【目覚めるチカラ】
真昼の街道を一気に駆け抜け、鉱山に辿り着いたクロエを待ち受けていたのは、以前は見受けられなかった奇妙な円柱形の装置だった。
「結界……」
ダンジョン指定を受けたスティラ鉱山の入り口の両端に設置されていたのは、一般の人間の侵入を防ぐための結界発生装置。クロエが鉱山の入り口に手を伸ばした途端、見えない障壁に弾かれて手の平に静電気のような小さな痛みが奔る。これを突破するには、冒険者必須のあるアイテムが必要だ。
「…………まだ、使える……はず」
クロエはローブの内ポケットに手を伸ばすと、中から小さなイヤリングを取り出し結界に近づける。するとパチン! と火花が散るような音と共に結界が消滅していった。イヤリングには輝きを湛えた水晶体、今まさにグレアが探し求めている“星詠石”がはめ込まれていて、クロエはそのまま自分の左耳にイヤリングを付けた。星詠石、それによって作られる冒険者の証であるティンクルスターが必須な理由はまさにこれだ。星詠石にはこの結界を無効化にする特殊な効果が備わっている。冒険者にとってこの星詠石は自身の身分証でもあり、ダンジョン探索に置いても結界を破るために必要不可欠な存在なのだ。
もっとも、これ意外には目立った使い道は存在せず、デネブが執拗に求める理由が皆目見当つかないのだが……
「……行かなきゃ」
奥で二人が戦っているはず。マルクの話が正しければ、彼女はあの瀕死の状態のままデネブと相対していることになる。鋼のように堅牢な巨躯に大木を軽くなぎ倒す力を誇るゴーレムに、ただの人間が挑んで勝てる保証など在りはしない。返り討ちにあい、何の意味もなく死んでしまうのが関の山。そんな無駄な死に方は、人の死に方であってはならない。
舞い上がった砂煙で汚れるのも一切構わず進み続け、以前に戦闘を繰り広げていたあのドーム状の空間へと足を踏み入れる。
「……これは?」
ぽっかりと開いたドーム状の空間は変わらず、しかしその最奥部分には以前見なかった大きな空洞が出来上がっていた。大きさは、ちょうどあのゴーレムの背丈とほぼ同格。状況から鑑みてあのゴーレムが掘った穴に違いない。ということは、グレアやデネブはこの奥だろうか。
「……」
巨大な怪魚があんぐりと顎を開いたかのような、重くどっぷりとした闇が目の前に広がっている。足元に落ちていた角材の先端に火を灯し、パチパチと爆ぜる即席の松明の音を道連れにクロエは闇の中へと一歩ずつ踏み込んでいく。うねりながら続く道を歩くこと五分ほど。クロエの行く先に、小さな光が見て取れた。終点だ。
「……ッ! グレア、さん……!?」
光を越えた先でクロエが目の当たりにしたのは、フラフラの体を両手剣を支えに姿勢を維持しているグレアだった。荒い息を吐き出しながら、大きく肩を上下させている。クロエの記憶に残っていた重傷のまま、彼女は驚愕の表情でこちらに振り返った。
「なッ、クロエ殿!? 何故、こんな場所に……!」
「だ……ダメです! 早く、逃げなきゃ……殺されて……!」
クロエが手を伸ばしたその時、まるで図ったかのようなタイミングで地面が揺れ動き、その言葉を地響きが容易くかき消していく。グレアの奥に見えるクレバスから、巨大な手の平が姿を現す。デネブが創り出したゴーレムが、文字通り地の底から這い上がってきた。
「さぁて、今度こそミンチにしてや……て、ちょっとちょっとちょっと! 何よ何なに? なんでそこにまたゴミがいるわけ? さっきネコと一緒に消えたでしょうが!」
「そ、そんなこと……ッ! それより、グレアさん! 早く、早く逃げなきゃ……」
