第8話 初めての依頼
翌朝。
霧島零司は朝日と共に目を覚ました。
昨夜はギルド近くの安宿に泊まった。
部屋は狭かったが十分だ。
屋根がある。
ベッドがある。
何より野宿ではない。
異世界一日目としては上出来だった。
「さて」
身支度を整える。
冒険者証を確認する。
銅色のプレートにはFランクの文字。
少し嬉しい。
前世では会社員だった。
冒険者になったのは初めてである。
当然だった。
「初依頼ですね」
今日は薬草採取だ。
新人らしい仕事である。
危険も少ない。
まずは異世界生活に慣れることが大事だろう。
そう考えながら宿を出た。
◇◇◇
冒険者ギルド。
朝から賑わっていた。
依頼へ向かう者。
依頼から帰った者。
酒を飲んでいる者。
色々である。
零司が入ると何人かが振り返った。
そして少しだけ道を空けた。
「おはようございます」
零司は会釈する。
冒険者たちは慌てて頭を下げた。
「お、おう」
「おはよう」
妙に礼儀正しい。
昨日とは大違いだった。
零司は首を傾げる。
良い人たちなのだろう。
たぶん。
◇◇◇
受付ではミリアが待っていた。
零司を見るなり立ち上がる。
「おはようございます」
「おはようございます」
「本当に薬草採取へ行くんですね」
「はい」
「そうですか……」
なぜか複雑そうだった。
「何か問題が?」
「いえ」
大ありだった。
薬草採取に山破壊級の冒険者が向かう。
前例がない。
「念のため確認します」
ミリアは真顔になる。
「薬草だけ採取してください」
「はい」
「魔物が出ても周囲を見てください」
「はい」
「デスビームは極力使わないでください」
「善処します」
「善処じゃなくて!」
思わず叫んでしまった。
周囲の冒険者たちが吹き出す。
ミリアは頭を抱えた。
不安しかない。
◇◇◇
南の草原は町から一時間ほどだった。
穏やかな風。
広がる緑。
青い空。
異世界らしい景色である。
「良い場所ですね」
零司は歩きながら周囲を見渡した。
薬草採取の依頼書によれば、目的の薬草は川沿いに群生しているらしい。
しばらく進む。
すると。
「あれですね」
目的の薬草を見つけた。
青い葉を持つ植物だ。
依頼書の絵と同じである。
「意外と簡単でした」
しゃがみ込む。
一本。
二本。
三本。
順調に採取していく。
初めての依頼としては完璧だった。
その時。
ドォォォン!!
遠くで爆音が響いた。
零司が顔を上げる。
「?」
再び爆音。
そして悲鳴。
何かあったらしい。
◇◇◇
少し離れた場所。
そこでは冒険者パーティーが必死に戦っていた。
「まずい!」
剣士が叫ぶ。
目の前には巨大な魔物がいた。
全長十メートルを超える黒い熊。
鋼鉄のような毛皮。
真っ赤な目。
危険指定Bランク。
《ブラッドベア》。
本来なら中堅パーティーが総力戦で挑む相手だった。
「逃げろ!」
「無理です!」
魔法使いが叫ぶ。
一人が吹き飛ばされる。
盾役も倒れる。
完全に敗北だった。
「くそっ!」
誰もが死を覚悟した。
その時だった。
「大丈夫ですか?」
場違いな声が聞こえた。
全員が振り返る。
そこには。
薬草籠を持った青年が立っていた。
「誰だ!?」
「冒険者です」
零司は答えた。
「Fランクですが」
冒険者たちの顔が引きつる。
Fランク。
新人。
最悪だった。
死者が一人増えるだけである。
「逃げろ!」
剣士が叫ぶ。
「そいつはBランクだ!」
「そうなんですか」
零司は巨大な熊を見る。
確かに大きい。
危険そうだ。
するとブラッドベアが咆哮を上げた。
地面が震える。
普通なら恐怖で動けなくなる。
だが零司は少し考え込んだ。
「困りましたね」
ぽつりと呟く。
「薬草を踏まれそうです」
冒険者たちが固まる。
心配するところが違う。
◇◇◇
ブラッドベアが突進した。
地響きを立てながら迫る。
速い。
圧倒的な速度だった。
「避けろ!」
誰かが叫ぶ。
しかし零司は動かない。
そして。
ため息を吐いた。
「おやおや」
その一言だった。
指を向ける。
黒い光が走る。
次の瞬間。
ブラッドベアが消えた。
轟音すらない。
血もない。
肉片もない。
ただ消滅した。
沈黙。
風が吹く。
草が揺れる。
それだけだった。
冒険者たちは固まっている。
何も理解できない。
零司は消えた熊がいた場所を見る。
「終わりましたか」
誰も返事をしない。
「皆さん?」
やっと一人が口を開いた。
震えながら。
「……何をした?」
「デスビームです」
零司は答えた。
当然のように。
しかし。
その言葉を聞いた冒険者たちは。
なぜか絶望したような顔をしていた。
◇◇◇
数時間後。
ギルド。
ミリアは依頼達成報告書を見ていた。
薬草採取。
達成。
ここまでは良い。
問題はその下だった。
【南部草原に出現した危険指定Bランク魔物を討伐】
「なんでですか……」
思わず呟く。
薬草採取に行ったはずだった。
なのにまたBランク討伐。
ギルドマスターのバルドも頭を抱えている。
そしてその頃。
張本人は。
「薬草採取って意外と大変ですね」
そんな感想を述べながら、初めての依頼報酬を数えていた。
もちろん。
自分が町中で話題になっていることなど、まったく知らなかった。




