Case32.妹
ハイマー博士の手により、ぼくとともに造られたアンドロイド、ノマド。
彼女はぼくのパートナーとして人間社会に潜りこみ、ともに心理や思想の面から人間理解をし、最終的な融和を目指していた。
彼女は何も語っていない。語らないままだ。
「死んでしまったんですか?」
「向こうで機能停止をしていたら死と呼べる状態に至っただろうね」
「修理中ですか?」
「修理、修理か。元通りとはいかなかったよ」
博士は首を振る。
「彼女、だいぶん身体の中をいじくりまわされたみたいでね」
どういう経緯か、ノマドは名前をエンテと変え、兵器として活動をしていた。
腕に禁止兵器の超高出力のクラス・ブルーレーザーを埋めこまれ、動力や電脳の冷却に宛てるシステムを流用して空を飛び、人間を模す機能に使われていた分のナノマシンが対レーザーの反射機能に改変されていたという。
「彼女は文字通り身を削って戦っていた。本当は、ただ頭がいい女の子として生みだしたはずなんだけどね。帰って来たときは骨組みと頭だけ。酷くないかい? あんな肉体、もういらないなんて言ったんだよ。あの最高の造形を考えるのに五年も掛かったのに」
博士はため息をつく。
「ま、設計図はあるからすぐに新しい肉体をあげたけどね。とにかく、彼女を改造できる存在はこの世に数えられるほどしかいない。そのあたりの事情も彼女から聞き出すしかないんだけど……」
ノマドは修理が済んでから、ずっと部屋に引きこもって出てこないのだという。
「というわけで、きみに任せたよ」
ぼくは彼女の自室を訪ねた。
木目にニスの光る床や壁。火の入ってない暖炉。マントルピースやタンスの上には木製のアナログ時計、木彫りのうさぎや、ズボンをはいたゆで卵のようなキャラクターのぬいぐるみ。テーブルクロスなどの小さな装飾にはレースが目立ち、少女趣味的だ。本棚には第一文明時代の童話や絵本が並んでおり、空色のカーテンを揺らす窓からは緑の香りがふわりと流れてきている。
カーテンの隙間から伸びる光はベッドに届いており、その先で黒ドレスの女性が膝をかかえていた。
「ノックもしないのね」
非難されてしまった。ドアノブに勝手に手が伸びたんだ。扉の前でも立ち止まることなく、自然にやってしまっていた。
「すまない。デリカシーに欠けた。きみと話をしろと博士に言われた」
「言われたから来たのね」
「何も知らなかったからな。ぼくはさっき目覚めたんだ。きみは、ぼくを助けてくれたそうだな。ルネとロマを保護してくれたとも聞いた。ありがとう」
間を置いて、「どういたしまして」。声は平淡で冷えた響きだった。
「でも、ぼくはほとんどのことを理解していない。記憶も無いままだし、きみのことも分からないことだらけだ」
「わたしのこと、知りたいの?」
ぼくが「是非とも」と返すと、彼女はベッドに座りなおした。
「となり、座ってもいいか?」
返事はされなかったが、彼女は少し横にずれた。
ぼくがベッドに腰を下ろすと、ノマドは事の顛末を語り始めた。
ぼくら兄妹は人間の国に送りこまれたのち、人間理解のために彼らの記憶を繋ぎ直す闇稼業をおこなっていた。数年は順調に進んでいたが、あるときに、チョールヌイ・カラマーゾフという作家にこちらの正体を知られる事故が発生。それは解決されたが、その次のプロセスで問題が起きた。
「チョールヌイが持ってきた兄の海馬体に興味深い可能性が示されていたの」
兄のビエールイ・カラマーゾフの遺した日記をある視点で解読すると、彼がマイドの国の住民と接触した可能性が浮かび上がる。
それが森組なのか地下組なのか、調べる必要があった。
ノマドはビエールイの海馬体とエビングハウス回路をスキャンした。
「森組だったのよ。気づいたときには遅かった。ヤツの手先が診療所を襲撃したの」
「森組って、ここのひとたちってことか?」
「そうと言えばそうだけど、厳密には敵サイドのね。ハイマー博士の競争相手。地下の国よりも厄介な相手よ……」
「何者なんだ、それは?」
ノマドはため息をつくと、「シャーダ・フロイデン総司令官よ」と言った。
「総司令が!?」
「頭痛がするから騒がないで」
ハイマー博士と同時期に創り出されたフロイデンは、人間社会に溶けこみ、その優秀な能力を使って軍のトップの一角に上り詰めていた。
「人間たちやあなたの安全を保障して欲しければ協力しろと言われたわ」
ぼくは記憶を書き換えられ、目の届く範囲として軍医に。
ノマドは、名を変え兵器として。
こうして、対戦相手に取られたコマは再びボードに乗せられた。
「すまない。ぼくのためだったんだな。ぼくのせいで、きみには相当の苦労を掛けたに違いない。身体は大丈夫なのか?」
「……いろいろされたけど、あいつの頭脳は、わたしたちの父親ほどじゃなかった」
ノマドは細い指で自分の白い腕を撫でた。
「改造そのものはわたしがプランを出したの」
「きみが望んでのことか?」
「まさか。あいつはイヤな奴よ。わたしが自分で言いだすように仕向けたの」
「博士も性格や倫理はパーフェクトじゃないと言っていた。フロイデンが遺伝子を遺せないのはラッキーだな」
「そうね。見せかけだけの機能なのにね……」
ノマドはうつむき、スカートの裾を直した。
「たくさんのマイドを殺したし、人間も死なせてしまったわ。戦争が長引くように、効率よりも見栄えを重視するように戦えって、指示されていたから」