「いいやクロエ殿。わらわは逃げたりなぞせぬ。自分の目的を果たすため、わらわは彼奴を打ち倒さねばならんのだ」
「どう、して……ッ!」
ヒビの入った両手剣を包帯の巻き付いていない右手で振りかざし、切っ先を果敢にもゴーレムへと向ける。
「この程度の障害で止まっていてはダメなのじゃ。こんな程度の障害は、自分の手で以て成さねば……意味が無いのじゃ!」
「この程度だとか、こんな程度だとか、なんかアタシ様ったら割と見縊られてない? スゲー不愉快なんですけど。ゴミと一緒にこっち見上げんじゃないわよボケが」
「……ふん。未だわらわを掴むことすらできないゴーレムなぞ、わらわが本気を出せばどうとでもなる」
「言ってくれるじゃない……いいわ! こっちも少し本気を出してあげる!」
疾駆するグレアは手負いの状態とは思えないような速度でデネブのゴーレムへと肉薄し、襲いかかる剛腕を避け、股下をスライディングでくぐり抜けるその瞬間、右足の腱を片手で握りしめた両手剣で一閃。これが人間であれば……と想像すればこちらが痛くなってしまいそうな一撃だったが、ゴーレムは羽虫を追い払うように腕を振り回してグレアを退けさせる。ダメージは、微塵も与えられていない。むしろ、攻撃を加えたグレアの方が苦しそうに顔を歪めている。
「アンタもさっきから学習しないわねぇ。ただの物理攻撃じゃこのゴーレムの装甲に傷なんか付かないわよ」
「目は、潰せたがの!」
「減らず口を……!」
白熱する二人の戦いにクロエはどうすればいいのか分からず立ち尽くす。グレアを止めることは出来ない。仮に彼女を止められたとしても、今度はデネブがゴーレムでこちらの逃走を邪魔するはず。
「無駄だよクロエ。ああなったら、もう止める方法は一つしかないんだから」
「あ……ッ、ま……マルク? 何で、ここに……?」
何時の間に現れたのか、相棒の黒猫がクロエのローブの中からにゅるりと顔を突き出し、丸くなったネコ目で見上げていた。
「何でって、ボクはクロエの相棒だからね。常に一緒にいなきゃ相棒の意味が無いじゃないか」
「……そ、それより。止める方法って、何? 私に、出来る事なの?」
「もちろん。クロエにしか出来ない事さ」
「お、教えて……ッ!」
「にょわわわ!? いま、教えっか、ら! そんなに、シェイクしなくてもぉおお!?」
猛禽類の如き素早さと力強さでマルクの体をぐわしと掴み上げ、ネコの小さな脳みそなどお構いなしにガクガクと揺さぶる。マルクが泡を吹きかけたところで手を止めると、酔ったニワトリのようにふらりふらりと千鳥足を踏み始めた。
「か……簡単な話じゃないか。クロエが“魔法”を使ってゴーレムを倒せばいいんだから……うっぷ」
「…………それ、は……」
堅牢なゴーレムといえど、魔法の一撃を受ければ多かれ少なかれその堅牢な体にダメージを与えることは出来るだろう。この場に置いて、その“魔法”を行使できるのは魔法使いであるクロエだけ。それは、そんなこと自体は分かり切っていた。しかし……
「……まだ“魔法”は恐いかい? クロエ」
「だって、あれは……あんな力は、今の私じゃ、もう……」
無感情に魔法を行使していたあの時の自分とは違う。今のクロエの心根には魔法に対する恐怖心がしっかりと焼き付いてしまっている。人を殺してしまう。消してしまう。そんな自分の魔法が、魔力が、怖くて怖くて堪らない。恐怖に支配されてしまった今の自分が、それをコントロールできる自信などまるで無い。そんな今の自分が魔法を行使したならば……考えるだけでも、おぞましかった。
「クロエ、ボクがクロエと一緒に行くって言った時、先生はボクを“何て”言ってたか、覚えてる?」
「……マルク?」
こんな時に昔の話?
