第9話 53万です
翌日。
冒険者ギルドは朝から騒がしかった。
原因はもちろん霧島零司である。
薬草採取へ行った新人が、ついでのようにBランク魔物を消滅させた。
しかも無傷。
しかもFランク。
意味が分からない。
「絶対おかしいだろ」
「おかしいな」
「おかしいですね」
本人まで同意していた。
◇◇◇
「討伐報酬です」
ミリアが革袋を差し出す。
零司は受け取った。
中を見る。
予想より重い。
「多くないですか?」
「Bランク討伐報酬です」
「そんなに高いんですか」
「普通は命懸けですから」
なるほど。
零司は納得した。
すると近くの冒険者が苦笑する。
「お前の場合、命懸けじゃなかっただろ」
「そうでしょうか」
「熊が可哀想だった」
周囲が頷いた。
誰も反論しなかった。
◇◇◇
そんな時だった。
ギルドの扉が開く。
三人組の冒険者が入ってきた。
装備は上質。
雰囲気も違う。
実力者だ。
周囲がざわつく。
「あれは……」
「Cランクパーティー《紅狼》か」
「有名人だぞ」
零司は知らなかった。
異世界二日目である。
知るわけがない。
先頭の男が受付へ向かう。
鋭い目付き。
自信に満ちた表情。
そして報告書を見た。
Bランク討伐。
Fランク。
霧島零司。
男は眉をひそめる。
「ミリア」
「はい」
「冗談か?」
「何がです?」
「この報告書だ」
ミリアは頭を抱えた。
また始まった。
昨日から何人目だろう。
「事実です」
「そんなわけがない」
男は即答した。
そして零司を見る。
「お前か」
「はい」
「本当に倒したのか?」
「はい」
「一人で?」
「はい」
男は鼻で笑った。
「面白い」
周囲がざわつく。
嫌な空気だった。
◇◇◇
男の名はレオルド。
Cランク冒険者。
若くして成功した実力者である。
それゆえに。
プライドも高かった。
「新人」
「はい」
「魔力はいくつだ」
「3です」
ギルド内が静まり返る。
レオルドは笑った。
「3?」
「はい」
「3でBランク討伐?」
「はい」
「信じろと?」
「事実ですので」
レオルドは舌打ちした。
気に入らない。
非常に気に入らない。
何か裏がある。
そう思った。
◇◇◇
「なら試そう」
レオルドは懐から小さな魔道具を取り出した。
水晶球だった。
「これは?」
零司が聞く。
「戦闘能力測定器だ」
周囲がざわつく。
高価な品だ。
王都製。
普通の冒険者では持てない。
「面白そうですね」
零司は素直に言った。
レオルドは鼻を鳴らす。
「触れろ」
零司は従った。
水晶球に手を置く。
何も起きない。
しばらく待つ。
やがてレオルドが眉をひそめた。
「故障か?」
「壊れているんですか?」
「そんなはずは――」
その時。
零司が口を開いた。
「53万です」
沈黙。
ギルドが静まり返る。
レオルドも固まった。
ミリアも固まった。
ガンズも固まった。
全員が固まった。
「……は?」
レオルドが聞き返す。
「53万です」
零司はもう一度言った。
真顔だった。
「何が?」
「戦闘能力です」
「測定されてないだろ!」
ギルド中からツッコミが飛んだ。
零司は首を傾げる。
「そうなんですか?」
「そうなんですかじゃねぇ!」
ガンズが叫ぶ。
「どこから出てきた数字だ!」
「なんとなくです」
「なんとなくで53万が出る奴いるか!」
大爆笑が起きた。
久しぶりだった。
零司が笑われるのは。
ただし以前と違う。
馬鹿にする笑いではない。
呆れる笑いだった。
◇◇◇
レオルドだけは笑っていなかった。
気に入らない。
何もかも。
この男はおかしい。
だからこそ。
力ずくで確かめたくなった。
「新人」
「はい」
「訓練場へ来い」
空気が変わる。
周囲の冒険者たちが顔をしかめる。
レオルドは本気だ。
「模擬戦だ」
「模擬戦?」
「逃げるか?」
挑発だった。
零司は少し考える。
冒険者なら戦いも経験した方が良いかもしれない。
「分かりました」
あっさり了承した。
その瞬間。
ガンズが頭を抱えた。
「終わった……」
「どっちがだ?」
「レオルドが」
即答だった。
◇◇◇
訓練場。
人が集まる。
見物人も増える。
レオルドは剣を抜いた。
愛用の魔剣だ。
対する零司。
素手。
いつも通り。
「ルールは簡単だ」
レオルドが言う。
「降参するか、戦闘不能で負け」
「分かりました」
「本気で来い」
「善処します」
「善処するな!」
誰かが叫んだ。
周囲が頷く。
本当にその通りだった。
◇◇◇
開始の合図。
レオルドが動く。
速い。
さすがCランク。
一瞬で間合いを詰めた。
「終わりだ!」
剣が振り下ろされる。
そして。
零司は軽く指を向けた。
レオルドの顔が青ざめる。
ロイドの顔がさらに青ざめる。
ガンズは叫んだ。
「やめろぉぉぉ!!」
次の瞬間。
零司はため息混じりに言った。
「おやおや」
そして。
少しだけ困ったように続けた。
「今のは少し危なかったですよ」
黒い光が走る。
狙われたのはレオルドではない。
剣だった。
魔剣が音もなく消滅する。
柄だけを残して。
沈黙。
レオルドが固まる。
自分の手を見る。
剣を見る。
消えている。
完全に。
綺麗に。
「……え?」
その一言だけだった。
零司は首を傾げる。
「続けますか?」
レオルドは即座に首を横に振った。
人生最速だった。
ギルド中が爆笑した。
そしてその日。
Cランク冒険者レオルドに、
『魔剣ごと心を折られた男』
という新しいあだ名が付いたのだった。




