【熱き焔と折れぬ剣】
魔法使いというものは、戦士のような前衛と違って打たれ弱く、専ら後方支援を担当するのが定 石だと学院でも習ったし、冒険譚の中でも彼らは基本的に勇者の後ろから魔法でサポートするのが当たり前だった。
しかし、そんなグレアの常識は目の前でデネブの操るゴーレムと戦うクロエの雄姿によって完全に打ち砕かれてしまった。
「なん……だ……これは……?」
左手に装着した艶美な光を放つ籠手に焔を纏い、握り拳を作ったままクロエはまるで武道家のようなファイティングポーズを構えゴーレムの一つ目と睨み合っている。ゴーレムの腹部には、まるでそこだけ火炙りにされたかのように真っ黒に焦げた跡。グレアがどう足掻いても付けられなかった傷を、クロエはたったの一撃でダメージを与えた。にわかには、信じられない光景だった。どう贔屓目に見ても戦闘が出来るとは思えないひ弱な少女が、自分の身の丈の何倍もあるゴーレムに向かって突進している。その巨躯から振り下ろされる剛腕をひらりと往なし、ローブをまるでマントかのようにはためかせながら疾風さながらの速度で駆け巡っている。
「んの……ッ、すばしっこいゴミが! ちょろちょろ動くな! 攻撃が、当たらないじゃない!」
『冗談じゃない。止まったらゴーレムに潰されてぺちゃんこだよ』
「……そんなの、私も嫌」
左手の籠手が赤い光に包まれ、突き出した拳からは爆炎と閃光が迸る。先ほどと同じ魔法を、クロエはゴーレムの左腿に見舞うと、その爆発の反動で大きく後方に飛んでヒットアンドアウェイを徹底していく。その戦い方にグレアは唖然としていた。グレアの認知している“魔法使い”とは明らかに違う、かといって戦士や騎士でもない、今まで見たことのないクロエ独自の奇異な戦闘スタイル。
『クロエ、魔法の勘は鈍ってない感じ?』
「……少し、吐き気……する」
籠手に燻ぶる煙を払い、低姿勢を取ってクロエが疾駆する。今度は右足を狙うつもりか。
「そう何度も何度もやられてたまるもんですかッ!」
「あッ……きゃああッ!?」
烈火に包まれたクロエの拳とゴーレムの右ストレートとがぶつかり合い、その結果クロエの体がまるで弾丸のような速度で一直線に吹き飛んでいく。壁に激突したクロエは肺の空気を無理やり叩きだされ呼吸困難と眩暈を起こす。どうにか立ち上がれたものの、その視界は霞んでしまっていて世界がぼやけて映っていた。
「一度や二度の攻撃でイイ気になってんじゃないわよゴミが。よく見なさい。黒焦げになっただけで、ダメージなんてこれっぽっちもないんだから」
『……やっぱり、昔みたいな本調子とはいかないか。こっちに流れてくる魔力もムラがあるし……』
「…………ッ」
霞む視界の向こうに佇む巨人に立ち向かうべく、ふらつく足に鞭を打って立たせる。荒れる呼吸。震える手足。魔法自体は行使できるものの、過去と現在とで生じているブランクはそんな数分程度で埋められるようなものではない。身体能力も強化されているとはいえ、数年間も使わずでいれば自ずと鈍っていく。パンばかり食べていたのも原因かもしれない。たぶん……いや、関係無いと信じたい。
「もっと……もっと……力さえ、あれば……」
「はん! ゴミに力なんて、あるわけないでしょーが! 待ってなさい。今ホンキを見せてあげるんだから!」
操縦席の中、デネブは指先をくるりくるりと踊らせコントロールパネルの上に魔方陣を描くとそれを直接押し付ける。魔方陣の描かれたパネル一つ一つが明滅し、やがて全てのパネルが真っ赤に染まった瞬間、ゴーレムの瞳の色が真紅に染まっていく。
――――――――――ッッッ!!
