Case17.境界を越えて
「いらっしゃいませお兄さん!」
眼前ではひしゃげた顔面が大口を開けて白い歯を見せている。
ぼくはいったいどうした?
「観客が舞台に上がる劇とは、なかなかにクリエイティブだと思いますねえ!」
背後でか細い悲鳴。巨大な手たちが震えるほどに強く、ノマドの身体を握っている。
「彼女を放せ!」
身体中が、胸の中が熱く燃えあがり、人間を模倣した発汗システムが起動する。
ぼくは全身の筋肉に呼び掛け、フルパワーで手を引き千切った。
「舞台劇を映画の劣化品だというかたがいらっしゃりますが、それは誤解です。映像作品が主流になったのちも、舞台演劇は終幕を迎えませんでした。モニターに遮られないそれには強い臨場感があります。映像技術にも発展がありましたが、ほとんどは一方的な干渉です。干渉できるゲーム体験にしても、さだめられた範囲でしか結果を返さない。ですが、誰かのおこなう舞台は爆弾を投げこめば吹き飛びますし、招かれれば台本に従うことはもちろん、書き換えることだって可能なのですよ」
チョールヌイが楽しげに語っている。
ぼくは構わず、ノマドを拘束する手を殴り、引っ剥がし、裂き続ける。
「創造の世界においてもっとも重要なのは、“境界”です。ファンタジーとは本来、リアルとは隔絶されたもの。創作はその境界への道筋を作り、現実と幻想を繋ぎ合わせる行為。クリエイターにしろユーザーにしろ、境界に触れ、越える瞬間は創作における醍醐味のひとつ!」
最後の手を粉砕すると、自身の身体を抱いて震えるノマドの姿が現れた。
彼女を引き寄せ、腕の中へと収める。
「ナンセンスよ。あなたまで入ってきちゃうなんて」
うつむいていて表情が見えない。けれども、嘘がヘタなのは丸わかりだ。
腕に優しく力をこめると、彼女に「温かさ」が取りもどされるのが伝わってきた。
その瞬間、ぼくの頭の中で何かが繋がった。
認知されてこなかった「境界」が、プログラムによって除去され、ダムの決壊のごとく記憶の濁流が電脳を駆け巡る。
そうか、思い出したぞ。ぼくは……。ノマドは……。
だが、それはあとにしよう。
見上げると、ひしゃげていたはずのチョールヌイの顔は元に戻っていた。
「合格ですよ、おふたりさん。これ以上は無粋になりますし、閉幕といたしましょう」
「ひとつだけいいか?」
「どうぞ。繋がっているわたくしたちに、質問は無意味ですけれど」
ぼくは「不敵な笑い」を演じ、クリエイターに訊ねる。「カッコよかったか?」。
「ええ、とても。まさにヒーローでした」
巨大な笑顔が幕の中へと消えていく……。
ぼくらはチョールヌイの意識から解放され、現実世界へと生還した。
チョールヌイの記憶のスプライスは途中だったが、彼は満足していた。
たとえ「ノマド」が不合格でも、「ふたり合わさること」で合格だという。
それから、均衡もひとつの答えだとか、役割がどうだとかの講釈を聞かされた。
これにはぼくも同意した。
ひとの歴史の思想や倫理、国家間の関係などの大きな問題が長引くのは、均衡を選択することが原因であることが多い。
だがそれは、もっと大きな問題を避けるためでもあり、逃げや怠慢ではない。
それに、歴史は無限に折り重なっていくが、ひとりひとりの生涯は短い。
その刹那のあいだだけでも不幸が避けられるのなら、未解決もまた有効な手だろう。
ぼくらは少しディベートをした。無論、謝罪もなされ、ぼくは受け入れた。
不思議な革命家は「あなたがたのゆくすえを見届けたい」と言った。
ぼくは「あなたがたじゃない。ぼくたち“ひと”のだ」と返す。
それから笑い合い、彼はぼくらを題材に作品を書くと約束し、握手をして別れた。
だが、ノマドは終始無言だった。ディベートでも聞き役だったし、ぼくらを知ったままのチョールヌイを解放することにも口を挟まなかった。
無視や無表情じゃない。浮かない顔をして、ときどきぼくのことを盗み見ていた。
ぼくは彼女と話さなければいけないことがある。
彼女もきっと、話さなければいけないと感じているのだろう。
ぼくの記憶のことだ。
違和感はときどき感じていた。
ルネと絡んだあたりのノマドの態度や、彼女の体温を感じたときのデジャヴ。
感情学習を重視しない彼女が、苦手と言いながらも、ぼくよりも表現豊かなこと。
アンドロイドが記憶喪失なんてありえないと思っていたが、彼女ならそれを「再現」することが可能だ。
ぼくらは、マイドの国でも開発を自粛されていたアンドロイドだ。
自粛理由は「人間を超えうるから」。
マイドは“人間のため”に作られた存在であるため、限りなく近づくのを目指しながらも、決して取って代わらないように「人間へのあこがれ」を大切にする。
いっぽうでぼくらは見かけは完全に人間であり、マイドすらも有さない超人的性能や生理機能をも持つ。
