第9話 お友達のお話
SPが寮を出ると、ハナヒメが前で待っていました。
「近くに車を待たせておりますから、行きましょう」
「うん……!」
歩きながら、SPはふと疑問が浮かびました。
「し、執事さんって……いつも、車を、運転してるひと……?」
「うふふ、あれは『うるさくない方の執事』ですわ」
ハナヒメが指し示した先には一台の高級車が停まっており、その傍らで女性が静かに待機していました。
「お帰りなさい、ヒメ」
「キトハ、こちらが私のお友達のエスさんですわ」
女性はハナヒメに挨拶を返すと、SPへと向き直りました。
「初めまして、SPさん。執事長のキトハと申します」
「キトハさん……。あ、あの……え、SP……です……」
SPは緊張した面持ちで、どうにか自己紹介を返しました。口をぽかんと開けて固まるSPに、ハナヒメは困惑します。
「エスさん? どうかなさいました?」
「い、いや、ちょっと、びっくりしただけ……」
「ああ……よく言われますわね、キトハ」
「はい、慣れております。『女のくせに執事なのか』とか『男を差し置いて執事長なんて』とか『若すぎる』とか」
キトハは淡々と答えました。まるで、何度も繰り返してきた説明をそのまま口にしているかのようです。
「い、いや……! 言ってませんから、そ、そんなこと……!」
SPは慌てて首を横に振りました。口に出すどころか、そんなことを考えていたわけでもない。そう伝えようとするほど、言葉がうまく出てきません。
ハナヒメとキトハは、慌てふためくSPの様子を微笑ましく見守っていました。
「じ、実際……おいくつ、なんですか……?」
「はい。今年で19になります」
「わ、わか……!」
思わず声を上げかけたSPは、慌てて口をつぐみました。
「ふふ、エスさんも遠慮なさらないで、キトハのことは少し年上のお姉さん扱いしていただいて結構ですわ」
「よろしくお願いします。私も『エスさん』とお呼びしても?」
「あ、あ……あ、は……はい……お願い、します……」
キトハに丁寧に尋ねられ、SPはぎこちなく頷きました。まだ緊張は解けそうにありません。
促されるまま車内に乗り込むと、ほのかに上品な香りが漂いました。柔らかな革張りの座席や、磨き上げられた内装に施された繊細な装飾が、車内の落ち着いた雰囲気を際立たせています。窓から差し込む光さえ静かに受け止めるような空間に、SPはどこに手を置けばいいのか分からず、身を固くしました。
全員が乗り込むと、ドアが音もなく閉まります。やがて車は滑るように走り出し、窓の外の景色がゆるやかに後方へ流れていきました。
「それにしても、ヒメのお友達をこうしてお車にお乗せできるなんて……嬉しいです……」
「まあ、キトハったら。大袈裟ですわ」
「い、今まで……なかったんですか……?」
「ヒメは学校がお嫌いですからね」
「ち、違いますわよ……まだキトハは我が家に仕えて一年しか経っていないんですもの……」
「いちっ……! み、短い……」
SPはハナヒメの言葉を思い返していました。
「あの……う、うるさい方の、し、執事さんって……」
「クロツカのことですわ」
「クロツカは私の同期です。超が付くほど真面目な男ですよ」
「口うるさいだけですわよ……」
ハナヒメは少し不満げに頬を膨らませました。キトハはそんな様子を見て、穏やかに言葉を続けます。
「あれでもヒメのことを心配しているんですよ。責任感の強い男ですから」
「へ、へえ……。使用人さん、って……な、何人くらい……いるの……?」
「キトハとクロツカ、フットマンにシェフ、あとは正確には使用人ではありませんが、お医者様がいますわ。その五人は住み込みで、あとは時々出入りの者が数名いることもありますわね……」
「す、住み込み……すごいね……」
SPは思わず車内を見回しました。ハナヒメの家での暮らしが、まだ想像もつきません。
車は三十分ほど走り、やがて大きな屋敷の敷地内へと入っていきました。