「アタシ様のステキな魔力をゴーレムに注ぎ込んだわ! その名もズバリ、ジェノサイド・モード!」
獣が己を奮い立たせる咆哮のように、高らかに叫び白い蒸気を吐き出すゴーレム。轟々と唸り、大きな肩を怒らせクロエを威嚇する。
『茹であがったカニみたいに、赤くなっただけじゃないか。どの辺が殺 戮なのさ』
「知らないの? 赤くなれば三倍になるの法則を。機動力も攻撃力も、今なら三倍増しってことなんだから! ゴミ程度に使うのはどうかと思ったけど、三倍の速さでゴミを始末できるならこっちの方がいいに決まって――」
長々と解説を始めたこの瞬間を好機と見定め、クロエは咄嗟に地面を蹴っ飛ばしてゴーレムへと肉薄、同時に右手で描いた魔方陣を籠手に当て魔力を集中させ――真っ直ぐに打ち抜く。装甲と拳とがぶつかり合うその刹那、ゴーレムの姿が霞と消える。
「え……ッ?」
「気付いてないとでも思った? それに、反応速度も三倍に決まってるでしょ。ゴミが」
「そん……な……ぁ、あぁ!? く、クロエ殿ぉおおおッ!?」
ふっ、と巨大な影がクロエを覆い隠した瞬間――ゴーレムの剛腕がクロエの小さな身体を一瞬のうちに潰してしまう。メリメリと音を立てながら裂けていく地面。ゴリ、ボリ、と岩石を粉砕していく重低音。ちょうど、ゴーレムの拳分程度の深さまで達したところでその手が止まる。さーっと血の気が引いていくのをグレアは感じた。いくら不可思議な魔法を使えるクロエとて、あんな一撃を喰らっては生きていられるわけが無い。粉砕される岩石と共に、その身も砕かれ、そこに残るのは……
「ふん。ゴミのくせに手こずらせやがって……でもまぁ、このゴーレムの性能を発揮させたコトに関しては褒めてあげ……るわけないじゃん。ゴミなんか褒めてどうすんのよ」
「あぁ……あ……」
ぐしゃり、拳を地面にめり込ませたままゴーレムがグレアの方へと振り返りその真紅の瞳を光らせる。狼に追い詰められた兎のような、絶体絶命の窮地に立たされたグレアは成す術なくその曲を見上げることしか出来なかった。
「さ、次はアンタの番よね。今からそっちに行くから待ってなさ――い?」
ドスン、小さな地響きが聞こえたと同時、地面に埋もれたゴーレムの拳が小さく震えだす。ドスン、と再び響く音。よく見ると、ゴーレムの拳の下から赤い閃光が振動に呼応するかのように連動して光っている。それはまるで心臓の鼓動のように。ドスン、ドスン、と一定のリズムを刻みながら、やがて光の強度を増していく。
「う、嘘でしょ……そんな、頑丈に創った覚えは……ッ」
ゴーレムの拳が、徐々に徐々に持ち上げられていく。光は強さを増し、やがて火花を舞い散らしながら一筋の火柱がその拳を跳ね退けて勢いよく噴き出す。さながら火山の噴火のように、この空間の天井まで
達すると、火柱の中から人影が飛び出しグレアの目の前に着地する。
「クロエ……殿……?」
『あぁーあ。クロエのローブがボロボロ、加えてさらに真っ黒けっけに。夜出歩いたら影の中に溶けちゃいそうだね』
「……信じらんない。潰された状態で魔法を使ってゴーレムを退けたですって……? どんな無茶苦茶するのよ」
左腕の袖は完全に焦げて切れてしまい、裾に至ってはまるでミニスカートのような短さにまで焼け焦げて無くなってしまって、場違いな色気を醸し出しながらクロエは頬や腿にくっ付いた煤を払ってふぅと一息。
「……死ぬかと、思った」
「わ、わらわは、てっきり死んだものかと……思って……!」
「……グレアさん。あの、お願いが、あります」
「は……? わ、わらわに……お願いじゃと……?」
「ゴーレム、倒すのに、力を貸してほしいんです。今の私じゃ、力が足りない。だから……」
差し延べられた右手。若干焦げた前髪の隙間から覗く真摯な眼差し。グレアは、心の奥底が熱く、滾る感覚に包まれ思わず目頭が熱くなってしまった。
「…………あ、あの……泣くほど、嫌……ですか?」
「へッ!? や、これは涙ではなく……そ、そうじゃ! 汗じゃ汗! クロエ殿の魔法が熱いから、思わず目から汗が……」
心の汗を流したまま、グレアは差し延べられた右手には頼らず、壊れかけた両手剣を支えに立ち上がって自力で彼女の隣に立つ。
「……わかった。この命、果てるまで付き合おうぞ。クロエ殿」
「お願い……します」
「……何、コイツら。まだ勝てる気でいるの? ……いいわ。だったら徹底的に潰して殺してあげるまでよッ!」
余力はもう残っていない。
決めるならこの一度きりのチャンスのみ。クロエとグレアは互いに頷きあった後左右に展開して走り出す。
「ゴミが! 何考えてるのか知らないけど、もう勝てる見込みなんてこれっぽっちもないでしょうがぁッ!」
