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Case16.出題と回答

 切断するべきか?

 記憶の世界での死の認識が現実の死を誘発することもある。

 ノマドは体験や体感を重視するAIではないため、没入感は低いはずだが……。


 一瞬の迷いのうちにノマドは黒い汽車に呑みこまれた。


 撥ねられたんじゃない。機関車の鼻先にくっついたチョールヌイの顔が大口を開けて、彼女をぱくりとやったのだ。

 同時にナビをするぼくの視界も暗転。


 吐き出された先は、粘土造りの家の並ぶ埃っぽい町だった。


「びっくりした……」

 尻もちをついた彼女は立ち上がり、スカートのほこりを払っている。


『ぼくもだ。今いっしゅん、チョールヌイの意識が干渉してきた気がした』

「ありえないわ」



 ――ありえないなんてことはありません! わたくしが創造した世界なのですから!



 チョールヌイの声だ。ぼくらの頭の中で響いているらしい。ノマドも顔をゆがめてこめかみに手をやっている。


「チップに細工をしていたの?」


 ――いいえ、意識の深層がそうさせたのでしょう。

 わたくしはそれほどまでに、あなたがたに期待しているということです。

 ですが、アルツさんのほうはともかく、ノマドさん、あなたは信用できない!


「結構よ。今のわたしはあなたのメモリーを操作できることを忘れないようにね」


 チョールヌイの笑い声。にやにやとした表情までもが視覚データとして現れる。


 ――ノマドさんにはテストを受けてもらいます。不合格となれば、あなたは永久にわたくしのセットの中に飼い殺されて貰うこととなるでしょう。


『そんなことできるはずがない。いったん、切断するか?』


 ――無理に抜けだせば、妹さんは目覚めないかもしれませんよ?


 ナビゲートしてるぼくの声も筒抜けらしい。

 想定外の事態だ。可能性はゼロじゃない。ノマドの表情も険しい。


 万が一、意識がチョールヌイのチップに囚われてしまえば、ノマドはプログラム的に死んでしまう。死を認識すれば動力も停止し、通電がおこなわれなくなる。

 生まれ故郷に帰り、リセットを掛ければ蘇生は可能だが、記憶や学習データは失われるだろう。

 そもそも、ナビとして干渉しているぼくも同じことになるかもしれない。


 ノマドが呟く。「かもしれない、は恐ろしい」。


 ――不安そうになさらないでください。美しい顔が台無しになってしまいます。なあに、試験にパスすればいいだけの話ですから。


「何をさせようっていうの?」


 ――あなたの倫理を試すだけです。

 アルツさんほうは人間然としていらっしゃりますが、あなたのほうはどうも嘘くさい。

 態度やしぐさのひとつひとつが冷たく、わざとらしく思えるのですよ。

 あなたが本当に人類の味方なのか、同志なのか、友になりうるのかが知りたい。


「個人的にはお友達はお断りなのだけど」


 ――あなたがた「マイドという人種」が試されていると思ってください。


 やりとりされる感情のデータ値をチェックする。

 チョールヌイからはどの数値も低値が検出される。無感情だ。

 だが、ノマドは怒りや不安などのネガティブな値を増加させている。


 ――試験は単純なものです。これからこの世界で起こることに対して、素直に(・・・)リアクションをしていただき、わたくしがそれを採点します。


「偉そうに」

 悪態をつきながらもノマドは周囲を見回し、観察している。


 ――このセットは二〇〇〇年前後の、とあるドキュメンタリー映画をもとに創造しました。

 当時、中東と呼ばれており、紛争の絶えなかった地域です。

 アフリカと東アジアの中間に位置し、現在では大半が自然保護区に指定されている地域でもあります。


 ノマドがまた悪態。言われなくても知ってるわ。


 ――今はすっかり緑の世界。有史以前から砂漠だった地域ですから、さすが人間、科学の子といったところでしょう。


 違う。砂嵐の時代を乗り越えたふたつの人種が自然環境の復活をこころみた成果だ。

 砂漠からの復元は、人間とマイドが協力しあわなければできないことだった。

 しかし、人間たちはそれを忘れてしまっている。


 ――面白い。そんなことがあったんですね。


 思考まで読まれているらしい。やれやれだ。

 ノマドにもそれが伝わったらしく、みたびの悪態。

 チョールヌイも「やれやれ」と言い、それから試験の開始を告げた。


 この世界は記憶をもとに作られているとはいえ、意識下にある以上、チョールヌイは神に等しいだろう。

 ぼくらは完全に彼の筋書きの中に閉じこめられているといえる。


 導入部が終わり、いよいよ本編が始まった。

 砂埃の町に響くのは悲鳴と怒号、それから銃声。

 オールドな戦闘行為がおこなわれているらしい。


 ノマドはただ路地に立ちつくしている。

 砂漠の伝統衣装や擦り切れたシャツ姿のひとびとが駆けてきて、彼女にぶつかりながら、どこかへと逃げていく。


 ――助けに行かないのですか?


