第7話 ピンクのあの子
翌朝、学校へ行く支度を整えたSPは、机の上に置いた鍵へ目を向けました。鍵に関して、いくつか言いつけられた約束事が頭の中によみがえります。
鍵は外へ持ち出さず、引き出しなどにしまっておくこと。鍵を使う時は誰にも見られないようにすること。城の中は好きに歩き回って良いこと。
そして「俺が眠っていたら、起こせ」という、あの時のキュラドの声が、耳の奥に残っていました。
しばらく鍵を見つめていましたが、やがてそれを引き出しの中へしまい、鞄を手に取って玄関へ向かいました。
SPは登校中もぼんやりとキュラドのことを考えながら歩いていました。昨日渡された鍵のことも、キュラドが口にしていた「最近知り合った女」という言葉も、頭の片隅から離れません。考えまいとしても、気づけばそのことばかりを思い返してしまい、周囲へ向けていた意識はすっかり上の空になっていました。
「おはようございます、エスさん」
不意に声をかけられ、SPはハッとして顔を上げました。目の前には、ハナヒメが立っています。
「……エスさん?」
呼びかけられてもすぐに返事ができず、SPは自分がぼんやりしていたことに気づきました。
「お、おは、おはよう……ヒメちゃん……」
ハナヒメはSPの顔を覗き込むようにして、心配そうに尋ねました。
「なにか、心配事でも……ありますの……?」
「え、あ……いや……」
うまく答えられず、SPは視線を泳がせます。
「……お話ししづらいなら、無理には聞きませんわ」
ハナヒメの気遣うような言葉に、SPは思わず顔を上げました。
「ち、ちがうの……ただ、なんか……いろいろ考えちゃって……」
「あら、お家で何かありましたの?」
「え! いや、お、おうちでっていうか……! わ、我……寮だし……!」
「まあ、エスさんはご家族と離れて暮らしてらっしゃるのね。大変ですわね……」
「う、うん……たいへん、だけど、でも……き、気楽でいいよ……?」
ハナヒメはそれ以上追及することなく、SPの言葉をそのまま受け止めたようでした。
SPはほっとしたように肩の力を抜きます。けれど、頭の中に浮かぶキュラドの姿は、まだ消えてくれませんでした。
「……お友達」
「え?」
「お、お友達が……いるんだけど……が、学校とは、関係ない……ひと……」
SPは足元へ視線を落としました。指先が落ち着きなく動き、何度も言葉を探すように唇が震えます。
「そのひとが……わ、我の知らない、女の人と……最近……」
そこまで口にしたところで、SPの声は急に小さくなりました。最後の言葉は、ほとんど吐息のように消えていきます。
ハナヒメは目を見開きました。何かを言いかけて唇を開きますが、すぐに口を閉ざします。
「……」
出かけた言葉を無理やり飲み込むように、ハナヒメは視線を逸らしました。その表情からは、驚きと動揺が隠しきれずに滲んでいます。
「……ごめん、な、なんでもない……」
SPはそれだけ言うと、強引に話を打ち切りました。ハナヒメの顔を見られないまま、逃げるように歩調を速めます。
しかし、隣を歩くハナヒメは、何かをこらえるように口元を押さえたあと、とうとう我慢できずに声を上げました。
「そ、それ……! そのお友達のこと……! 好きなのではなくって!?」
「えっ」
思わず足を止めたSPの隣で、ハナヒメもぴたりと立ち止まります。
「というか、絶対そうですわ! お友達って、どんな方ですの!? わ、私……とっても気になりますわ!!」
「えっ、えっ……えええ……」
SPは目を白黒させながら、後ずさりしました。そのまま真っ赤な顔を隠すように、ハナヒメを置き去りにして、教室まで逃げるように走っていきました。
自分の席にたどり着くと、椅子に腰を下ろし、乱れた息を整えます。呼吸が落ち着いても、ハナヒメの言葉は頭から離れませんでした。
「好きなのではなくって!?」
SPは頭を抱え、そのまま机に突っ伏しました。
まさか、そんなはずはない。そう思いたいのに、昨日から胸の奥に残っているモヤモヤを思い返すと、無関係だとは言い切れません。
「最近知り合った女」って誰だろう。鍵をもらえたのは嬉しかったけど、もう迎えに来ないというのは、どういうことなのだろう。