「わあ……大きい……広い……」
車を降りたSPは、目の前に広がる屋敷と広大な敷地を見渡し、思わず声を漏らしました。
「ふふ、エスさん、こちらですわ。さあ!」
ハナヒメに促され、SPは屋敷の玄関へ向かいました。
玄関扉の前には、小柄な男性が一人、姿勢よく立っていました。
「お帰りなさいませ」
「ただいま、ムイタ。こちら、私のお友達のエスさんですわ」
「エスさん……。初めまして。フットマンのムイタです」
ムイタは小さな声で名乗りました。鋭い目つきのせいか、SPには少し近寄りがたい印象に映ります。
「あ……え、SPです……こ、こんにちは……」
「もう、ムイタったら。せっかくエスさんが来てくださったのに、ニコリともしないのね」
「すみません……笑ってるつもりだったんです……」
ムイタはボソリと答えました。
(怖い人かと思ったけど……人見知りなのかな? ちょっと親近感……)
ムイタが玄関扉を開けると、古く歴史を感じさせる邸宅が広がっていました。
「さあ、どうぞ。シェフがお茶を用意して待っております……」
「行きましょう、エスさん」
ハナヒメに手を取られ、SPは遠慮がちに敷居を跨ぎました。
屋敷の中へ足を踏み入れたところで、長身の男性が現れました。
「お帰りなさいませ」
「クロツカ、ただいま。エスさんをご案内して」
「はい。ようこそおいでくださいました。執事のクロツカです」
SPは男性を見上げました。
(あ、この人が……うるさい方の執事さんか……)
「ご案内いたします。こちらへどうぞ」
「は、はい……」
SPはクロツカに続いて廊下を進み、食堂へ通されました。
(うるさいって聞いてたけど、仕事ができそうな執事さん……って感じだなあ……)
「エスさん、私は少しお着替えをしてきますわね。すぐ戻りますわ」
「あ……い、行ってらっしゃい……」
ハナヒメはキトハと一緒に部屋へ引き上げていきました。
クロツカも案内を終えると、何やら忙しそうにその場を離れていきます。
気づけば、広い食堂にSP一人だけがポツンと取り残されていました。
SPは落ち着かない様子で、室内をそっと見回しました。
「あの……」
「わぁっ!」
気づけば、背後にムイタが立っていました。
「あ、すみません……驚かせてしまって……」
「い、いえ……」
沈黙が落ちました。
SPはムイタが次の言葉を続けるのを待ちましたが、いつまで経っても何も聞こえてきません。そもそも、ムイタから話しかけてきたはずなのですが……。
「あの……な、なにか……?」
「…………ああ、えっと、エスさん、お一人だから……お話ししなきゃって思いまして……」
(あ、気を使ってもらってるんだ……)
SPはようやく、ムイタが声をかけてきた理由を理解しました。
「ふふ……あ、あの、フットマン……って、な、なんですか……?」
「ああ……フットマン……簡単に言えば、雑用係ですね」
「ざ、雑用……?」
「執事は上級の使用人、フットマンは下級の使用人……基本的に、僕はキトハさんやクロツカさんに指示されて動く、下っ端です……」
ムイタは淡々と説明しましたが、その声にはわずかに自嘲するような響きがありました。SPは返す言葉を探しながら、改めて彼の姿を見つめます。
「……き、キトハさん、すごく若くて、び、びっくりしました」
「…………ああ、キトハさん、クロツカさんと僕の三人は同学年です」
ムイタは少し間を置いてから答えました。相変わらず表情の変化は乏しく、鋭い目つきのせいもあって、何を考えているのか分かりにくいままです。
「み、みんな……わかっ……」
SPは思わず声を漏らしかけました。
「僕もそう思います。本来はもっとキャリアを積んだベテランが執事の役に就くと勉強したはずなんですが……まあこれは旦那様の意向ですね」
ムイタはそう言って、屋敷の奥へ視線を向けました。
「へ、へえ……」
