↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/11

第6話 泣き虫お嬢様

 連れて来られたのは、校舎の裏手にひっそりと佇む小さな温室でした。手入れは行き届いていませんが、色とりどりの野花が勝手気ままに咲き乱れ、柔らかな陽光がガラス越しに二人を包み込みます。

 SPは古びたベンチに腰を下ろし、ようやく呼吸を整えました。


「何があったか分かりませんけど、もう大丈夫ですの?」


 ハナヒメが首を傾げながら、穏やかに問いかけます。その屈託のない様子に、SPは戸惑いを隠せません。あれほど騒ぎになり、掲示板にあんな写真まで貼られていたのに。


「は、ハナヒメ、さん……き、昨日のこと、知らないの……?」

「昨日のこと……?」


 ハナヒメは人差し指を顎に当て、小鳥のように瞬きをして考え込みました。「何かあったかしら……」と本気で思い出せない様子です。


「け、掲示板に、その……わ、我の写真、が……」

「掲示板?……ああ、カイレイの仕業ですわね」


 SPが消え入りそうな声で告げると、ハナヒメは深いため息をつきました。その仕草には、驚きよりも呆れが滲んでいます。


「何が貼り出されていたかは、私は見てませんわ。あそこの掲示板はカイレイが悪趣味なものを貼り出してるだけなんですもの」


 ハナヒメは自嘲気味にふふっと微笑むと、少しだけ表情を曇らせました。


「でも、カイレイって昔から変わりませんわ。そうやって掲示板に人の秘密を晒したり、デタラメを書いたり……最低ですのよ。あの方、人の嫌がる顔を見るのがお好きなのですわ」


 SPは目を見開きました。

 自分を地獄に突き落としたあの掲示板の悪意を、ハナヒメは「いつものカイレイの最低な行い」として、バッサリと切り捨てたのです。


「……じゃ、じゃあ……あ、あの……昨日、しょ、昇降口の……が、ガラスとか、割れてたの……見た……?」

「それなら見ましたわ」

「それ……だ、誰がやったの……? だ、誰も……怪我、してない……?」

「誰って……勝手に割れたのではなくって? そのような話は聞いていませんわ」


 SPの強張っていた肩の力が、ふっと抜けました。


(……救われた……。わたし、また息が、できる……)


 SPが少しだけ晴れやかな顔になったのを見て、ハナヒメも嬉しそうに微笑みます。


「ねえ、もう少しお話ししませんこと? ……私、家族やカイレイ以外の方とお話しするのは、とっても久しぶりなんですのよ」


 SPはパッと顔を明るくして何度も頷きました。

 SPにとって、ハナヒメという少女はまるでおとぎ話の主役のように眩しく映りました。自分のような暗がりに逃げ込む影とは違う、柔らかな光を纏った存在です。


「ハ、ハナヒメさん、は……」

「ふふ、ヒメって呼んでくださいな。私の愛称ですのよ」

「……か、かわいい。ヒメ、ちゃん……」


 思わず本音が漏れると、ハナヒメは花がほころぶように笑いました。その温かさに少しだけ勇気をもらったSPは、ずっと気になっていたことを、つい口にしてしまいます。


「ヒ、ヒメちゃんは……どうして、お友達、いないの……?」


 言った直後、SPはハッとしました。自分も孤独な身でありながら、なんてデリカシーのないことを聞いてしまったのか。嫌われてしまう、と反射的に拳をギュッと握りしめて身を強張らせましたが、ハナヒメの反応は予想とは違うものでした。

 彼女は怒るでもなく、悲しむでもなく、頬をほんのり桜色に染めて少し恥ずかしそうに俯きました。


「よく泣いてしまって、面倒だって思われてしまいますの……」


 そう言って、ハナヒメは膝の上で指先をいじります。


「カイレイに何か言われると、どうしても涙が出てきてしまって……。一度泣くと止まらなくなって、教室を飛び出してしまいますのよ。そんな私を見て、皆様『関わると厄介だ』と仰るんですの。……私、とっても泣き虫で、お恥ずかしい限りですわ」


