第84話 白銀のコア
「暴走の本当の原因だ!」
ルシアの叫びが響いた直後、アーク・ゼロの胸部が大きく開いた。
黒い装甲が左右へ展開し、その奥から白銀の球体が姿を現す。直径は一メートルほどしかない。それなのに、その小さな球体から放たれている魔力は、巨大な兵器本体を遥かに上回っていた。
白銀の光が明滅するたび、禁域全体の大地が震える。
「何なんだ、あれは……。」
ガルドが呟く。
「アーク・ゼロの魔力炉か?」
「違う。」
ルシアは首を横に振った。
「魔力炉なら、あんなものは必要ない。」
「だったら何だ。」
ルシアは答えられなかった。
長い沈黙の後、ようやく口を開く。
「……心臓だ。」
「心臓?」
「アーク・ゼロを動かしているものじゃない。」
ルシアの視線が白銀の球体へ釘付けになる。
「アーク・ゼロそのものを、生かしているものだ。」
その言葉に零司は眉をひそめた。
「生かしている?」
「そうだ。」
「アーク・ゼロは機械じゃない。」
「正確には、機械だけではない。」
ルシアは苦しそうに言葉を続けた。
「アストリアの研究者たちは、兵器に生命を与えた。」
「ただ命令に従うだけの兵器では、デスビーム保持者を倒せないと考えたからだ。」
「だから、心を与えた。」
「意思を。」
「感情を。」
「そして、成長する力を。」
零司は目の前の巨大な兵器を見上げた。
先ほどまでの冷たい機械音声。
しかし今、その身体は激しく震えている。
赤い瞳が何度も点滅していた。
【命令実行】
【対象排除】
【異常】
【命令実行】
【異常】
同じ言葉を繰り返している。
まるで、自分自身の中で何かが戦っているようだった。
「命令と意思が喧嘩してる。」
零司が呟く。
ルシアが驚いて振り返った。
「……そうだ。」
「アーク・ゼロは、もう自分で考えられる。」
「でも、最初に刻まれた命令を消せない。」
「だから暴走してるんだ。」
零司は白銀のコアを見つめる。
「じゃあ、あいつも苦しいんじゃないの?」
「そうだろうな。」
ルシアは静かに答えた。
「だからこそ、危険なんだ。」
アーク・ゼロの身体が大きく震える。
次の瞬間、白銀のコアから巨大な魔力の波が放たれた。
ズドォォォォン!!
大地が吹き飛ぶ。
ガルドたちは反射的に防御姿勢を取った。
「うおおっ!」
ボルグが盾を構え、セリナも防御魔法を展開する。
だが、零司だけはその場から動かなかった。
魔力の奔流が零司へ迫る。
そして。
零司の身体へ触れる直前。
光が霧のように消えた。
「……え?」
セリナが目を見開く。
零司自身も驚いていた。
「今の……。」
「デスビームじゃない。」
ルシアが呟く。
「君が無意識に消した。」
「僕が?」
零司は自分の手を見る。
指先には何もない。
ただ、妙な感覚だけが残っていた。
今までデスビームを使う時は、必ず指先に意識を集中させていた。
だが今は違った。
「消そうと思っただけなんだけど。」
ルシアの顔が強張る。
「それが本当なら……。」
「デスビームは、もう単なる光線じゃない。」
その言葉を聞いた瞬間、零司の頭の中で何かが繋がった。
試練の塔。
フレージ。
最初に使ったデスビーム。
そして、今の現象。
「……そういうことか。」
零司は小さく呟く。
デスビームは破壊の力ではない。
存在を消す力。
ならば。
「消すことしかできないとは限らない。」
ルシアが息を呑む。
「どういう意味だ?」
「今の魔力。」
「僕に触れる前に消えた。」
「でも、アーク・ゼロそのものを消したわけじゃない。」
零司は白銀のコアを見る。
「だったら、狙える。」
「命令だけを。」
ルシアの目が大きく見開かれる。
「……そんなことが。」
「できるかどうかは分からない。」
零司は苦笑した。
「でも、やってみる。」
ガルドがすぐに声を上げる。
「無茶だ!」
「失敗したらどうなるか分かっているのか!」
「分かってる。」
零司は頷く。
「だからこそ、僕がやる。」
「デスビームは僕にしか使えない。」
ガルドは何も言えなかった。
零司はアーク・ゼロへ向かって歩き出す。
巨大な兵器が反応する。
【対象接近】
【排除】
腕が持ち上がる。
しかし零司は止まらない。
「待って。」
ルシアが叫ぶ。
「何をするつもりだ。」
「少し話してみる。」
「話?」
「うん。」
零司はアーク・ゼロを見上げた。
「お前。」
「本当に俺を殺したいのか?」
アーク・ゼロの赤い瞳が明滅する。
【排除】
「そうじゃなくて。」
零司はさらに一歩進む。
「お前自身はどうしたい?」
【排除】
「命令じゃない。」
【排除】
「お前の意思だ。」
【――】
初めて、返答が途切れた。
アーク・ゼロの腕が止まる。
赤い瞳が点滅する。
そして。
【……ワカラナイ】
機械音声とは思えないほど、弱々しい声が響いた。
ルシアが息を呑む。
「喋った……。」
【ワタシハ】
【ナゼ】
【コノ命令ヲ】
【実行シナケレバナラナイ】
零司は静かに答えた。
「知らないよ。」
「でも。」
「分からないなら、一緒に考えよう。」
アーク・ゼロの身体が震える。
【一緒ニ……?】
「ああ。」
「だから。」
零司は右手を前へ伸ばした。
指先に、細い光が生まれる。
金色の光。
それを見たルシアが叫ぶ。
「零司!」
「待て!」
しかし零司は止めなかった。
「大丈夫。」
「今度は壊すためじゃない。」
デスビームが白銀のコアへ向かって伸びていく。
誰もが息を止めた。
光がコアへ触れる。
そして。
【命令情報へ接続】
【削除対象を選択してください】
零司の目の前に、無数の文字が浮かび上がった。
アーク・ゼロを構成する膨大な情報。
その中に一つだけ、赤く点滅する命令があった。
【デスビーム保持者を排除せよ】
零司はそれを見つめる。
そして静かに笑った。
「見つけた。」
指先の光が、わずかに強くなる。
「これを消せばいいんだな。」
その瞬間。
アーク・ゼロの全身が激しく震えた。
【警告】
【最重要命令への干渉を確認】
【阻止】
【阻止】
【阻止】
赤い瞳が激しく点滅する。
だが零司は光を離さない。
「もういい。」
「誰かに命令されなくても、自分で決めればいい。」
デスビームが、赤い命令へ触れる。
そして。
ゆっくりと、その文字が消えていった。
【命令――】
【消去】
次の瞬間。
アーク・ゼロの身体から、凄まじい魔力が一気に抜け落ちた。
赤黒かった空が元の色へ戻っていく。
枯れ果てていた木々の一部が再び芽吹き始める。
大地の震動も止まる。
アーク・ゼロは膝をついた。
巨大な身体を支える力すら残っていないようだった。
そして、最後に一言だけ。
【……アリガトウ】
その声を聞いた零司は、静かに笑った。
「どういたしまして。」
だが。
誰も気付いていなかった。
白銀のコアの奥深く。
消したはずの命令とは別の場所に、ひとつだけ残された黒い文字が存在していたことを。
【第二命令】
【対象――黒崎零司】
【保護】
そして、その文字がゆっくりと青白く輝き始める。