ハナヒメの言葉が、昨日感じていたモヤモヤの答えのように思えてしまうのでした。
「完全に惚れてるねえ……」
ふと声がして、SPは反射的に顔を上げました。
机に突っ伏していたSPのすぐ目の前に、女の子の顔がありました。あまりにも距離が近く、あと少し身を乗り出せば額が触れてしまいそうなほどです。
大きな瞳が、まっすぐにSPを覗き込んでいました。窓から差し込む朝の光を受けて、その瞳はきらきらと輝いています。頬にはいたずらっぽい笑みが浮かび、まるでSPの反応を楽しんでいるようです。
突然現れた彼女の近さと、あまりにも無邪気な表情に、SPは驚きのあまり息を止めました。声を出すことも、身を引くこともできず、ただ目の前の大きな瞳を見つめ返します。
すると、女の子は楽しそうに笑いました。
「あはは、やっと目が合ったね」
女の子はSPの机から離れると、まるで重力など存在しないかのように、ふわりと宙へ浮かびました。
ピンクのワンピースの裾が、風もないのに水面のように揺れています。背中から伸びた白い羽は天使を思わせる形をしており、足元は半透明で、膝から下が薄い光の中へ溶け込んでいます。
「な、なに……? おばけ……」
「お化けじゃないよー! 失礼だなあもう」
女の子は頬を膨らませて抗議すると、羽を小さく揺らしました。羽ばたいたようには見えないのに、その身体はさらに少しだけ高く浮かび上がります。そして、空中でスカートの裾をつまむと、優雅にカーテシーをしてみせました。
「初めまして、SPちゃん。わたしは恋の神様だよ」
そう言って、彼女はにっこりと笑います。
「こ、恋の…………」
「気軽にコイカミちゃんって呼んでね!」
SPは口をぽかんと開けたまま、完全にフリーズしていました。目の前に浮かぶ女の子を見つめたまま、瞬きすら忘れています。
「あれ? もしもーし、大丈夫ー?」
コイカミはSPの顔の前で、ぶんぶんと手を振りました。
「ぜ……」
「ぜ?」
「ぜんぜん……意味、わかんない……」
ようやく絞り出した言葉は、それだけでした。
「あははは! SPちゃん可愛いー!」
コイカミはSPがこれほど困惑していても、まるで気にする様子はありません。むしろ、その反応を面白がっているようでした。
「そっか、SPちゃんは知らないか。この学園の七不思議の噂!」
「な、七不思議……?」
机をつかんだまま、恐る恐る聞き返してみました。
「そう! 面倒だから残り六つは割愛するけど、そのうちの一つがこのわたし、恋の神様の噂なの!」
「はあ……」
SPはぼんやりとした返事をしながら再びコイカミを見上げました。
そんなSPの様子を見て、コイカミはにやりと笑いました。ふわりと身を乗り出し、SPの耳元へ顔を寄せます。
「ま、吸血鬼もいるんだし、恋の神様もいてもいいじゃん?」
囁かれた言葉に、SPの身体がびくっと跳ねました。椅子の背もたれにぶつかりそうな勢いで身を引き、SPは目を見開きます。
「なんで……し、知ってるの……」
SPはコイカミを見つめたまま、震える声で尋ねました。
「わたしはなんでも知ってるよ〜? ずっと見てたからね」
コイカミは悪びれる様子もなく、にこにこと笑っています。
「ず、ずっとって……えっ、いつから……? な、なんで……」
聞きたいことは山ほどありました。吸血鬼のことをどこまで知っているのか。ずっと見ていたというのは、どういう意味なのか。そもそも、本当に恋の神様なのか。
SPは矢継ぎ早に問いかけようとしましたが、その瞬間、教室に始業のチャイムが鳴り響きました。
「あっ……」
教室の扉が開き、先生が入ってきます。SPが慌ててそちらへ目を向け、再びコイカミに視線を戻すと、彼女はすでに空中でくるりと向きを変えていました。
「じゃ、またね〜。お昼休みにでもゆっくりお話しよ!」
「ちょ……!」
SPはとっさに手を伸ばし、コイカミの手をつかもうとしました。しかし、指先が届くよりも早く、彼女の姿はふっと消えてしまいました。
「あ……」
伸ばした手だけが、空しく宙に残ります。SPはしばらくその姿勢のまま固まっていましたが、やがてゆっくりと手を下ろしました。