SPは小さく頷きました。ハナヒメの家に来てから、驚くことばかりです。
また沈黙が落ちました。
SPは何か話さなきゃと思い、口を開きます。
「あの、ヒメちゃんが……し、執事さんのこと、うるさいって……」
そこまで言って、SPは(話題を間違えた……!)と思い、口をつぐみました。
ムイタはきょとんとしたあと、ふっと笑います。そのあと慌てたように口元を手で隠し、目線を逸らしました。
「……すみません、今笑ったことは内緒でお願いします」
(あ、ちょっと、可愛いかも……)
話しているうちに、ハナヒメが食堂へやってきました。
「エスさん、お待たせしましたわ」
「あ、ううん、だ、大丈夫……だよ」
「……では、僕はこれで失礼します」
「あっ……ムイタさん、あ、ありがとう……」
SPがお礼を言うと、ムイタは小さく口角を上げました。その表情を見届けたハナヒメは、彼が去っていくのを見守ります。
「ふふ、ムイタだけ少し『弟』という感じではありませんか?」
「あ……た、確かに……それっぽいかも」
「それに、クロツカはお兄さんというよりも、おじさんに近いですわね……」
「そ、それは、失礼、じゃないかな……?」
SPが戸惑いながら答えた、そのときでした。
ワゴンを押しながら、コックコートを着た男性が食堂へ入ってきました。
「よっ、ヒメ! そちらがお友達?」
使用人とは思えないほどフランクな口調に、SPは圧倒されます。
「ええ、お友達のエスさん……SPさんですわ」
「SPちゃん! よろしく、シェフのコリョーだ」
コリョーはニッと笑い、気軽に手を差し出してきました。
「あ、あの……えっと……はい……?」
困惑しながらも手を差し出すと、コリョーはその手を握り、ブンブンと振りました。
(軽すぎるっ……! いいの? これで……)
「ま、ムイタが弟なら俺は近所の兄ちゃんってとこかな?」
コリョーはそう言って、親しげに笑いました。初対面のSPにも気さくに接するその態度は、まさに近所の気のいい兄ちゃんそのものです。
「まあ、コリョー。お話聞いておりましたのね」
「クロさんがおじさんってとこもな。気をつけろよヒメ、あの人地獄耳だから」
コリョーは声を潜めるでもなく、楽しそうに言いました。
「怖いことを言わないでくださいまし……」
ハナヒメは困ったように眉を下げ、食堂の入口へ視線を向けました。
「ふふ……」
SPは二人のやり取りを見ながら、思わず小さく笑いました。
「さて、お茶とスイーツいろいろ持ってきたから適当に食べてってよ」
コリョーはワゴンから手際よく品々を取り出し、テーブルに並べていきます。ひと通り並べ終えると、ふと手を止め、SPの方を向きました。
「……紹介、いる?」
「お、お願いします」
「よし。まず紅茶は、ダージリンのオータムナルって言って、秋摘みの茶葉を用意した。マジでうまい。で、これは和栗のモンブラン。栗が丸ごと一粒入ってて、ガチでうまい。こっちは、紅玉りんごのタルトな。モンブランが甘いから、こっちは酸味のあるやつにしてみた。超うまい。で、最後に、かぼちゃのスコーン。クロテッドクリームはもちろん、こっちのジャムは自家製の柿ジャムだぜ。最高にうまいぞ」
コリョーは一つひとつ指し示しながら、実に楽しそうに説明しました。どれも自信作らしく、最後まで勢いは衰えません。
(とりあえず、美味しいことは、よくわかったな……)
フランクすぎる紹介にも動じず、ハナヒメは楽しそうに紅茶の香りを楽しんでいます。
「さあ、エスさん。ご遠慮なさらずにどうぞ」
「あ……う、うん」
SPはおそるおそる紅茶を一口飲みました。すると、ぱっと顔が明るくなります。
「おいしい……。紅茶って、す、ストレートで飲むの、ちょっと、あの、苦手だったんだけど、こ、これ……飲みやすくて、おいしいよ……」
「そりゃあ良かった。そいつは少しだけならミルクもイケるぞ」
