迎してくれてるのを感じたときはやりがいを感じる。

 だが、いまいち役に入りきれないというか、台本を棒読みしているような心持ちだ。


 博士も「一週間くれたらヒーロースーツっぽいものくらいは作れるけど」と言ったが、辞退しておいた。戦場でも目立つデザインのスーツを着ればシンボルとしても有効だし、マスクで頭部も防御できるのだが、あえて「素顔」でいくことにした。


 フロイデンのせいか、あるいはゲーム感覚の創造主のせいか。

 単純に、ぼくが変わってしまったからか。


 それらもあるだろう。


 だが白状してしまうと、別の問題がぼくの電脳とハートを煩わせており、それで活動中も気が散っているのが一番の原因だった。


「ねえ、アルツ。今日の活動が終わったら森にデートに行かない?」

「ねえ、兄さん。ぬいぐるみを縫ってみたのだけど、評価してもらえないかしら?」


 ルネとノマド。ふたりの女子だ。


 ルネは相変わらずぼくの恋人で、こころの支えだった。森の集落でも演奏家や音楽教師をやっているようで、人間の領域で暮らしていたときよりも、いきいきとしている気がする。ときおり知り合いの人間たちを心配したが、大抵は笑顔で過ごしてくれて僕も嬉しい。さすがに「マイドのひとたちが人間の増やしかたを実演して欲しいそうだけど」と言われたときは逃げたが。

 人類の融和計画の件に関しても、彼女は保護されるばかりではなく、博士と今後の状況に応じたプランを相談しあってる。


 そんな彼女の何が問題かというと、ノマドに対して「発破をかけようとする」点だ。


 どうしても彼女は、ぼくとノマドを恋人設定にしてしまいたいらしく、ことあるごとにふたりで出かけてこいと言ったり、何かでふたりきりになったあとには様子をうかがったりしてきた。

 ぼくとしては、ルネが恋人でノマドが妹で充分なのだが。何より、二股はいけいないだろう。


 ノマドはノマドで妹役に徹する気らしかった。最近は「趣味を作る」と言って、裁縫に手を出している。彼女の機能ならスキーマ・ネットワークから裁縫講座を引っぱり出すことも、関連した職能データをインストールすることも可能らしいが、あえてやらずに一から独学で学んでいるらしい。

 この前、作ったぬいぐるみを見せてきたので、「双頭のドラゴンだな?」と言ったら、「ウサギよ!」と憤慨されてしまった。裁縫に関してはルネが得意らしく、ノマドに指南したがったが、もちろん突っぱねられている。


 ルネの気質からして、すぐに諦めることはないだろう。ぼくは、しばらくは我慢するかと観念していた。


 ところが、ノマドのほうがどうも「妙な方向」にいきつつある気配が生じてきた。

 それも、ルネが推さずとも、ぼくを束縛するようなかたちで。


「兄さん、絵本を読んでちょうだい」

「兄さん、お父様に頼んで新しいドレスを作ってもらったの」

「兄さん、抱っこ」


 故障してるのではないだろうか。外見は二十歳前後、身長は一七〇センチ。さすがに甘えん坊の妹を演じるには無理がある。

 衣装も、よく似合っていた黒ドレスよりも、リボンの多いピンクや水色のガーリッシュなものを着るようになっていたが、違和感が酷い。

 本人の趣味に口出しをすべきではないし、ぼくは指摘できずにいる。


 博士に相談したが、「初期のころはそういうパーソナリティも試してたね。僕としては今の彼女のほうが好みかな」なんて、趣味を兼ねた畑を耕しながらの回答だ。


 趣向の変化はぼくにだって起こったが、どうも彼女の場合は「知能」まで下がっている気がした。昨日なんて、戦場に出かけようとすると「行かないで」と腰にすがりついて涙まで見せ、ルネとのプライベートタイムに割りこむことまでした。