彼女はいったい何だったのか。頭の中は消えてしまったコイカミのことでいっぱいでした。
*
昼休み。
SPは人気のない場所へと移動していました。周囲をきょろきょろと見回し、誰もいないことを確認します。
「こ……コイカミちゃん……?」
おそるおそる名前を呼んでみました。
「はいはーい! 呼んだー!?」
「わっ!」
突然目の前に現れたコイカミに、SPは飛び上がりそうなほど驚きました。
「ちょっと! 呼んでおいてびっくりしすぎ!」
「ご、ごめ……!」
コイカミは呆れたように頬を膨らませます。SPは胸元を押さえながら、どうにか呼吸を整えました。
「あ、あの……!」
「わかってるよ。SPちゃんがいろいろ聞きたいことがあることも、SPちゃんが口下手なこともね」
コイカミはSPが口を開くより先に、得意げに話し始めました。
「まず、わたしは恋の神様。みんなからはコイカミちゃんって呼ばれてるよ。わたしは、恋をしている人にしか見えない、この学園の七不思議なんだ」
「こ、恋を……してる人にしか、見えない……っ!?」
SPは目を見開き、思わず聞き返しました。
「うんそうだよ。だからね、わたしのことが見える人は、みーんな誰かに恋する可愛い少年少女ってこと!」
コイカミは楽しそうに笑いながら、空中でくるりと一回転しました。
「えっ、えっ……!? で、でも、そんな……!」
慌てて否定しようとしましたが、言葉がうまく出てきません。昨日からずっと頭を悩ませているキュラドのことが脳裏をよぎり、ますます混乱してしまいます。
「それでね、SPちゃん。わたし、ずっとSPちゃんのことを見てたんだよ。どうしてかっていうと、SPちゃんがキュラド様の研究対象だから!」
「きゅ……ら、ど……さま……?」
SPは息を呑みました。
コイカミの口からキュラドの名前が出たことで、自分のことを何もかも知られているのだと悟ります。
「うん! キュラド様とわたし、お友達なんだよー!」
コイカミはあっけらかんと言って、楽しそうに笑いました。
「おと、もだち……」
SPは、その言葉を呆然と繰り返しました。繰り返しながら、昨日のキュラドの言葉を思い出していました。
「最近知り合った女」「その女に調べさせた」
昨日からずっと気になっていた言葉の意味が、今になってひとつにつながっていきます。
「ま、まさか……」
「うん! わたし、キュラド様に頼まれて、キズノのこと調べてたんだよ」
コイカミは、まるで何でもないことのように答えました。
「なんで、わかるの……え……エスパーなの……?」
「違うから! エスパーはSPちゃんでしょ! 全部顔に書いてあって分かりやすすぎるよ!」
コイカミはすかさずツッコミを入れました。
「え、ちょっと待って……と、いうことは……キュラドって、こ、コイカミちゃんのこと……見える、の……?」
おそるおそる尋ねてみます。
コイカミが見えるのは、恋をしている人だけ。その言葉を思い返せば、答えはひとつしかありません。けれど、SPにはどうしても信じられませんでした。
「ご名答〜! ウケるよね、あんな魔王みたいな吸血鬼が恋だなんて!」
コイカミは楽しげに笑い、空中で透けた足をぶらぶらと揺らしました。
あまりの情報量の多さに、SPはただ虚空を見つめることしかできませんでした。
*
コイカミと別れ、SPはふらふらと教室に戻ってきます。
「あ、エスさん……! どちらへ行かれてたのです? 私、エスさんに聞きたいことが山ほど……」
「ご、ごめん、ヒメちゃん……我、いま、キャパが……」
SPはどこを見ているのかわからないような目で、自分の席に戻っていきました。
ハナヒメはその背中を見送り、ぽかんと立ち尽くします。
「ヒ〜メちゃんっ」
不意に声をかけられ、ハナヒメが振り返ると、近くにコイカミがやってきていました。
「あ、コイカミちゃん。私あなたにも聞きたいことが山ほど……」
「SPちゃんのことでしょ。ちょっと待っててよ。ほら、プライバシーの問題とか? いろいろあるからさ」
コイカミは人差し指を立て、ハナヒメを制するように言いました。
「むむむ……気になりますわ……」
ハナヒメは納得がいかない様子で、SPの席とコイカミを交互に見つめました。