 ハナヒメの告白は、あまりにも純粋で無防備でした。

 SPは、自分と同じように「居場所のなさ」を感じている少女が目の前にいることに、深い親近感を覚えます。同時に、キュラドに「無様だ」と言われた自分の姿を重ねて、少しだけおかしくなりました。


「……に、似てる……。我も、すぐ……逃げちゃう、から……」

「あら、では……お揃いですわね?」


 ハナヒメが顔を上げ、いたずらっぽく微笑みます。

 SPの拳の力が、少しだけ緩みました。


「じゃ、じゃあ……あの、き、キズノさんのこと……し、し、知ってる?」

「キズノさん……? あの子、あまり目立たないから……よく分かりませんわ」


 ハナヒメは少し考えるように視線を上に向けましたが、すぐに困ったように首を傾げました。


「キズノさんがどうかしまして?」

「……う、ううん。な、なんでもないよ」


 SPは小さく首を横に振りました。まだ、昨日の出来事を誰かに話すのには抵抗がありました。言葉にしてしまえば、またあのときのことを思い出してしまいそうだったのです。

 それ以上、話は続きませんでした。

 少しの間、沈黙が二人の間に落ちます。温室の中には穏やかな空気が流れていましたが、会話が途切れたことで、SPはなんとなく気まずさを覚えました。何か話さなければ。そう思うほど、次の言葉が出てきません。

 必死に話題を探した末、SPはおずおずと口を開きました。


「……え、えっと……あの、ヒメちゃん……は、今日……どうして、ち、遅刻しちゃったの……?」

「私、朝がとっても弱いんですのよ……それに、学校もあんまり行きたくなくて……」

「ぜ、全然慌ててなかったね……?」

「遅刻には慣れてますわ」


 ハナヒメは、穏やかに微笑みました。遅刻したことにも、授業を抜け出して温室にいることにも、特に罪悪感を抱いている様子はありません。

 一方、SPは落ち着かない気持ちで周囲を見回しました。昨日は丸一日学校をサボってしまった上に、今も授業を抜けてここにいるのだと思うと、とても悪いことをしている気分でした。

 SPはしばらく迷うように俯いていましたが、やがて小さく顔を上げました。


「……い、一時間目が終わったら、教室……行こうかな……」

「あら、もう大丈夫ですの?」

「大丈夫かどうかは……わ、わかんないけど……でも、お、落ち着かなくて……」


 SPは膝の上で指先をぎゅっと握り合わせました。教室に戻るのは、やはり怖い。昨日のことを思い出すだけで、胸の奥がざわつきます。それでも、いつまでもここに隠れているわけにはいかないと思いました。