「こっちに、来た……ッ!」
『魔力調節は任してよね、クロエ』
反対方向に走らせたグレアに目配せをし、クロエは左手の籠手から拳大ほどの小さな火の玉を生み出すとがむしゃらにゴーレムへと放つ。至近距離で魔力を爆発させる烈火ノ衝動と違い、その強固な装甲に対して有効だとはなり得ない。クロエの目的はあくまで目眩ましだ。
「そんな火遊びして、アタシ様を舐めてんの!? 上等じゃないの!」
「……そのまま……こっちに……」
襲いかかる剛腕を回避しながら、クロエはデネブに感づかれないよう慎重にゴーレムの進路を誘導していく。グレアの方へ視線を向けてみると、既に所定の位置にまで達していた。あとは、好機を待つのみ。
「カッコよく復活した割に、逃げてばっかなのね! アレで力を使い果たしちゃったんでしょ? だったら大人しく、潔く死になさいよゴミ! このッ、こんのぉッ!」
『今だクロエ、飛んでッ!』
「……んッ」
「往生際の悪い! すぐに捕まえて握りつぶしてすり潰してにゃぁぁああああああぶっふぁ!? な、なに!? 何でゴーレムが転んだりなんか……!?」
パネルをひたすらに連打し、メインカメラの水晶体を四方八方に動かし――ゴーレムの足が地面にぽっかりと空いた穴にすっぽりとハマってしまっているのを確認した。こんな場所に穴なんてあったか? デネブの記憶が数秒前に遡った瞬間、ハッとなってモニターを覗きこんだ。
「あんの……ゴミぃッ!?」
頭に血が上り過ぎた所為で、デネブのゴーレムはそんな偶然に出来た稚拙なトラップにまんまと引っ掛けられてしまった。足を動かそうとパネルを叩いて回るが、ぴったりとハマってしまっているのかピクリとも動かない。
『さぁさ、チェックメイトと行きますか!』
「……ありったけ、込めます」
動けないゴーレムの前で、クロエは左腕全体を大きく踊らせ、最初に描いた魔方陣の倍の半径を誇る新たな魔方陣を描いて発動させると、陣の中心からクロエの身の丈とほぼ同等の大型の火球を生み出し宙空に漂わせる。モニター越しにでさえ感じる魔力とその熱にデネブは顔を引きつらせ、震える声で吠える。
「な……何よ、ありったけって。そ……そ、そんな程度じゃこのゴーレムを壊すことなんて出来ないわよ! さっきだって、ふっ飛ばすので精一杯だったじゃない!」
「……知ってます。だから、お願いしたんです」
「お願いって、何を……」
「それを撃てばよいのだな、クロエ殿ッ!」
こくり、とクロエが頷いたのを合図に、その背後から両 手 剣を構えたグレアが颯爽と飛び上がる。
「私の、この左手だけじゃ……力が足りない。だからグレアさんに、お願いしました」
『シンプルな考えさ。より強い一撃で勢いよく叩きつければ威力も上がるって寸法』
「ぶっつけ本番の、文字通り付け焼き刃じゃ! その身を以て味わうと良いぞ!」
「じょ、冗談じゃ……!」
「……撃ち込みます」
烈火ノ極限衝動
クロエの放つ極大の火球にグレアの一閃を乗せ、緋色に染まった剣閃がゴーレムの下腹部を捉える。装甲と燃え上がる切っ先が衝突した瞬間、鼓膜を破裂させるような巨大な爆音と、世界を真紅色に染め上げてしまうほどの火焔が弾け、ゴーレムは魔法の業火に包まれながら流星のようにして岩盤を貫き奥へ奥へと吸い込まれるようにして吹き飛んでいく。
「はぁ……ッ、はぁ……ッ」
「ぜぇ、はぁ……や……った、のか……? は、ははは……はは、はははははッ!! クロエ殿、やった、やったぞ! わらわ達で、あのゴーレムを倒したのじゃ! ははっ、はーっはっはっはあ痛ったたたたぁ……」
せっかく勝どきを上げたというのに、声を張り上げた途端グレアは全身の痛みに悶えその場でへなへなと崩れてしまった。かくいうクロエも、久しぶりに魔法を使ったせいで相当に疲労困憊していた。
「…………私、勝った……勝ったんだ……」
『なんだい、ボケーッとしちゃってさ。勝てたんだからもっと嬉しそうにしなきゃダメでしょ? お姉さんのあの満足そうな顔みなよ。今にも召されちゃいそうなぐらい幸せそうな顔してるよ』
息を荒げるその割に彼女の表情はとても清々しく、達成感に満ち満ちていた。彼女は純粋に勝利を喜んでいる。クロエも勝てたこと自体はとても嬉しい。しかし、それよりも何よりもグレアが生きてここに居ることの方が、彼女が死なずに済んだことの方がもっと嬉しかった。
「……うん…………よかった……」
祈るような小さな声でそう呟くと、クロエは煤だらけの笑顔を作って見せた。
マ「デネブに勝った! 『ネコと、魔法使い』、完!」
ク「……まだ、終わらないから」
マ「そうだっけね。あと少し、付き合ってもらえたら嬉しいな」




