第87話 世界の外側
「さあ、始めようか。」
男の言葉が地下遺跡へ響いた。
零司は右手を前へ向けたまま、目の前の男を見つめていた。敵意は感じる。それなのに、不思議なことに殺気はない。まるで自分を殺すことよりも、何か別の目的を果たすことを楽しみにしているようだった。
「お前は何者だ?」
零司が尋ねる。
男は少しだけ首を傾ける。
「その質問は、さっきも聞いたね。」
「じゃあ答えてよ。」
「そうだな。」
男は笑った。
「私の名はノクス。」
「かつて、この世界の外側へ出た者だ。」
その言葉にルシアが反応した。
「世界の外側へ……?」
ノクスはルシアを見る。
「おや。」
「まだ生きていたのか。」
ルシアの表情が険しくなる。
「お前を知っているのか?」
零司が聞く。
「知っているとも。」
ノクスは笑う。
「私はアストリアの研究者だった。」
その一言に、ルシアが目を見開いた。
「嘘だ。」
「お前は……。」
「そう。」
ノクスが言葉を引き継ぐ。
「私が第八禁忌を作った。」
空気が凍った。
第八封印。
世界の外側。
そして、目の前の男。
すべてが繋がった。
「お前が……。」
ルシアが震える声で呟く。
「アストリアを滅ぼしたのか。」
ノクスは少し考えるように目を細めた。
「滅ぼした?」
「違うな。」
「彼らは自分から滅びた。」
「私の研究を恐れ、封印しようとした。」
「だから私は、世界の外へ逃げた。」
「そして気付いた。」
ノクスが両手を広げる。
「この世界は狭すぎる。」
「狭い?」
ガルドが剣を構える。
「世界が狭いだと?」
「そうだ。」
ノクスは笑う。
「魔法も。」
「生命も。」
「時間も。」
「空間も。」
「全てが、この世界という箱の中で決められたルールに従っている。」
「だが、外には何もない。」
「何もないからこそ。」
ノクスの瞳が怪しく輝く。
「何でもできる。」
零司は眉をひそめた。
「それで、何をするつもり?」
「簡単だ。」
ノクスは零司を指差す。
「君を利用する。」
「俺を?」
「君のデスビームは、この世界の法則を無視する。」
「だから世界の外側へ干渉できる。」
「つまり。」
ノクスは笑った。
「君がいれば、この世界と外側を完全に繋げられる。」
ルシアが叫ぶ。
「やめろ!」
「それをやれば世界が壊れる!」
「そうだろうね。」
ノクスはあっさり認めた。
「だから面白い。」
「……。」
「世界が壊れれば、新しい世界を作ればいい。」
零司は呆れたように息を吐いた。
「それ、随分と迷惑な話だね。」
「そうかな?」
「自分が楽しいからって、他の人まで巻き込むのはどうかと思うよ。」
ノクスの笑顔が消えた。
「……君は面白いね。」
「よく言われる。」
「だが、拒否権はない。」
ノクスが指を鳴らす。
その瞬間。
地下遺跡全体に黒い亀裂が走った。
空間そのものが裂けていく。
その向こう側に広がっていたのは、星空でも闇でもなかった。
色すら存在しない。
ただ、無限に広がる何か。
見ているだけで頭がおかしくなりそうな光景だった。
セリナが膝をつく。
「何……これ……。」
ボルグも顔をしかめる。
「見てるだけで気分が悪くなるな。」
ガルドは歯を食いしばる。
「零司。」
「分かってる。」
零司は右手を握る。
だが、アーク・ゼロが零司の前へ移動した。
【保護対象】
【戦闘参加】
「お前も戦うの?」
【肯定】
アーク・ゼロの巨大な拳が握られる。
ノクスが笑う。
「面白い。」
「古代兵器まで私の邪魔をするか。」
その瞬間。
アーク・ゼロが突進した。
巨大な拳がノクスへ迫る。
だが。
ノクスは動かない。
拳が触れる直前。
空間が歪んだ。
ドォン!!
アーク・ゼロの巨体が吹き飛ばされる。
地面を何度も跳ね、古代都市の壁へ激突した。
「アーク・ゼロ!」
零司が叫ぶ。
【損傷】
【戦闘継続可能】
ノクスは笑っていた。
「この程度か。」
ガルドが飛び出す。
「なら、俺が相手だ!」
剣が閃く。
ノクスは片手で受け止めた。
ガルドの表情が変わる。
「な……。」
「悪くない。」
ノクスが腕を振る。
ガルドの身体が吹き飛ぶ。
ボルグが盾を構えて突進する。
「次は俺だ!」
ノクスの足元へ巨大な斧が振り下ろされる。
しかし。
斧は届かなかった。
空間に触れた瞬間、刃が消える。
「なっ……!」
「この世界の攻撃では。」
ノクスは冷たく笑う。
「私には届かない。」
セリナが魔法を放つ。
無数の光弾が飛ぶ。
しかし、それも同じだった。
ノクスの前で消える。
誰も敵わない。
それを理解するには十分だった。
零司は静かに前へ出る。
「みんな、下がって。」
ガルドが起き上がる。
「零司……。」
「大丈夫。」
零司はノクスを見つめる。
「僕がやる。」
ノクスが嬉しそうに笑う。
「そうだ。」
「それでいい。」
「君だけが私を倒せる。」
零司は右手を上げる。
指先に金色の光が灯る。
デスビーム。
ノクスの表情が初めて変わった。
「……その力。」
「やはり美しい。」
零司は静かに答える。
「褒めても何も出ないよ。」
「ならば。」
ノクスの身体から黒い魔力が噴き出す。
「奪うまでだ。」
空間の亀裂が一気に広がった。
その向こう側から、無数の黒い腕のような影がこちらへ伸びてくる。
ノクスはその中心で笑う。
「黒崎零司。」
「世界の外側へ来い。」
「そこで、君の力の本当の意味を教えてやる。」
零司は首を横に振った。
「嫌だ。」
「……何?」
「世界の外側とか。」
「新しい世界を作るとか。」
「そういうの、興味ない。」
指先の光が強くなる。
「僕は、この世界で十分だよ。」
ノクスの顔から笑みが消えた。
「ならば。」
「ここで終わらせよう。」
次の瞬間。
世界の外側から、巨大な何かがこちらへ伸びてきた。
零司はそれを見上げる。
そして。
小さく息を吐いた。
「……殺しますよ。」
金色の光が、地下遺跡を照らした。