そんなぼくらが特例で製造されたのは、長らく袂を分かったままの人間の国の様子を探るためだ。
その開発者たるハイマー博士がぼくらに与えた配役は「アダムとイヴ」。
使命を帯び人間の国へとやってきたぼくらだったが、最初は上手くやれていなかった。
人間の心理や感情に関するデータが大きく不足していたからだ。
それをご近所づきあいとスプライス業で補いつつ、つがいとしての暮らしも試した。
だが、ノマドは何を思ったか、ぼくらの配役を「兄と妹」に変更し、ぼくの記憶までも書き換えてしまった。
電脳の記憶方式はエビングハウス回路とは違い、呼び出しラベルを用いていない。
書き換えたり消去したりすれば、元の部分は完全に消えてなくなるはずだ。
つまりノマドは、痕跡をあえて残す形で操作した。
元に戻す予定があったか、思い出して欲しかったのか。
少なくとも、つがいであったことを完全否定してはいないのだろう。
とにかく、チョールヌイの意識での体験で、ぼくは何もかもを取り戻していた。
あのとき、ぼくらは思考を共有していた。
同じ世界にいた時間は短かったが、ノマドがぼくの記憶復帰に気づくのには充分だったはずだ。
あの態度だって、その証左だろう。
勝手に記憶を書き換えたのだ。それは赦されることじゃない。
人間の国でも違法だし、ぼくら機械の肉体を有するマイドの国でも重罪だ。
法的な話だけでなく、それはひとの心を踏みにじる行為だといえよう。
ぼくは彼女を待つことにした。
翌日は回路を休ませる名目で、お互いに好きに過ごすことにした。
ぼくはアニメを見て、マンガを読み、筋肉と語り合った。
だけど、ノマドはアンニュイにため息をつくばかりだ。そんな彼女を見ていると、胸が締めつけられた。
無益な均衡。交わらない平行線。
けっきょく、境界を踏み越えたのはぼくのほうだった。
ぼくだって得意じゃないさ。不器用かもしれない。
ことばや理屈よりも、シンプルに身体で示すことにした。
イスに座ってぼんやりする彼女を、うしろから抱きしめるだけ。
お互いに何も言わなかった。
ただ、テーブルに置かれた懐中時計だけが機械然として振る舞っていた。
こわばっていた彼女の身体がほぐれ、ぼくの腕に指先がそっと触れるまでに、たっぷりと一時間はかかった。
ノマドいわく、「怖かったから」だそうだ。
経験データ不足のまま、いきなり夫婦や恋人と同等の役目を与えられても、受け入れるのは難しい。人間だってそうだろう? ぼくだって、同じだった。
もっとも、この返答を待っていた時間のほうが怖かったが。
ぼくの記憶を戻す想定はあったものの、その路線でいくつもりはなかったらしい。
もう一度書き換えて、「恋人設定」として新しくやり直そうと企んでいたんだとか。
それを決定した要因は、ルネがぼくに好意を見せた一連のことや、オーバーヒート時に看病されたことだそうだ。
それで「惚れる」なんて、ぼくの好きな創作物ではテンプレート。ついうっかり、「お約束だな」と言ったら怒られた。だが、これがぼくらのスタイルだ。
ノマド自身も「わたしって“ちょろい”のかしら」なんて言っていたけど。
ともかく、ノマドは本来の配役に戻るための道筋を立てられたことに喜んだ。
少し前からテンションがおかしかったのは、これが原因なんだとか。
つまるところ、「浮かれていた」わけだ。
「ごめんなさい、アルツ」
「いいんだ。元通り、いや前よりもよくなったのだから」
「でも、チョールヌイの世界でのわたしは不合格だったわ」
試験に対してかたくなに冷徹を示していた理由。
それは、みずからをピンチに陥れ、ぼくに助けに来て欲しかったから。
「兄と妹してではなく、恋人としてね。忘れさせて設定も変えたままなのに望むのは、矛盾してるわ」
ノマドは少し泣いた。
でも、いいと思う。そういうアンビバレントな想いもまた、ひとであることなのだから。
ぼくとノマドは再び手を繋ぎ、ともに境界をまたいで、あるべき形に戻った。
前よりも少し上手にやりあい、人間とマイドのあいだを楽しみ、他人と夫婦のあいだを試しあった。
兄妹と認識しているロマやご近所さんには不審がられたが、それもまた一興だろう。いっしょに遠い街を歩き、小さなディスプレイに映されたオールドな映画を眺め、「いつかレッド・ラインの前まで行って、雄大な自然に想いを馳せる人間のカップルを演じよう」なんてバカげた約束までしあった。
……話は変わるが、人間の脳には認知バイアスという心理現象が存在する。
精神的ダメージを回避したり、快楽を優先するあまりに、事実をゆがめて認識するものだ。
ぼくらは人間に近づいた。
だからだろうか。蜜月のかたわらで、カプセルの中で胎児のような物体がたゆたっていても気にならなかったのは。
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