 ハナヒメはSPの様子を見つめ、少しだけ考えるように間を置きました。それから、柔らかく微笑みます。


「……分かりましたわ。じゃあ、頼りないかもしれませんが、私と一緒に行きましょう?」

「う……うん……! こ、心強い、よ……!」


 SPの表情がぱっと明るくなりました。まだ不安は消えていません。それでも、一人で教室に戻るのではないと思うだけで、少しだけ勇気が湧いてくるのでした。


 *


 ぽつりぽつりと会話をしていたところ、やがて、一時間目の終わりを告げるチャイムが校舎に響きました。

 SPはびくりと肩を揺らし、温室の外へと視線を向けます。とうとう、その時が来てしまいました。


「……い、行かなきゃ」

「ええ、行きましょう」


 ハナヒメに促され、SPはゆっくりと腰を上げました。温室の出口へ向かう足取りは重く、一歩進むごとに胸の奥の不安が膨らんでいきます。

 そんなSPの手を、ハナヒメがそっと握りました。


「あ……あの……」

「ごめんなさい、私がこうしたいんですの……。私に、勇気をくださいまし……」


 SPは驚いたようにハナヒメを見つめました。握られた手の温もりに、SPは戸惑いながらも、ほんの少しだけ力を込めました。

 教室の前まで来ると、SPの足はぴたりと止まりました。

 目の前には、見慣れた教室の扉があります。その向こうにいるクラスメイトたちの姿を想像しただけで、胸がぎゅっと締めつけられました。

 SPは扉に手を伸ばします。しかし、指先が触れる寸前で動かなくなってしまいました。


「……や、やっぱり、怖いよ」

「……」


 ハナヒメは何も言いませんでした。ただ、繋いだ手にぐっと力を込めると、SPの代わりに教室の扉を開きました。


「あ、ああっ……」

「大丈夫……一緒に入りましょう……」


 ハナヒメの声も、かすかに震えていました。

 繋いだ手から伝わってくる小さな震えに、SPは気づきました。それでも、彼女は手を離そうとはしませんでした。

 繋いでいない方の手は、昨日教えられた通りに、しっかり拳を握ります。

 SPは恐る恐る教室に足を踏み入れました。

 何人かのクラスメイトがこちらをちらりと見ました。しかし、すぐに何事もなかったかのように、それぞれの談笑へと戻っていきます。


「……ほら、大丈夫」

「う、うん……」


 SPは教室の中をそっと見回しました。予想していたような騒ぎは起きません。誰かが駆け寄ってくることも、声を上げることもありませんでした。

 まだ不安は残っていましたが、繋がれた手の温もりが、SPをその場に立たせてくれていました。

 ハナヒメはSPと手を繋いだまま、彼女の席まで付き添ってくれました。

 席のそばまでたどり着くと、ハナヒメはそっと手を離します。


「それでは……」

「あ、あのっ……ヒメちゃん……」

「……はい?」


 立ち去ろうとしたハナヒメを、SPは慌てて呼び止めました。

 けれど、いざ声をかけてみると、その先の言葉がなかなか出てきません。SPは視線を泳がせながら、指先をもじもじと動かしました。


「…………えっと……よ、よかったら、お、お昼……一緒に……」


 最後まで言い終わる前に、ハナヒメの顔がぱっと明るくなりました。


「ええ、ええ!もちろんですわ! 一緒に食べましょう!」


 弾むような返事に、SPは目を丸くしました。断られるかもしれないと身構えていたぶん、その迷いのない答えが、思いがけず嬉しく感じられました。

 SPはチラリと隣の席に目を向けました。

 カイレイが登校してきている様子はありません。どうやら、今日は休みのようでした。


(これなら……なんとか、頑張れる……)


 SPはほっと小さく息を吐きました。カイレイがいないだけで、教室にいることへの恐怖が少し和らいだ気がしました。

 続いて、SPはキズノの席へと視線を移します。

 彼女は今日もひっそりと、教室の風景に溶け込むように座っていました。周囲の談笑の中にあっても、特に目立つことはありません。


(……あっちは、また……後で……)


 SPはそっと視線を戻しました。

 そして、再び自分の手を見つめます。ぎゅっと握り締めた拳を確かめると、SPは小さくため息をつきました。

 昼休みのチャイムが鳴ると、SPはカバンからパンを取り出しました。そのすぐ後、ハナヒメが嬉しそうにお弁当箱を抱えてやってきました。手にしているのは、立派な重箱です。蓋を開けると、色とりどりのおかずがぎっしりと詰め込まれていました。


「す、すごいね……お弁当……」

「シェフが毎日張り切ってしまって……いつも食べきれないほど入れられてしまいますの……」

「シェ、シェフ……」


 SPは思わず聞き返してしまいました。


「SPさん、よかったら一緒に食べましょう?」

「わ、え、いいの……!? じゃあ、い、いただこうかな……!」


 ハナヒメに誘われ、SPは遠慮がちに頷きました。こうして誰かと一緒に昼食を取ること自体、まだ少し落ち着かないものの、ハナヒメの嬉しそうな様子につられて、自然と表情も和らいでいきます。


「あの……ひ、ヒメちゃん……」

「はい?」

「……わ、わ……れ……わ、わたし……のことは、え、エスって……呼んで……?」


 SPはパンを手にしたまま、恥ずかしそうに視線を伏せました。自分から呼び方をお願いするのは、思っていた以上に勇気がいることでした。


「エス……エスさん……! 素敵な呼び方ですわ! いつもご家族からそう呼ばれてますの?」

「あ、えっと……うん……お父さんと、お母さん……とか、あと……」


 答えかけたSPの脳裏に、ふとキュラドの顔が浮かびました。低く落ち着いた声で、自分を「エス」と呼ぶ彼の姿が思い出されます。声まで聞こえたような気がして、SPは思わず口をつぐみました。


