第7話 Fランク冒険者
「では、登録手続きを行います」
訓練場から戻った後。
ギルド内の空気は完全に変わっていた。
先ほどまで笑っていた冒険者たちは妙に静かだ。
視線だけが集まっている。
誰も近寄らない。
誰も絡まない。
まるで危険な魔物でも見るような目だった。
零司としては少し寂しい。
「嫌われているのでしょうか」
「違うと思うぞ」
ミリアが即答した。
「では?」
「恐れられています」
「なぜですか?」
「心当たりありません?」
「ありませんね」
ミリアは遠い目をした。
この人、本当に自覚がない。
◇◇◇
冒険者登録は順調に進んだ。
名前。
年齢。
出身地。
職業。
一つずつ確認していく。
「名前は?」
「霧島零司です」
ミリアのペンが止まる。
「珍しい名前ですね」
「そうなんですか?」
「この辺りでは聞きません」
異世界だから当然だった。
零司は曖昧に笑う。
危ない。
転生者だと説明するわけにもいかない。
「出身地は?」
「森です」
「森?」
「目が覚めたら森でした」
ミリアは書くのをやめた。
困った顔をしている。
「森出身ということで」
「そんな出身地あります?」
「今できました」
「なるほど」
納得した。
ミリアは納得していなかった。
◇◇◇
「登録完了です」
やがて一枚のカードが差し出された。
銅色のプレート。
冒険者証らしい。
零司は少し感動する。
「おお」
「そんなに嬉しいですか?」
「はい」
異世界冒険者。
少し憧れていた。
ミリアは複雑な顔をした。
その能力でFランクなのか。
誰もがそう思っている。
しかし規則は規則だった。
冒険者は全員Fランクから始まる。
たとえ山を消していても。
「本日からあなたはFランク冒険者です」
「よろしくお願いします」
零司は丁寧に頭を下げた。
その様子にミリアは少し驚く。
礼儀正しい。
本当に礼儀正しい。
だから余計に怖い。
山を消した人間には見えない。
◇◇◇
「さて」
バルドが現れた。
「早速だが依頼を受けるか?」
「受けられるんですか?」
「冒険者だからな」
零司の顔が少し明るくなる。
ようやく異世界らしくなってきた。
依頼掲示板へ向かう。
そこには大量の依頼書が貼られていた。
薬草採取。
荷物運搬。
魔物討伐。
迷子探し。
様々である。
「まずは薬草採取だな」
ミリアが説明する。
「Fランクの定番です」
「なるほど」
零司は真剣に依頼を見る。
そして。
「これにします」
一枚を取った。
ミリアが確認する。
固まった。
「え?」
「これです」
「これ?」
「はい」
沈黙。
周囲の冒険者も覗き込む。
そして全員固まる。
依頼書にはこう書かれていた。
【危険指定Bランク魔物討伐】
「新人が受ける依頼じゃねぇ!!」
ギルド中からツッコミが飛んだ。
零司は驚く。
「そうなんですか?」
「そうなんですかじゃない!」
ミリアが叫ぶ。
「Fランクですよね!?」
「はい」
「Bランクです!」
「アルファベット一文字しか違いませんが」
「四段階違います!」
なるほど。
それは違う。
零司は納得した。
◇◇◇
周囲では冒険者たちがざわついていた。
「死ぬ気か?」
「いや死なねぇだろ」
「確かに」
誰かが呟く。
全員が思い出す。
岩山消滅。
あれを見てしまった以上。
Bランク魔物の方が可哀想だった。
「しかし規則だ」
バルドが言う。
「Fランクは受けられん」
「そうですか」
零司は素直に依頼を戻した。
そして別の依頼を見る。
【薬草採取】
「これで」
「それです!」
ミリアが即答した。
今日一番元気な声だった。
◇◇◇
薬草採取。
報酬は銅貨五枚。
新人向け依頼。
危険性も低い。
本来なら誰も注目しない。
しかし。
「なぁ」
「何だ」
「薬草採取で山消えないよな?」
「知らん」
冒険者たちが不安そうに話している。
零司は聞こえていなかった。
依頼書を眺めている。
「場所は北の森ですか」
その瞬間。
空気が凍った。
北の森。
今朝、山が消えた場所。
「別の場所にしましょう!」
ミリアが即答する。
「え?」
「南です!」
「そんなに違いますか?」
「違います!」
必死だった。
◇◇◇
結局。
南の草原で薬草採取をすることになった。
冒険者証を受け取り。
依頼書を受け取り。
ギルドを出ようとしたその時。
「待て」
低い声が響く。
振り返る。
そこにはガンズがいた。
新人を馬鹿にしていたEランク冒険者である。
先ほどまで青ざめていた男。
零司は少し首を傾げた。
「何でしょう」
ガンズは数秒迷った。
そして。
頭を下げた。
ギルドが静まり返る。
「悪かった」
零司は目を丸くする。
「何がです?」
ガンズの肩が震えた。
やはり覚えていない。
いや。
本当に気にしていないのだ。
あれだけ馬鹿にされたのに。
「……そうかよ」
ガンズは苦笑した。
なんだか馬鹿らしくなった。
目の前の男は。
強い。
とんでもなく強い。
だが。
嫌な奴ではない。
少なくとも今のところは。
「薬草採取、頑張れ」
「ありがとうございます」
零司は笑顔で答えた。
ガンズはその笑顔を見て思う。
この人。
本当に普通の冒険者になるつもりなんだな、と。
そして。
それが一番恐ろしいことにまだ気付いていなかった。
翌日。
南の草原で起きる事件によって。
Fランク冒険者、霧島零司の名前は再び町中に広まることになる。