あの日クロエがデネブに捨てられて、“先生”に拾われて、このソレーユの街に引っ越しを決めた時、先生は何と言っていただろう。
「クロエの“お守り”って言ってたんだ。ボクは、クロエが困った時に力を貸して上げられるように創られたからね」
「創……られ? マルク、何を……言ってるの?」
「じゃ、まずは黙って左腕を出してもらおうかな」
ほら速く、とネコの目が催促してくる。マルクが何を言っているのか、何のために、こんな状況下でそんなことを指示するのか。その真意はついぞ分からなかったが、クロエは彼に言われた通り利き腕である左腕をまっすぐ伸ばしローブの袖を捲くった。日焼けの類などこれっぽっちも見当たらない、新雪のように白く滑らかな少女の腕だ。
「これで、何を……?」
「魔法を使うのが恐いなら、ボクも一緒に使ってあげる。クロエがコントロール出来ない分の魔力を、ボクが代わりにコントロールするのさ。そのために、ボクはクロエの力になるんだ」
「私の力……?」
「そろそろお喋りはお終いにして……始めるよ、クロエ」
マルクの足元から不意に青い魔方陣が浮かび上がったかと思うと、彼はゆっくりと瞳を閉じ、魔方陣から溢れ出た白い光へと包まれていく。やがてその光がマルクの体の全てを飲み込み、小さな光球となってクロエの左腕に吸い込まれていく。
「え……ッ」
ドクン、とクロエの中で何かが脈打つその瞬間。クロエの左腕に、見慣れない黒い籠手が鈍い輝きを放っていた。
「何……これ……?」
『何とは失礼な。これっていうのも失礼だ。クロエの左腕にくっ付いてるのはボクだよボク。君の相棒のマルクだよ』
「は……え……? こ、声が、頭の中に、直接……?」
『まぁ、この姿じゃ元はネコでした~なんて言っても混乱するだけか。これがボクの真の姿、君の力になるために、君の支えになるために変身した籠手型魔力制御デバイス、名を付けるのならばシンプルに“ブラックキャット”なんてのはどうだい?』
「制御……デバイス……」
「ぐああああああッ!?」
事態を上手く呑み込めずにいたクロエの元に悲鳴が届き、その先に視線を向けてみるとグレアがゴーレムの剛腕に吹き飛ばされているのが見えた。
「ぐ、グレアさん……ッ!?」
「ッ……ぐ、ぬか……った……」
「ゴーレム相手に生身でかかってくるなんてホント馬鹿よね。脳が筋肉で出来てるヤツを脳筋とか言うけど、もしかしてアンタってそういう類のイキモノ? うっは、初めて見たわそんなイキモノ。ゲームか何かなら使い道もありそうだけど、リアルじゃてんで役立たずね」
満身創痍の体でフルに動き、ゴーレムの一撃までも受けたグレアは完全に瀕死の状態。もう自力で動いたりなどできないはず。剣を振るなど言語道断。そこまで彼女を動かしたものとは、いったい何なのだろうか。
「さ・て・と。次はゴミの番よ。徹底的に虐めて殺してあげてもいいけど……丁度いいから二人まとめてぺしゃんこにしてあげる。彼岸の向こうで感謝しなさいよ? ……あー、やっぱ気持ち悪いから感謝は無しで。バイバーイ」
底抜けに明るく無慈悲な別れの挨拶を告げ、デネブのゴーレムは二人の頭上に目がけて拳を振り下ろす。容赦なく叩きつけられた一撃が大地を潰し、砕き、一切合財を破壊していく。後に残るのは砂礫と二人の死体。だが、異変は起こった。
「……な、何? どういう、事よ!? 何で、動かな……!?」
ゴーレムの拳は二人の体を潰している……はず。
それなのに、黄土色の剛腕は何故か地面にすら到達していなかった。何処かで見覚えのある既 視 感。またグレアが剣で受け止めたか? しかし瀕死の状態で、それはあり得ない。なら、残る可能性は一つのみ。それは限りなくゼロに近い、可能性のはずなのに。