「……エスさん?顔が赤いですわよ……?」

「な、いや、あの!な、なんでもないよ……!」


 SPは慌てて首を横に振りました。取り繕うようにパンへと視線を落としますが、頬の熱はなかなか引いてくれませんでした。


 そうして和やかに談笑していた時。教室の扉が、派手な音を立てて開かれました。突然の音に、SPは反射的にそちらを振り向きます。そこに立っていたのは、カイレイでした。

 さっきまでの昼休みの空気が、一瞬で張り詰めたものに変わったように感じられました。

 ハナヒメも、彼が来たことには気づいているようでした。それでも、何事もないかのようにSPとの会話を続けようとしています。けれど、その手に握られた箸は小刻みに震えていました。

 カイレイは二人のもとへ、ゆっくりと歩いてきます。そして、机の上に置かれていた、まだ封の開いていないSPのパンを摘み上げると、何のためらいもなく床へ落としました。

 SPは目の前で起きたことを理解できず、しばらくその場に固まっていました。


「た、食べ物を粗末になさるなんて……! 許せませんわ!!」


 ハナヒメは大声を上げ、勢いよく立ち上がりました。先ほどまで箸を持つ手を震わせていた彼女が、今はカイレイをまっすぐに睨みつけています。


「カイレイ! いい加減になさいまし! 今回ばかりは、絶対に見逃せませんわ!」


 普段の穏やかな物腰からは想像もつかない剣幕でした。声が教室中に響き渡り、昼食を取っていたクラスメイトたちも、何事かと二人へ視線を向けます。

 その勢いに、カイレイはいつもの無表情をわずかに崩し、困惑したような表情を浮かべていました。

 ハナヒメは言い切ると、肩で大きく息をしていました。カイレイを睨みつける瞳には、今にもこぼれ落ちそうな涙が滲んでいます。

 カイレイはそんなハナヒメの顔をじっと見つめました。しばらくしてから、今度はSPを一瞥します。けれど、それ以上何かをすることはなく、二人に背を向けて去っていきました。その姿が遠ざかっていくのを見届けても、ハナヒメの呼吸はなかなか落ち着きませんでした。


「……はぁっ……はぁっ……」

「だ……大丈夫……? ヒメちゃん……」


 ようやく我に返ったSPが、おそるおそる声をかけます。すると、ハナヒメの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちました。さっきまであれほど強く言い返していた彼女が、今は肩を震わせながら泣いています。


「え、エスさん……怖かったですわ……」

「あ、ありがとう……そう、だよね……怖かったよね……」


 SPは戸惑いながらも、ハナヒメの背中をさすりました。手のひらに伝わるハナヒメの体温を感じながら、SPは胸がいっぱいになっていました。


 *


 この日、結局カイレイが教室に戻ってくることはありませんでした。SPとハナヒメは、時折不安を感じながらも、なんとか一日を乗り切ることができました。

 放課後になると、ハナヒメが鞄を抱えてSPの席へとやってきました。どこか遠慮がちな様子です。


「エスさん、また明日……ですわ。ごきげんよう……」

「あ……う、うん!ありがとう、ヒメちゃん……!」


 SPが慌てて返事をすると、ハナヒメは小さく微笑みました。それから、名残惜しそうにもう一度SPを見て、教室を出て行きました。

 一人になったSPは、そっとキズノの席へ目を向けます。キズノは荷物をまとめ、帰り支度をしているところでした。

 今なら、声をかけられるかもしれない。そう思ったものの、いざ話しかけようとすると、手が震え始めました。SPはその手をぎゅっと握り締めます。


(今日は……やめとこう……)


