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Case33.修羅場ってやつ?

「……反対の頬も差しだせばいいのかしら?」

 ぶたれたノマドは挑戦的な表情だ。

 横で見ていた少年が「修羅場ってやつ?」と笑った……が、さすがの彼も頬を引きつらせている。


 ルネが二発目を振りかぶったので、ぼくは彼女を抱きすくめて妨害する。


「落ち着け! 彼女は記憶のことは謝ろうとしていた。それに、これはぼくらと人類みんなのためのことだったんだ!」

「謝れば済む問題じゃないわ! アルツ、放して!」

「断る。彼女はきみに記憶を返したいと言っているぞ」

「そりゃどーも! 泥棒から返してもらったら、お礼におもてなしをしなくちゃね!」

「どこまで返して欲しいかしら? あなた、わたしたちの治療を受けに来たってことは思い出せてないの? 消して欲しがったつらい過去まで戻してあげましょうか?」

「知る権利があるわ! 全部返しなさい!」

「そんなものは返してもらわなくていいだろう!」


 言い終わらないうちだった。ノマドがルネの額に指を押し当てたのは。



「あああああああああっ!」



 絶叫。庭仕事をしていたマイドが肩を跳ねさせこちらを覗き、ハイマー博士も立ち上がりイスを倒した。


「何をしたんだ!?」

「記憶を返しただけよ。たっぷりね」

「もう少し丁寧にできなかったのか!?」


 ルネは叫び続け、ぼくの腕に爪立て手の甲に血管を浮きだたせ、先ほどとは比べ物にならない力で暴れようとしている。


「最悪、廃人になるかもね」

「どうしてこんなことを!」


「簡単な話よ」

 ノマドはくちびるの片端を釣りあげ、言った。

「キライだからよ」


 ロマが心配し、博士は頭をかかえ、妹は微笑を浮かべている。


「ま、待ちなさいよ……」

 ルネは呻き、ぼくの腕へ涙や唾液を落としながら言った。

 なんとか正気を保っているようだが……。

「全部、返せって言ったわ」


「それは、本当に要らない記憶だから」

 ノマドは笑うのをやめた。


 ルネが「大丈夫だから、放して」と言うので解放してやる。

 また殴らなければいいが……。


「理由が知りたいのよ」

「なんの理由が?」

「治療のときにあなたがわたしを救ってくれた理由よ」


 ルネは足取り怪しく彼女へと向かった。

 止めるべきかと思ったが、ルネは追撃ではなく、倒れこむようにしてノマドにくっつき、彼女を抱きしめていた。


 ノマドは答えた。


「……簡単な話よ。わたしも“人間のため”にあるから」


 それからルネを突き放し、付け加える。「個人的にはキライだけど」。


「あなたが私を嫌いでも、私はあなたが好きになったみたい。ノマド、救ってくれてありがとう」


 ルネはもう一度ハグをして戻ってきた。

 ノマドは立ちつくして、凍りついたようにぴくりとも動かない。

 なんとなくだが、ルネの体当たりのアクションが「効いている」気がする。


 一時はどうなるかと思ったが、あとはお互いの狼藉を謝罪しあえば仲直りができそうだな。そうあってほしい。

 恋人と妹が不仲なのは、やはり気分がよくないしな。しかし、最初にルネがされた治療に関してぼくが憶えていないのは面白くない。


「アルツ、婚約破棄よ」


 ……へ? 眼前の恋人が何か言っている。


「ノ、ノマドを好きになった代わりに、ぼくを嫌いになったのか? そ、それとも、何か、そんな別れたいほどに酷い記憶が蘇って……」


 しどろもどろ。また頭がおいてけぼりだ。


「やっぱり、アルツは記憶を返してもらってないのね。安心して、あなたのことはもっと好きになったわ。婚約破棄は、フェアじゃないからなの」


 ルネはノマドを振り返り、指差した。


「でも、恋人の席からどく気はないからね。ぶったことも謝らない。私たちも勝負よ」


「……わたしと彼は兄妹だけど」

「ウソよ! いかがわしい関係だったに違いないわ!」

「あなたの記憶のどこを探ったらそんな事実が出てくるわけ?」

「事実は無いわ。フィーリング、女の勘よ」


 ノマドは「勘」と鼻で笑った。本をぱらぱらとめくって机に放りだすように。


「そうそう。僕も気になってたんだよ。“アダムとイヴ”の設定で作ってあげたはずなのに、帰ってきたアルツには違う恋人がいるようだし、不思議だったんだ」


 博士も何か言ってる。アンドロイドなのに頭が痛くなってきた気がする。


「お父様、余計なことは言わないで!」

「ほーら、やっぱりね。いまさら、唾は飲ませないわよ」

「関係の設定なんて書き換え可能よ。恋人なんてやってない。気に入らなかったから兄妹に書き換えたの」

「じゃあ、また戻せるってことね? あなたがアルツのことを諦めるなんて、絶対に許さない」


「何それ……? ナンセンスだわ」

 ノマドは肩をすくめた。


「そうだ、矛盾してるぞ。それにぼくが困るんだが。分かるように説明してくれ」


 ノマドは無視、ルネには「黙ってて」と言われた。ひどい。


「わたしたちが張り合う必要がどこにあるの? 素直にそのままでいればいいのに」

「あなたがいなければ私はアルツと出逢わなかったし、好きになれなかった」


 ノマドはほんのいっしゅん、黙りこんだ。


「……因果なんて無数にあるものよ。結果の一つを取りあげて騒ぎ立てるなんて、ばかばかしいわ」

「この地球だって天文学的な数字を潜りぬけた奇跡の結果よ。人間ひとりの誕生だってそう。あなたはそれも否定するの?」

「わたしはロボット。人間にはなれない。子どもだって産めない」

「あなたも、ひとよ。それに、彼を相手にしたら誰でも産めないじゃないの? 私、別に子どもを産むために彼と付き合ってるわけじゃないし」


 ふたりはこちらを見て「ふっ」と短く笑った。おい。


「勝負はパスさせてもらうわ。どのみち、わたしたちは破局を迎えるのだから。ひとびとはいがみあう歴史に戻ってしまった。繰り返しよ。マイドも、人間もね」


 ローズアッシュの髪が揺れ、瞳は諦観を湛えている。


「何もかも諦めるっていうの? 楽譜のリピートだって、永遠じゃない。終われば新しい曲が始められる」

「誰も新しい曲を作ろうとしないわ。流行の後追いとリメイクばかり。疲れるだけよ」

「私は作ってるわ。諦めてない。アルツだって、諦めてないよね?」


 ルネがこちらを見た。


「必ずフロイデンの野望を阻止して、人間とマイドに手を取りあわせる。それからヤツをいっぱつぶん殴る」

「ムダよ。わたしたちだけでやるなんて、ファンタジーもいいところよ」

「あなたの頭、すごいコンピューターなんでしょ? ファンタジーの実現にはあなたが必要だわ」


 睨みあうふたり。しばらく火花を散らしていたが、片方は急に瞳を冷まし、くちびるを歪ませた。


「いいわ。夢なんて見たくなくなるような、現実を教えてあげる」


 ノマドはフロイデンから聞かされたという話を語り始めた。


* * * * *

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