コリョーはいつの間にかテーブルの向かいに腰を下ろし、ニコニコと笑いながらSPを見ていました。
「なあなあSPちゃん。なんでヒメと仲良くなったの?」
コリョーはテーブルに身を乗り出し、興味津々といった様子で尋ねました。あまりに気軽な調子だったため、SPは手にしていたティーカップを落としそうになります。
「えっ……と、そ、それは……ヒメちゃんが、た、助けてくれたから……」
「おっ、やるじゃんヒメ。何したんだよ」
「内緒ですわ」
ハナヒメは涼しい顔で答え、紅茶を一口飲みました。
「つれねえなぁ!」
コリョーは大げさに肩をすくめ、残念そうな声を上げます。その反応があまりにも素直で、SPは思わず頬を緩めました。
(自由だなあ……)
使用人という立場から想像していた堅苦しさは、コリョーにはまるでありません。ハナヒメもそんなコリョーの態度を咎めることなく、むしろ楽しそうに眺めていました。
「それより、私が今日エスさんをお招きした目的をお忘れでなくって?」
ハナヒメはカップをソーサーに戻すと、改めてSPへ視線を向けました。柔らかな笑顔を浮かべていますが、その目にははっきりとした好奇心が宿っています。
「えっ……なんだっけ……」
SPは首を傾げました。
「例の『お友達』のお話ですわ。詳しく聞かせていただきますわよ」
「えっあっ……それは、その……」
SPはカップの縁に視線を落とし、どうにか話題を逸らそうとします。けれど、何を言っても不自然になりそうで、言葉が喉につかえてしまいました。
「俺も気になる!」
コリョーが勢いよく手を挙げました。
「ああ……えっと……」
SPはますます追い詰められ、視線をさまよわせました。
「実は……私も気になります……」
いつの間にか食堂へ戻ってきていたキトハが、控えめに口を挟みました。彼女はSPの隣に立ち、申し訳なさそうにしながらも、興味を隠しきれない様子です。
「ええっ……!?」
SPは思わず声を上げ、椅子の背に身を引きました。
「僕も……」
「ムイタさんまで……!!」
SPは四方を見回しました。ハナヒメは楽しそうに微笑み、コリョーは身を乗り出し、キトハとムイタもそれぞれ期待のこもった視線を向けています。
逃げ場は、どこにもありませんでした。
そのとき、廊下の向こうから、規則正しい足音が近づいてきました。扉の前に長身の影が現れ、クロツカが静かに姿を見せます。
「皆さん、下がりなさい。ヒメとSPさんのお話を邪魔してはなりません」
「えー、でもクロさんも気になるだろ? 恋バナ」
コリョーは椅子に座ったまま、悪びれもせずに笑いました。
「口を慎みなさい。さあ、持ち場へ戻って」
「へーい……」
コリョーは肩をすくめると、ワゴンを押してあっさりと引き下がりました。しかし、キトハとムイタはその場に残ったままです。
クロツカは二人へ視線を向け、わずかに眉をひそめました。
「キトハさんとムイタも。ここは私が担当します」
「えっ、ちょっとクロツカ、それはおかしくない? 残るなら女性である私でしょう」
キトハがすかさず反論し、クロツカの前へ一歩進み出ます。
「僕もそう思いますけど……やっぱりクロさんも気になるんですか? 恋バナ」
ムイタも小さな声で続けました。
「口を慎みなさいと言っているでしょう……」
クロツカは眉間にシワを寄せ、低い声で言い返します。
「図星だね。さ、男性諸君は散った散った」
キトハは楽しそうに笑いながら、ムイタとクロツカを食堂の外へ促します。
「……行きましょう、クロさん」
ムイタに袖を引かれ、クロツカはしぶしぶ踵を返しました。
「クッ……仕方ない……。失礼いたします……」
食堂の扉をしっかり閉めたのを確認すると、キトハは振り返ってSPに微笑みかけます。
「それでは、お茶のおかわりなどはぜひ私にお申し付けくださいね」
「は、はい……」
ハナヒメは楽しそうに身を乗り出し、SPへ期待に満ちた視線を向けました。
「さあエスさん、聞かせていただきますわよ……!」
