第88話 世界を消す光
「……殺しますよ。」
零司の指先から放たれた光が、地下遺跡を一瞬で照らした。
金色の細い光線。
これまで何度も見てきたデスビーム。
しかし、今回だけは明らかに違っていた。
光線が進むたび、その周囲に存在していた魔力そのものが消えていく。床に刻まれていた古代文字も、崩れた石壁も、空間を覆っていた黒い亀裂さえも、触れた場所から静かに消失していった。
ノクスは初めて、明確な驚きを顔に浮かべた。
「……何だ?」
デスビームはノクスへ向かっている。
だが、その途中にあるものまで消している。
ノクスは咄嗟に右手を掲げた。
「止まれ!」
空間が歪む。
これまでなら、どんな攻撃でもその歪みに触れた瞬間に消えていた。
しかし。
今回は違った。
デスビームは空間の歪みそのものを消しながら進んでいく。
「馬鹿な……!」
ノクスが後退する。
「この世界の法則を無視しているのではない……。」
「法則そのものを消しているのか……!」
ルシアが息を呑む。
「零司!」
「止めろ!」
零司は振り返らない。
「どうして?」
「そのままでは第八封印まで消える!」
「分かってる。」
「だったら!」
「だから狙ってる。」
ルシアは言葉を失った。
零司が狙っているのはノクスではなかった。
ノクスが開いた、第八封印そのもの。
世界と外側を繋いでいる巨大な亀裂だった。
「そんなことが……。」
零司は必死に意識を集中させる。
今までデスビームを撃つ時、相手の身体を狙っていた。
だが今回は違う。
消したいものを、自分で選ぶ。
アーク・ゼロの命令を消した時と同じだ。
ただし、規模が違う。
一つの命令ではない。
世界と外側を繋ぐ扉。
そこだけを消す。
「頼む。」
零司は小さく呟いた。
「消えてくれ。」
デスビームが亀裂へ触れた。
その瞬間。
世界が揺れた。
ズォォォォォン!!
巨大な衝撃波が発生し、全員の身体が吹き飛ばされる。
ガルドが地面へ叩きつけられ、セリナが悲鳴を上げる。
ボルグは盾を構えて耐えようとするが、それでも数メートル後ろへ押し流された。
アーク・ゼロだけが両足を地面へ突き刺し、零司の前に立っていた。
【保護対象】
【防御開始】
巨大な身体が盾となる。
そのおかげで零司だけは、吹き飛ばされずに済んだ。
「アーク・ゼロ……。」
【問題ありません】
「ありがとう。」
【当然です】
その声を聞いた零司は、少しだけ笑った。
しかし。
ノクスはまだ立っていた。
身体の半分が消えかけている。
黒い衣服は消え、左腕も肩から先がなくなっている。
それでも倒れない。
「素晴らしい……。」
ノクスは笑っていた。
「これほどとは。」
「何がそんなに嬉しいの?」
零司が尋ねる。
「君だよ。」
「君の力だ。」
ノクスは残された右手を零司へ向ける。
「私は正しかった。」
「この世界には、世界そのものを超える力が必要だった。」
「違うよ。」
零司は首を横に振る。
「力が必要なんじゃない。」
「使う人がどうするかだ。」
ノクスの笑顔が消える。
「綺麗事だ。」
「そうかもね。」
零司は苦笑した。
「でも、僕はそう思ってる。」
その瞬間。
第八封印の亀裂が大きく揺れた。
デスビームが少しずつ内部へ侵入していく。
世界の外側が消えていく。
しかし。
その向こう側から何かがこちらを覗いていた。
巨大な目。
それは生物の目ではなかった。
世界そのものを見ているような、巨大な意識。
零司の背筋に悪寒が走る。
「……まだ何かいる。」
ルシアが震える。
「そうだ。」
「ノクスが一人で来たわけじゃない。」
「世界の外側にいる存在が、こちらを認識したんだ。」
「だったら早く閉じないと。」
「急げ!」
零司は右手へ力を集中させる。
しかし。
その瞬間。
指先の光が弱くなった。
「……え?」
デスビームが細くなる。
零司は驚いて右手を見る。
今まで感じたことのない疲労が身体を襲っていた。
「力が……。」
膝が崩れる。
アーク・ゼロが支える。
【魔力低下】
【生命活動への負荷を確認】
「デスビームにも限界があるのか……。」
ルシアが叫ぶ。
「当たり前だ!」
「どれだけ強力な力でも、使うのはお前自身だ!」
零司は苦笑する。
「今さら言う?」
「今まで無茶しすぎたんだ!」
確かにそうだった。
今までデスビームを撃てば、どんな敵も一撃だった。
だからこそ、零司は自分の身体への負担を深く考えたことがなかった。
だが今回は違う。
世界の一部を消そうとしている。
負荷は桁違いだった。
「……あと少し。」
零司は立ち上がる。
「あと少しで閉じられる。」
ノクスがそれを見て笑う。
「無駄だ。」
「君の身体が先に壊れる。」
「だったら。」
零司は指先へ再び光を集める。
「壊れる前に終わらせる。」
「馬鹿な……!」
ノクスが叫ぶ。
「なぜそこまでして、この世界を守る!」
零司は少し考えた。
答えは意外と簡単だった。
「ここに友達がいるから。」
ガルドが目を見開く。
ボルグが笑う。
セリナは静かに頷く。
アーク・ゼロのコアも青く輝いた。
零司は再び右手を前へ伸ばす。
「それだけで十分だろ。」
デスビームが再び強く輝く。
今度は世界の外側へ向かって一直線に伸びた。
亀裂が少しずつ閉じていく。
巨大な目が遠ざかる。
ノクスの身体も消えていく。
「待て……!」
「私の研究が……!」
「世界を超える力が……!」
最後まで叫びながら。
ノクスの身体は完全に消えた。
そして。
最後に残った第八封印の亀裂が、静かに閉じる。
ズン……。
世界が静かになった。
地下遺跡には、もう何も残っていない。
零司は右手を下ろす。
「……終わった?」
誰も答えない。
全員が空を見上げている。
黒い雲が消えていた。
そして。
遠くから朝日が差し込んできた。
ルシアが静かに笑った。
「終わったよ。」
零司はその場に座り込む。
「よかった……。」
ガルドが近付いてくる。
「大丈夫か?」
「疲れただけ。」
「本当に?」
「うん。」
ボルグが大笑いする。
「最後の最後まで心配させやがって!」
セリナも笑う。
「でも。」
「これで終わったんですね。」
零司は空を見上げた。
「ああ。」
しかし。
その時。
アーク・ゼロのコアが一度だけ、青白く点滅した。
【最終命令】
【保護対象】
【生存確認】
【任務――完了】
そして。
アーク・ゼロは静かに目を閉じた。
零司はその巨体を見つめる。
「……アーク・ゼロ?」
返事はない。
だが。
白銀のコアだけは、まだ小さく光っていた。