 結局、SPは声をかけることができませんでした。

 鞄を手に取ると、キズノより先に教室を出て、帰路につきました。


 帰り道、日が落ちて辺りが暗くなると、SPの目の前にキュラドが現れました。そのまま城へと連れて行かれ、気づけばいつもの場所に立っていました。


「……学校はどうだった」

「あ、あのね……新しく、と、友達ができたんだ……ハナヒメちゃんって言ってね……」

「ふむ……友達、か……」


 キュラドは何やら考え込むように顎に手を添えました。

 SPは、以前のように喜んでくれるのかと思っていました。しかし、キュラドの表情にそのような様子はありません。むしろ、何かを慎重に見極めようとしているようでした。

 やがて、キュラドはSPへ視線を戻しました。


「その娘は信用に値するのか?」

「え……?」


 思いがけない問いに、SPは目を瞬かせました。


「キズノの時と同じようなことにならないか?また裏切られたらどうする?」


 キュラドの問いに、SPはびくりと肩を揺らしました。

 キズノの名前を出されると、胸の奥がきゅっと縮こまります。あのときの痛みは、まだ消えていません。それでも、今日の出来事を思い返すと、黙っているわけにはいきませんでした。


「ち、違うよ……ヒメちゃんは……違う……。ヒ、ヒメちゃんは、自分だって怖いのに……それでも、わ、我を守るために、カイレイに……怒って、くれたんだもん……」


 言葉を詰まらせながら、SPは懸命に訴えました。

 また裏切られるかもしれない。キュラドの言う通り、そうならないとは言い切れません。それでも、今日握ってくれた手の震えも、教室まで付き添ってくれたことも、自分のために声を上げてくれたことも、嘘だったとは思いたくありませんでした。


「……まあ、その娘がどうであれ、俺には関係のないことだ。それで、サイコキネシスの調子はどうだ?」


 キュラドはそれ以上、ハナヒメについて尋ねようとしませんでした。話を切り替えられたSPは、思わず彼の顔を見つめます。


(なんか、冷たい……?)


 SPは唇をきゅっと結び、傷ついたことを悟られまいと俯きました。

 それでも、ハナヒメを信じたいという気持ちは消えませんでした。むしろ、キュラドに否定されたことで、その思いはよりはっきりと形を持ち始めていました。


「……まだ、キュラドに……き、聞いてないこと……ある、よ」


 SPは俯いていた顔を上げ、ためらいがちに口を開きました。先ほどから胸に引っかかっていた疑問が、どうしても気になっていたのです。


「何だ」

「キズノさんのこと……どう、やって……調べたの……?」


 キュラドはSPの顔をじっと見つめ、口を閉ざしました。

 答えを待つSPでしたが、キュラドは何も話しません。視線を逸らすこともなく、ただ黙っていました。


(なんで、何も言わないの……? わたしに、言えないようなこと……してるの……?)


 長い沈黙のあと、キュラドはふっと息を吐きました。やがて、観念したように口を開きます。


「……最近、知り合った女がいる。その女に調べさせた。問いに対する回答は以上だ」

「な、なんで……そんなこと……?」

「興味があったから」


 あまりにもあっさりとした返答でした。


「……そっか」


 SPはそれ以上、問いを重ねられませんでした。

 彼の言葉が、なぜか胸に引っかかりました。キュラドが自分の知らない誰かと話し、その相手にキズノのことを調べさせるほど親しくしている。その光景を想像すると、胸の奥が落ち着かなくなります。

 キュラドが他の誰かに興味を持つことが、ひどく寂しく感じられました。自分のことを調べた時のように、その女にも何か特別な顔を見せたのだろうか。そんな考えが浮かび、SPは慌てて打ち消します。

 自分はただ、キュラドの研究に協力しているだけです。彼が誰と知り合おうと、誰に何を頼もうと、気にする理由などありません。それなのに、胸のざわつきは消えてくれませんでした。


「……ごめん、きょ、今日は……帰らせて……」


 気付けば、そんなことを口走っていました。


「…………いいだろう、少し待て」


 キュラドは懐から鍵を取り出し、SPの手に握らせました。


「これ……なに……?」

「ここに来るための鍵だ。明日からは、俺は迎えに行かない」

「え……?」

「自分の意思でここに来たいと思った時、この鍵を使え」


 キュラドの言葉が、やけに頭に残りました。

 SPは握った鍵の感触と、ずっしりとした重みを静かに感じていました。


平日21時は「エスパー少女と吸血鬼」

土日は「VAMPIRE ON AIR !!」を更新していきます!

「このキャラのここが好き!」「ここが可愛い!」などありましたらぜひ教えてください!


「VAMPIRE ON AIR !!」はこちらから↓

https://ncode.syosetu.com/n1221mx/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。