「わたしはどちら側でもないし、お互いに言い分があるでしょう。それに、倫理なんてものは時代によって移り変わるものだわ」


 ――及第点ですが、わたくしは「素直に」、と言ったのですよ。

 アルツさんのほうは筒抜けなのに、あなたの思考が読めません。


 ノマドは意図的にアクセス拒否をおこなっているようだ。

 いつの間にか、こちらへ流れてきていた各種データも途絶している。


 何を考えているのか分からないが、意地を張らずにこの場を脱出することを最優先にして欲しい。


 逃げ惑う民間人が去ると、それを追うように少年の集団が走ってきた。

 年のころはばらつきがあり、十歳前後からハタチを越えないくらいだろう。

 中には近所の元気少年を想起させる者もいる。


 だが、彼らは武装していた。


 そろいの作業着、あるいは軍服だろうか。

 それらはサイズが合っておらず、だぶついていた。

 それと同様に、子どもの身体には大きすぎる実弾アサルトライフル。


 少年たちはノマドへ銃口を向け、知らない言語で怒鳴っている。

 引き金が引かれた。爆音とともに黄金の薬莢が跳ねる。


 だが、銃弾は黒ドレスを傷つけることすらもなく、すべて素通りした。


 ――認知しない方向でやり過ごす気ですか? わたくしは「回答」を訊いているのです!


 答案の白紙提出が叱られるのは当たり前だ。


「ナンセンスだわ。これは現実じゃない。あなたの頭の中のこと。ファンタジーよ」


 それからノマドは続ける。「だけど、わたしにファンタジーは無い」。


 神はまくしたてる。これは幻想ではなく、過去に実際に起こったことの再現だ。

 ひとびとが憎み合い、子どもまでもが武器を取った負の歴史。

 これを見てなんとも思わないのですか!?

 主義主張や社会倫理に依らない、普遍的な、もっと大切なことがあるでしょう!?


 少年のひとりが手榴弾を投げた。

 女の足元へ転がり、ローファーの先にこつんと当たる。


 ノマドはそれを少年たちのほうへ投げ返した。

 無機質に、そうするのが当然と言わんばかりに。


 チョールヌイの想像力はパーフェクトだった。

 小さな指が降る様子や、めくれ上がった頭皮までのすべてを再現してみせた。



 ――あなたは最低だ! 不合格です!



 これも当たり前。

 友人になれるかのテストなんだ。せめて武器を取りあげる選択をすべきだった。

 チョールヌイはぼくの思考を読み、怒りとともに「その通りです!」と言った。


 ノマドはいったい何を考えているんだ?

 この世界の爆弾が足に当たるということは、認識を拒否していないということだ。

 記憶の世界とはいえ、ぼくらの倫理プログラムでは故意に人間へ危害を、まして子どもに加えるなんて不可能だ。

 意図的に倫理プログラムを切っているのか。


「あなたが現実だというから現実通りにしたまでよ。彼らは死んだわ。わたしだって、死にたくない。ひとの根幹どころか、全生物共通の答え」


 酷く冷たく、平坦な声。鉄でできたマシーン。


 ――子どもは夢の未来を映す鏡なのです!

 わたくしはあなたが何を映すのか知りたかった。それを砕いてしまうなど……!

 あなたには想像力が欠如している! ただの機械です!


 世界にノイズが走った。

 一瞬の銀色の砂嵐、それから黒い正方形がランダムに現れ、視界をむしばみ始める。

 視覚、聴覚、データの奔流。

 スノーノイズとブロックノイズの嵐が宇宙を創り出す。


 虚空へ放りだされた機械仕掛けの女。

 そこへ現れたのは、眼鏡を掛けた巨大なひげづらと、無より生えいずる六本の腕。


 ――神の裁きをくだします!


 六本の腕がノマドを締めあげる。

 ぼくは切断を提案するが、返事がもらえない。


 ――わたくしの世界ではわたくしが神! 天地創造ビッグバンですら容易い!

 おっと! ハッキングしようとしても無駄ですよ!

 この世界のわたくしは、あなたの一〇〇乗の性能を持つ超ウルトラスーパーコンピューターなのです!


 ナビ役ならともかく、今のノマドでは強制的な干渉は難しいだろう。

 これは単にチョールヌイが創造性に優れているからということではない。

 確かにぼくらは彼にアクセスをしているが、現象としては彼の頭の中のことであり、

 彼の言うことが絶対で、彼の想像しえないことを持ち出すのは不可能だからだ。


 ――このままばらばらにして差しあげても構いませんが、わたくしをキチガイ呼ばわりしたことへのお礼がまだ済んでいません。

 あなたのこころのプロテクトをこじ開けて、覗きかえしてやりましょう!

 足りない部分は、わたくしの想像で補ってさしあげます!


 チョールヌイは眼鏡を発光させて「きみに興味津々!」と叫んだ。


 しかたがない。

 イチかバチかになるが、ナビの権限として強制カットアウトを試すしかない。

 かもしれないは恐ろしい、か。これが、とわの別れにならなければいいが。



「――助けて」



 次の瞬間、ぼくは巨大ひげ眼鏡の眉間にこぶしを沈みこめていた。


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