第6話 普通ではありません
誰も喋らなかった。
風だけが吹いている。
つい先ほどまで存在していた岩山は消えていた。
跡形もなく。
本当に綺麗に。
まるで最初から存在しなかったかのように。
訓練場に集まっていた冒険者たちは、その光景を呆然と見つめていた。
理解が追い付かない。
理解できるはずがない。
「……え?」
最初に声を出したのはミリアだった。
受付嬢として働き始めて三年。
冒険者の能力は数え切れないほど見てきた。
火球。
氷槍。
風刃。
土壁。
どれも理解できる。
だが今のは何だ。
何が起きた。
どういう理屈だ。
頭の中が真っ白だった。
「消えた……?」
誰かが呟く。
「岩山が……」
別の誰かが答える。
そして。
「消えたぁぁぁぁっ!!」
絶叫した。
それを合図にしたように訓練場が大混乱に陥る。
「何だ今の!?」
「魔法か!?」
「いや違う!」
「見えなかったぞ!」
「山が消えたぞ!?」
「本当に消えたぞ!?」
大騒ぎだった。
さっきまで笑っていた冒険者たちが、今度は悲鳴を上げている。
中には腰を抜かしている者までいた。
当然だった。
遠くに見えていた巨大な岩山が、一瞬で消滅したのだ。
夢でも見ている気分だった。
◇◇◇
その中心で。
零司は首を傾げていた。
「……?」
なぜ騒いでいるのだろう。
よく分からない。
確かに岩山は消えた。
しかし前にも山が消えた。
デスビームとはそういう能力なのだろう。
だから見せてほしいと言われたので見せただけである。
「何か問題が?」
ぽつりと呟く。
その一言で周囲が静まり返った。
全員が零司を見る。
本人は本気だった。
演技ではない。
本当に分からない顔をしている。
それが逆に怖かった。
「問題しかねぇよ!」
ガンズが叫んだ。
顔色は真っ青だった。
先ほどまでの余裕は消えている。
完全に消えている。
「え?」
「山が消えたんだぞ!」
「岩山ですね」
「そこじゃねぇ!」
訓練場中から同意の声が上がった。
「そうだ!」
「そこじゃない!」
「何でそんな冷静なんだ!」
零司は困った。
冷静も何も。
自分も驚いている。
「でも、前も山が消えましたし」
沈黙。
全員が固まる。
今。
何と言った。
「……前も?」
バルドが聞く。
「はい」
「前も山を消したのか?」
「たぶん」
たぶん。
その言葉が恐ろしかった。
本人に自覚がない。
全員がそう理解した。
◇◇◇
「おい新人」
ガンズの声が震えていた。
「魔力いくつだった」
「3です」
「だよな?」
「はい」
「おかしいだろうが!」
ガンズは頭を抱えた。
魔力3。
その事実は変わらない。
測定済みだ。
間違いない。
しかし目の前では山が消えた。
理屈が破綻している。
「魔力3で何であんな威力が出るんだ!」
「分かりません」
零司は正直に答えた。
「私も不思議です」
「お前が不思議がるな!」
また訓練場にツッコミが響く。
◇◇◇
ミリアは震える手で記録用紙を見ていた。
魔力3。
固有スキル・デスビーム。
そして。
岩山消滅。
書いてある内容が全部おかしい。
「ギルドマスター……」
「分かっている」
バルドの顔も険しい。
これは新人ではない。
怪物だ。
しかも本人がその自覚を持っていない。
それが一番厄介だった。
「お前」
バルドは零司を見る。
「もう一度聞く」
「はい」
「本当に何者だ?」
零司は少し考えた。
転生者です。
そう答えても信じてもらえないだろう。
だから事実だけを答える。
「冒険者志望です」
沈黙。
そして。
ガンズが叫んだ。
「違うだろ!」
「何がですか?」
「全部だよ!」
◇◇◇
その時だった。
一人の若い冒険者が恐る恐る手を挙げる。
「なぁ」
「何だ」
「もしあのビームを人に撃ったらどうなるんだ?」
空気が凍った。
誰も考えたくなかったことだ。
しかし確かに気になる。
岩山が消えた。
なら人間ならどうなる。
零司は少し考えた。
そして答えた。
「たぶん死ぬと思います」
「たぶん!?」
「いや、ほぼ確実に」
「当たり前だ!」
誰かが叫ぶ。
周囲が一斉に後退した。
数歩。
いや十歩ほど。
明らかに距離が広がった。
零司は少し傷付いた。
「皆さん避けすぎでは?」
「近付きたい奴がいると思うか!?」
ガンズのツッコミが冴え渡る。
◇◇◇
そして。
事件はまだ終わらなかった。
ギルドの扉が勢いよく開く。
一人の伝令兵が飛び込んできた。
息を切らしている。
「ギルドマスター!」
「何だ!」
「北方監視塔から緊急報告です!」
バルドが眉をひそめる。
まだ何かあるのか。
伝令兵は叫んだ。
「本日消滅した山ですが!」
「うむ!」
「調査の結果!」
ごくり。
誰もが息を飲む。
そして。
「その先にあった盗賊団の砦も消えていました!」
沈黙。
「さらに危険指定B級魔物の巣も消滅!」
沈黙。
「ついでに古代遺跡の一部も消失しています!」
沈黙。
全員がゆっくりと零司を見る。
零司も少し驚いていた。
「そんなに当たってたんですか」
軽い。
反応が軽すぎる。
バルドは額を押さえた。
頭が痛い。
ものすごく痛い。
そして確信する。
この男を普通の新人として扱ってはいけない。
絶対に。
何があっても。
「ミリア」
「は、はい」
「冒険者登録を進めろ」
「え?」
「登録料はギルドが出す」
訓練場がざわつく。
本来あり得ない対応だった。
しかしバルドは真顔だった。
「それと」
ゆっくり零司を見る。
「できれば今後、人がいる場所ではそのスキルを使うな」
零司は素直に頷いた。
「分かりました」
その返事を聞いて。
なぜか全員が少しだけ安心した。
もっとも。
彼らはまだ知らない。
この男が今後、
城を消しかけ。
魔王軍を半壊させ。
神々すら頭を抱える存在になることを。
そして零司本人だけが最後まで、
「私は普通の冒険者ですよ?」
と言い続けることも。