午後の授業も、SPは魂が抜けたような様子で受けていました。先生の声は耳に入っているはずなのに、内容はほとんど頭に残りません。気がつけば、あっという間に放課後になっていました。
帰り支度をしていると、ふいにコイカミが姿を現しました。
「SPちゃん、また明日ね。それと……」
いつもの明るい調子で話していたコイカミが、そこでふと表情を変えました。コイカミはSPのそばに寄り、少し真剣な顔をして囁きました。
「ちゃんとキュラド様のところ、行ってあげるんだよ」
SPが返事をする間もなく、コイカミは姿を消しました。
帰宅したSPはカバンを置き、一息つきます。
(キュラド……本当に、迎えに来なかった……)
昨日までなら、キュラドが迎えに来てくれるのを待っていればよかったのです。けれど、今日は違いました。
SPは引き出しを開け、鍵を手に取りました。冷たい鋳鉄の感触が、手のひらに沈みます。
(会いたかったら、自分から行かなきゃ……いけないんだ……)
鍵を握る指に、少しずつ力がこもっていきました。
SPは鍵を握りしめたまま、ゆっくりと立ち上がり、鍵をそっと部屋の扉にかざしました。すると、扉の表面に鍵穴が現れます。おそるおそる鍵を差し込み、ゆっくりと回しました。次の瞬間、辺りの景色がぐにゃんと歪みます。驚いて目を瞬かせると、そこはもう、見慣れた城の廊下でした。
そっと研究室の扉を開けてみると、キュラドが机に向かっているのが見えます。
「キュラド……?」
「……ああ、エスか。無事に来られたな」
キュラドは手を止めて立ち上がると、SPのすぐ近くまで歩み寄り、そのままSPの手首を掴んで強引に部屋の中へ招き入れます。
「座れ。先ほどまでの成果を聞け。それから、お前の話だ」
キュラドはどこか嬉しそうな様子でした。研究がうまくいったのか、いつもと変わらない堂々とした態度の中に、わずかに弾んだ気配が感じられます。
SPは鍵をポケットに入れ、椅子に腰を下ろしました。聞きたいことも、言いたいことも、山のようにあったはずです。けれど、目の前で嬉しそうにしているキュラドを見ていると、それらはすっかり頭から吹き飛んでしまいました。
キュラドは、先ほどまでの研究の成果を語り始めました。
専門的な用語が次々と飛び出し、説明が進むにつれて、SPの頭には疑問符ばかりが増えていきます。真面目に聞こうとはしているものの、話の内容はちっとも理解できません。
「……理解できているか?」
「ううん……ぜんぜん……」
「フン、まあいい。俺が勝手に話しているだけだからな」
キュラドは特に気にした様子もなく、そのまま続きを話していました。
「……と、いうわけで、次回からはこの仮説の検証をメインに進めていこうと思う」
「う、うん……いいんじゃないかな……?」
キュラドが話を締めくくると、SPはこくこくと頷きました。内容を十分に理解できたわけではありませんが、ひとまず話が一区切りついたことは分かりました。
「それで、お前の方はどうだ。力の制御はうまくいっているか? 学校で何か変わったことはあったか?」
研究の話から一転して自分のことを尋ねられ、SPは少しだけ背筋を伸ばしました。
「あ、うん……せ、制御は、大丈夫そう……。学校は、その……なんとかなってるよ……」
答えながら、SPの視線が落ち着きなく揺れます。今日、学校で起きたことを思い返すと、どう話を切り出せばいいのか分かりませんでした。
「歯切れが悪いな。可もなく不可もなしといったところか」
「あの……キュラド……」
「ん?」
SPは顔を上げ、キュラドを見つめました。少しためらったあと、意を決したように口を開きます。
「……今日、コイカミちゃんって子に……会ったよ……」
キュラドはゆっくりと瞬きをすると、顎に手を添えて考え始めました。先ほどまでの様子から一転し、何やら思案するように黙り込みます。
「あの女の言うことは本当だったのか……? いやしかし、まだそう決まったわけではないが……」
「 あ、あの、キュラド……?」
独り言のように呟くキュラドを前に、SPは不安げに声をかけました。
「エス。その、コイカミというのは、目に悪いピンクの服を着て背中に羽を生やした女のことか?」
「うん……そう……」