「ま、まさか……ッ!?」
『安心したよクロエ。魔法の使い方、忘れちゃったのかと思ってたから』
ゴーレムの拳と、クロエが掲げた左腕との間に広がる巨大な円形の白い幾何学模様。デネブがゴーレムの出力をいくら上げても、何故か拳は見えない壁によって阻まれその一撃は二人へと至ることはなかった。
「クロエ殿、まさか、これがお主の……」
「……ッ!」
「へ? ちょ、にいゃぁあああぁぁああああッ!?」
クロエの小さな掛け声を合図に、障壁が突如牙を剥き、強力な衝撃波となってゴーレムの体を無理やり弾き飛ばす。その威力は、巨大なゴーレムを文字通りひっくり返すほど。内部の操縦席に座っていたデネブは様々なパネルに鼻やら額やらをぶつけて涙目になっていた。
「な……何よ、何よ何よ何よ!? いったい何が起こったってのよ!? だってアイツは、役立たずのゴミの失敗作のはずなのに、何でよ……!?」
「…………」
慌てふためくデネブの操縦でゴーレムがゆっくりと体を起こす――その瞬間、クロエは籠手を装備した左腕を大きく円形に動かし、平時の彼女からは考えられないほどの速度で指を動かしていく。その間、たったの二秒。クロエの前には、先ほどと似たような魔方陣が浮かび上がっている。異なる点は、魔方陣の色。先刻の魔方陣が白だったのに対し、こちらの魔方陣は燃え盛る炎のような真紅色で描かれていた。
『いいね。ありったけの思いを込めて使う“魔法”。その魔法の名前は何て言うの?』
マルクの問いに答えるよりも先に、クロエは魔方陣を左手に展開したまま走り出す。グレアが目を見張るような速さで。ゴーレムが完全に起き上がるよりも先に跳躍し、魔方陣を宿した左手を握りしめる。
「私の、今の気持ちを、そのまま力に変えて叩きつける……名前を付けるのなら――」
烈火ノ衝動
クロエの奥底に眠る魔力が烈火となって具現化し左手を包みこむと、クロエはそれを一切の躊躇なしにゴーレムの胸部装甲に向けて突き出す。籠手と装甲がぶつかるその瞬間、握りしめた魔方陣が起動し爆音と共に烈火が爆ぜる。緋色の光が瞬いたと同時に、重厚なゴーレムが空間の端まで一直線に吹き飛んでいく。そんな異様な光景を、グレアは霞む視界の向こうに見ていた。
「…………す、凄い……」
それ以上、言葉に表せないような驚愕の光景。当初、まるで戦闘の役に立たないと思っていた少女が、今目の前で自分よりも圧倒的に巨大なゴーレムを、魔法という力でいとも容易く叩きのめしてしまった。
これが、魔法使い……?
「ぐぐ、ぐぎぎぎぎ……!! 何よ、何だってのよ! 今の、魔法って名ばかりで完全な物理攻撃じゃないの! 認めないわよ、そんな攻撃!」
「……魔法、使える。気持ち悪くも、ならない……」
『言ったじゃん。二人で魔法を使うってさ。ボクのサポートがあれば、クロエの魔力をコントロールすることが出来る。必要以上に暴走させることも無いし、手加減だってちゃんと出来るんだよ』
「…………ありがとう、マルク。少し……少しだけ、安心した」
やるべきことは、ただ一つ。とてもシンプルに。
命を、奪うことではなく。
命を、守ること。
「……反撃、します。……お母さん」
「こんの……ッ! 調子乗って、痛い目見るのはアンタだからね!」
クロエの意志が、第二ラウンドへの火蓋を切る。
グ「籠手に変身するネコとは面妖じゃのう……他にも変身できたりするのか?」
ク「……剣とか?」
マ「剣に変身したら別のキャラと……いや、ネコと被るってば。ボクは籠手にしかなりません」
ク「……でも、あのネコも籠手だよ?」
マ「細かい事は気にするなー! 次は戦闘回なんだから、頑張ってよねクロエ!」




