第10話 普通とは
「魔剣ごと心を折られた男」
翌朝。
レオルドはその二つ名を聞いて机に突っ伏した。
「やめろ」
「似合ってるぞ」
「やめろ」
「魔剣ごと心を折られた男」
「やめろ!」
ギルド酒場に笑い声が響く。
昨夜の模擬戦はすでに町中の話題になっていた。
新人冒険者。
魔力3。
山を消した男。
Bランク魔物を瞬殺した男。
そして。
Cランク冒険者の魔剣を消した男。
尾ひれまで付いている。
中には、
「ドラゴンを指先で倒した」
などという噂まで流れていた。
まだ倒していない。
◇◇◇
「また変な噂が増えてますね」
受付カウンターで零司が言う。
ミリアは報告書を整理しながらため息を吐いた。
「変なのは噂じゃなくてあなたです」
「そうでしょうか」
「そうです」
即答だった。
机の上には零司の記録が並んでいる。
登録三日。
魔力3。
山消滅。
Bランク討伐。
Cランク撃破。
意味が分からない。
「本当に新人ですか?」
「新人ですよ」
「ですよね」
「はい」
「ですよねぇ……」
ミリアは頭を抱えた。
確認しても意味はない。
分かっている。
分かっているのだが確認したくなる。
◇◇◇
そこへガンズがやって来た。
以前なら絶対になかった光景だった。
「おう」
「おはようございます」
「敬語やめろ」
「そうなんですか?」
「そうだ」
ガンズは椅子に腰掛ける。
少し前まで新人いじめをしていた男とは思えない。
すっかり毒気が抜けていた。
「今日は依頼受けるのか?」
「その予定です」
「何を受ける」
零司は掲示板を見る。
真剣な顔だ。
そして一枚剥がす。
ガンズが見る。
固まる。
「おい」
「はい」
「なんでまたBランク討伐を持ってる」
「間違えました」
「間違えるな」
周囲から笑いが起きた。
◇◇◇
結局。
零司が選んだのは薬草採取だった。
今度こそ本物である。
ミリアも確認した。
三回確認した。
「薬草採取です」
「はい」
「薬草だけです」
「はい」
「討伐依頼じゃありません」
「分かっています」
不安だった。
非常に不安だった。
◇◇◇
その時。
ギルドの入口が騒がしくなる。
数人の冒険者が駆け込んできた。
息を切らしている。
「大変だ!」
「どうした!」
バルドが声を上げる。
冒険者は慌てて答えた。
「街道で盗賊を見つけた!」
ギルド内がざわつく。
盗賊。
珍しくない。
だが次の言葉で空気が変わった。
「数は五十以上だ!」
静まり返る。
それは小規模盗賊団ではない。
立派な犯罪組織だった。
「場所は?」
「東街道!」
「商隊を襲う準備をしている!」
バルドの顔が険しくなる。
「厄介だな」
五十人。
普通の盗賊ではない。
討伐依頼になるだろう。
◇◇◇
すると。
零司が手を挙げた。
「質問ですが」
「何だ」
バルドが答える。
「盗賊は悪人ですか?」
全員が首を傾げる。
当たり前だ。
「悪人だな」
「なるほど」
零司は頷いた。
少し安心したようだった。
その反応にガンズが嫌な予感を覚える。
非常に嫌な予感だった。
「お前」
「はい」
「何を考えてる」
「いえ」
零司は笑顔で答える。
「悪人なら問題ないかと」
沈黙。
ギルド内が静まり返る。
ガンズ。
ミリア。
レオルド。
ロイド。
全員が顔を見合わせる。
問題ない?
何が?
誰も聞きたくなかった。
◇◇◇
バルドは咳払いする。
嫌な流れを変えるためだった。
「それは後だ」
「そうですか」
「まずは情報収集を行う」
正しい判断だった。
盗賊討伐は準備が必要だ。
場所。
人数。
装備。
全部調べなければならない。
しかし。
零司だけは少し残念そうだった。
◇◇◇
そして。
その様子を二階から見ている男がいた。
高価な服。
金色の髪。
整った顔立ち。
若い貴族だった。
男はワインを飲みながら呟く。
「面白い」
視線の先には零司。
「魔力3」
「新人」
「山を消した男」
口元が歪む。
「本当なら面白い」
男の名はカイル・フォン・レグナード。
男爵家三男。
そして。
自分より目立つ人間を嫌う男だった。
「少し遊んでやるか」
不穏な言葉が落ちる。
階下では。
何も知らない零司が薬草採取の依頼書を眺めていた。
こうして。
霧島零司とカイル。
二人の出会いはまだ先。
だが確実に。
面倒事の足音は近付いていた。