「そうか。以前話した、最近知り合った女とはそれのことだ」
「い、いつ、知り合ったの……?」
SPは思わず身を乗り出しました。胸の奥に引っかかっていた疑問が、少しずつ形を持ちはじめています。
「最近だと言っただろう。ここ数日の話だ。散歩がてらお前の通う学校へ行ってみたところ、そこにいたのがその女だ」
「あの子……こ、恋の神様だ、って……」
SPは、コイカミの言葉をそのまま伝えるように呟きました。
「フン、地縛霊の戯言を真に受けるな」
「地縛霊……!?」
思いもよらない言葉に、SPは目を見開きました。
「ああ。あの女の正体は、あの地で命を散らし、未練からその土地に縛られている存在だ。……俺は皮肉を込めて『女神』と呼んでやっているがな」
キュラドはそう言うと、わずかに口元を歪めました。
SPは返す言葉を失い、ただ黙ってキュラドを見つめます。
「……おばけじゃないよって、い、言ってたのに」
「正真正銘の幽霊だ。俺が保証する」
キュラドがそう言うなら、そうなのだろう。SPは妙に納得してしまいました。
「じゃあ……あの、こ、恋をしてるひとにしか、見えないって……」
SPはコイカミから聞いた言葉を思い出しながら、恐る恐る尋ねました。
「馬鹿馬鹿しい。この俺が女神を観測できる理由は、俺が人ならざる存在であり、幽霊の類を観測できるからに過ぎん」
キュラドは疑う余地もないといった様子で答えました。
「そ……そっか……」
SPは小さく頷きました。けれど、胸の奥には小さな引っかかりが残りました。
もしコイカミの言うことが本当なら、キュラドも誰かに恋をしていることになります。けれど、そんな考えを浮かべた瞬間、胸の奥がきゅっと縮みました。キュラドが自分ではない誰かを想っている姿を想像すると、鍵を渡されたときに感じた重さまで、別の意味を持ってしまうような気がしました。
逆に、キュラドの言う通りなら、コイカミの言葉はただの戯言です。そう考えれば、余計なことを気にせずに済むはずでした。
SPは膝の上で指を絡め、落ち着かない気持ちを隠すように、俯きました。
「……まあ、女神の戯言はさておき、奴はそれなりに役に立つ。お前が言っていた、掲示板に貼られていた物も、こうして回収してきてくれたよ」
キュラドはそう言って、一枚の写真を差し出しました。それは、あの時掲示板に晒されていた、でっち上げの写真でした。
「こ、これ……」
SPは差し出された写真に目を落としました。手が震えるのを感じ、反射的にぎゅっと握り締めます。
「……俺は人間社会の作法に疎いのだ。俺の存在がお前にこうして迷惑をかけていたとはな」
「そ、そんな……!キュラドの、せい……じゃ、ないよ!」
キュラドは静かに首を振りました。
「いや、女神が教えてくれたんだ。『傍から見れば、毎日女子高生を待ち伏せしたり、寮まで押しかけるのは不審者のやることだ』と」
「えっ……あ……そ、それは……そうかもしれない……」
SPはつい、キュラドと知り合ったばかりの頃のことを思い出していました。あの頃の自分も、キュラドのことを不審者だと思っていたのです。
「そうなのだな……」
キュラドは重いため息をつくと、どこか遠くを見るような目をしました。
「やはり、今後も迎えに行かないことにする……」
その言葉を聞いた瞬間、SPははっとしました。
SPは、手の中に残る鍵の重みを思い出しました。あの時は、キュラドに迎えに来てもらえなくなることばかりが気になり、その言葉の意味まで考えられていませんでした。
「……ふふっ、なんだ」
「何を笑っている」
「え、ううん……なにも……!」
SPはポケットに入れた鍵にそっと触れ、もう一度ふふっと笑いました。
気になることはまだあるけれど、今は彼のこの不器用な気遣いが、たまらなく愛おしいと思ってしまうのでした。
平日21時は「エスパー少女と吸血鬼」
土日は「VAMPIRE ON AIR !!」を更新していきます!
「このキャラのここが好き!」「ここが可愛い!」などありましたらぜひ教えてください!
「VAMPIRE ON AIR !!」はこちらから↓
https://ncode.syosetu.com/n1221mx/