「おれもちょっと、今のノマド姉ちゃんは怖いんだよね」


 本日の相談相手、ロマ少年にも同意がいただけた。


 現在、ぼくらは川で釣りをしている。

 野菜は博士が作っているが、たんぱく源が足りない。


 ロマ・ボッカッチョくんとは、すっかり友人関係になっていた。

 十二歳の少年としてはずいぶんと知的だし、父親である博士よりも意見が合う。

 マイドの住民たちはぼくの存在が特殊だと認知しているためか、下からものを言う態度なので、必然的に女子に関する悩みは彼に打ち明けることとなったのだ。


「おとなに恋愛相談される子どもって、面白いよね。しかも、正義のヒーローだし」

「茶化すんじゃない」


 彼には少々、軽はずみだったり不謹慎だったりする欠点はあるが。まあ、以前に友人関係だったときには彼はもう少し子どもで、ぼくもアニメ趣味だったわけだから、今の仲は必然ともいえるだろう。「関係のやり直し」を肯定する存在というのは、人類再融和の活動においても重要なこころの支えとなる。


「しかも表向きの職業は心理カウンセラーときた」

 少年は笑った。あっはっは!

「ぼくは真剣に悩んでいるんだぞ」

「それで、専門家的に見たらどうなの? おれは、ルネさんはともかく、ノマド姉ちゃんのほうは病気なんじゃないかと思うよ。パパやママに付き添って、そういう病院に行ったことがあるけど、似た雰囲気の患者さん、見たことあるもん」

「精神病ということか? アンドロイドが?」

「マイドにだって精神病があるらしいよ。“ルナティック”っていって、情報が処理しきれなくてパンクしたら、先祖返りしちゃうんだって」

「先祖返り?」


 大きな心理的負担や論理的矛盾に囚われると、茫然自失となってフリーズしたり、プログラムがループするように同じ行動を繰り返したり、予期せぬ動作をして自傷に及んだりするらしい。ともに暮らしていた時代では、人間を傷つけたケースもあったという。ルナティックに陥ると、声が平坦な機械音声になることもあるんだとか。

 そういえば、ティーンもエンテの戦闘を見せられたときに、似た症状を見せていた。


「悩みだってあるんだ。マイドって身体が成長しないでしょ? でも、おとなと子どもがちゃんと分けられてる。十六歳になったらおとな用の身体が貰えるんだってさ。好みや仕事によって性能が違うんだけど、それは一生ものだからよく考えて選ばないとダメみたいで、友達に相談されちゃったよ」


「もし、病んでいるとして、原因はなんだろうか」

「そんなのアルツが分からないのに、おれが分かるわけないじゃん? ……おっ、引いてる!」


 竿ごと川に引き寄せられるロマ。ぼくは彼のベルトをつかんで支えてやる。


「うわ、でっかい! アルツよりでかいんじゃない?」


 水草だらけの水中に巨大魚の姿が見えた。


「ピラクルだな。頑張れ」

「頑張れ、じゃないよ! 竿持っていかれちゃうよ! っていうか引きずりこまれる!」

「ところで、本当に心当たりはないか?」

「ないって! ひーっ! 釣りじゃなくて狩りにしとけばよかった!」

「自然保護区の鳥獣への殺傷は人間に対してのものと同等の罪になるぞ。マイドの法律でも禁止らしい。心当たりじゃなくても、消えた記憶のことを知っているだろう」


 ベルトから伝わるロマの動きから動揺を感じる。よし、もうひと押し。


「教えてくれないか?」

「ダメだよ。絶対揉めるもん」

「手を放すぞ」

「やれるもんならどうぞ」


 もちろん、できないが。故意でも脅すだけなら可能なのは戦場で実証済みだ。

 ぼくは彼を水面に近づけた。驚いたピラクルが水面から急上昇し、しぶきをあげて宙に舞う。


「ぎゃーっ! 分かった! 教えるから! でも、後悔したって、おれ知らないからね!」


* * * * *

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