SPは観念して、口を開きました。
「……へ、変なひとなんだよ。最初は……その、ふ、不審者、かと思ったの」
SPはキュラドと出会ってからの出来事を、ぽつぽつと静かに語り始めます。
道端で倒れていたことや、助けたこと。
「それで、け、研究対象だって……い、言われて……」
「まあ、研究対象?」
ハナヒメは思わず身を乗り出しかけましたが、グッとこらえました。もっと詳しく聞きたい気持ちを抑え、SPの言葉をゆっくりと待ちます。
SPは急かされないことに少し安心し、キュラドと過ごした時間をさらに語りました。話しているうちに、最初は怖いと思っていた彼のことを、いつの間にか頼りにしていた自分にも気づき始めます。
「……そのとき、部屋まで、き、来てくれて」
「くぅっ……!」
ハナヒメは胸元を押さえ、感極まったように声を漏らしました。
「さ、最初はね、ちょっと、怒りながら……我のこと『無様だ』って言ってたのに、そのあと……な、慰めて、くれたんだ……」
SPはそこで一度言葉を止めました。思い返すと、胸の奥が少しだけ温かくなります。キュラドの言葉や態度は不器用でしたが、あのとき自分を気にかけてくれたことだけは、今でもはっきり覚えていました。
「うううっ……! 胸が、胸が苦しいですわ……!」
ハナヒメは呼吸を荒くしながら紅茶を一口飲み、深呼吸をしていました。
SPが静かに語り終えると、食堂にはしばし沈黙が落ちました。
その直後、どこからか鼻をすする音が聞こえてきます。
「ううっ……エスさん……私、感動しましたわ……!」
「えっ、泣いてる……」
SPが驚いて顔を上げると、ハナヒメはすでに目元を潤ませていました。慌てて取り出したハンカチで目元を押さえながらも、その表情は真剣そのものです。
「そのお方のこと、お好きなのですね……」
ハナヒメの問いかけに、SPはすぐには答えられませんでした。
自分の気持ちを改めて言葉にするのは、思っていた以上に恥ずかしいことでした。胸の奥がじんわりと熱くなり、頬にも熱が集まっていきます。
「…………」
SPは顔を赤くして俯きました。膝の上で指をぎゅっと握りしめ、しばらく迷ったあと、蚊の鳴くような声で答えます。
「……うん」
SPの声が落ちた後、食堂はしんと静まりました。
「素敵ですわ……」
ハナヒメは感動のあまり、手を震わせていました。フォークを手に取り、スイーツへ伸ばしかけますが、思い直したようにそっと置きます。
SPはその場の空気に耐えきれず、紅茶に口をつけました。
「あ、あの……お茶の、おかわりを……」
キトハの方に目を向けると、彼女は胸に手を当てて天を仰ぎ見ていました。
「……き、キトハさん?」
「はっ! し、失礼いたしました! お茶ですね、すぐに!」
キトハは慌てた様子を見せながらも、すぐに姿勢を正しました。手元に乱れはなく、ポットを持つ動作も、カップへ注ぐ所作も実に優雅です。
けれど、その表情にはまだ動揺が残っていました。
「ど、どうぞ……」
「ありがとう、ございます……」
差し出されたカップからは、紅茶の香りとともに白い湯気が立ち上っていました。SPは両手でカップを受け取り、そっとテーブルの上へ置きます。
「……ふう。いいお話を聞けました。ありがとうございます」
キトハは満足そうに息を吐き、そのまま数歩下がって、遠くを見つめるように目を細めました。
SPは湯気の上る紅茶を眺めながら、先ほどのキュラドの不機嫌そうな顔を思い出していました。
「……好きにしろ。どこへでも行け」
あのときの声は、いつもより少しだけ低かった気がします。
そして、コイカミの言葉も脳裏によみがえりました。
「あの吸血鬼も恋してるんだよ」
SPはカップの中で揺れる紅茶を見つめました。
キュラドが自分に向ける感情が、もし本当にコイカミの言うとおりのものだったら。
(もし、本当に、そうだったら……嬉しい、な……)