人間のため……いや、「ひと」のためにあるはずのノマドは身を削るばかりか、こころも凍らせ、修羅のように振る舞わなければならなかった。
彼女はぼくの妹だという。
こんな話を聞かされて、怒りと悲しみでどうにかなりそうだ。
「最低だな。フロイデンを殴らなければ」
「ダメよ。倫理プログラムが許さない」
「でも、きみは……」
「わたしは自分で書き換えたから。あなたは手を汚さないで」
悲しい目だ。ぼくは妹を抱きしめたい衝動に駆られた。だが、まだその資格はない。フロイデンのほかにも、サイテーがここにひとりもいたはずだから。
「この前は、きみを傷つけて悪かった」
ぼくは失われし文化的島国ニッポン式の謝罪法、土下座をおこなう。
膝をそろえて座り、床に両手をつき、額も床へ。知りうる最上級の謝罪方法だが、これで足りることではないだろうな。
……頭上で、くすくすと笑い声。
「これ、踏んだらいいのかしら?」
「望むのなら」
「冗談よ。笑ったのなんて久しぶり。昔はこうやって、お互いに色んな行動パターンを試しあったわね」
「すまない。憶えていないんだ……」
ぼくは顔をあげる……が、何かが視界を遮っていた。白いタイツの足裏だ。
「あら、失礼」
ノマドは足をどけた。踏む気だったらしい。
「やってもらって構わないが。靴も脱がないで、思いっきりでいい」
「これはサービスのつもりだったのよ。あなたってタイツの脚が好きらしいから」
……。
「ジョウダンヨ」
彼女はなぜか機械音声の声色で言い、白い足をローファーに納めた。
「フロイデンと聞いて思い出したんだが、彼はぼくに戦傷者のメンタルの治療を指示したんだ。記憶の世界に入って対話したり、トラウマを消す。かつて、きみとやっていたというスプライサー業と似たようなことだな?」
彼女はうなずく。
「あのときはやられたと思ったわ。あなたのことは放っておくのが約束だったから」
だが、ノマドはノマドでフロイデンの隙をうかがって、戦争を止める手やぼくを取り戻すすべを探っていた。
「でも、見つからなかった。力づくであなたを取り戻すのは無理じゃなかったけど、ヤツは戦争を煽り続けていたから」
「きみが介入することで死者を減らしてたというわけか」
「それに、フロイデンはマイドが攻めて来る前からもずっと自作自演をしていたことに気がついてしまったから」
「自作自演?」
「そのあたりはお父様といっしょのときに話すわ。なんにしたって、わたしは上手にやれなかった」
短いため息、それから「上手にできたら、あなたに褒めてもらいたかったのに」。
ぼくは多くの人に励まされてきた。だからこうしてこの場に戻ってこれたのだろう。
だが彼女には、ぼくにとってのルネのような存在はいたのだろうか。
きっと、ひとりぼっちだったに違いない。
「できたできないじゃないさ。きみは頑張ったんだ」
細い肩に手を回して叩いてやると、かすかな震えと緊張が伝わった。
彼女は沈黙する。
温かい。人間とどう違うっていうのだろうか。
ふと、いつかどこかで、似たことをしたことがある気がした。
きっと、消えた記憶に触れたのだろう。ぼくとノマドは、いい兄妹だったはずだ。
「ぼくの記憶の件なんだが……」
「博士にも話さなくっちゃ。それから、胸の造形に苦情を言わないと……」
ノマドが立ち上がった。続こうとすると、人差し指を額に押してられ阻まれた。
「思い出す必要はないわ。あなたが築いた人間関係は本物よ」
「いつからなんだ?」
「それは……」
額に触れた指先が震える。
「言えないのか? たくさんの人と出逢ってきたんだ。でも、記憶が操作されていると知って以来、それが本当かどうかも疑わしくなってしまっている。みんなとの出逢いや、関わりが無かったことになるとすれば、つらい」
「……知りたいのね?」
ぼくはうなずく。
「あなたが知りたいって言ったんだからね」
言いわけじみた口調。ノマドは続ける。
「軍のカウンセラーにしたのはフロイデンの提案。個人の記憶に関しては、あまり時間がなかったから適当にでっちあげたの。あなたが第一部隊基地に配属されたのと同時に、今のあなたは始まったわ」
「そうか……」
「ルネとのこと、ごめんなさい。前のあなたも彼女に対して好意的だったから、そのほうが幸せだと思って」
「ありがとう。ルネはずっとぼくを支えてくれていた。今でも想いあっている。彼女がいなければ、大切な妹のことも忘れたままだっただろう」
「そう……。幸せだったのなら、よかったわ。彼女にも、巻きこんだことを謝らなくっちゃね。彼女が望むのなら、記憶も返してあげましょう」
ノマドは指をどけた。ぼくは笑いかけてやる。彼女は笑みを返さなかったが、おだやかな表情だった。
じゃあ、ぼくの記憶は? という気持ちがないでもないが、ここは我が妹の気持ちを尊重しておく。
とにかく、ぼくはぼくだ。ルネへの愛も変わらない。
そして、怒りをぶつけるべき相手も見えた。
大将はシャーダ・フロイデン総司令官。ヤツを殴り、戦争を止めねば。
……ところが、中庭に戻ると別の戦争が起こった。
ルネはノマドを見つけるなり、彼女の頬に思いっきりビンタをかましてしまったのだ。
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