第83話 暴走する世界
アーク・ゼロの全身から、赤黒い魔力が噴火のように噴き上がった。
その瞬間だった。
ズゴォォォォォン!!
大地が大きく隆起し、禁域全体が激しく揺れる。
立っていることすら難しいほどの地震だった。
何百年、何千年と眠り続けていた古代都市が悲鳴を上げるように崩れ始め、石造りの建物は次々と倒壊していく。
空には巨大な亀裂が走り、黒い雲が渦を巻き始めた。
まるで世界そのものが拒絶反応を起こしているかのようだった。
「何だ、この魔力量は……!」
ガルドは剣を地面へ突き立て、身体を支える。
王国最強騎士として数え切れないほどの強敵と戦ってきた。
魔王軍の幹部とも剣を交えた。
しかし、これほど膨大な魔力は感じたことがない。
量が違う。
質が違う。
一人の生物が持つ魔力ではない。
禁域そのものが、巨大な魔力炉へ変わってしまったようだった。
セリナは青ざめながら周囲を見渡す。
「禁域全体の魔力が……吸われています……!」
彼女の言葉通りだった。
木々が一斉に枯れていく。
花は色を失い、大地はひび割れ、湖は一瞬で干上がった。
生命力そのものが奪われている。
ルシアは唇を噛み締めた。
「最悪の事態だ……。」
「説明しろ!」
ガルドが叫ぶ。
ルシアは視線をアーク・ゼロから離さず答えた。
「アーク・ゼロには最後の命令が組み込まれている。」
「最後の命令?」
「ああ。」
「デスビーム保持者を排除できない場合。」
「禁域に存在する全魔力を使ってでも排除しろ。」
全員の顔色が変わる。
「そんな命令を作ったのか!」
ボルグが怒鳴る。
「違う!」
ルシアも思わず声を荒げた。
「私じゃない!」
「当時の研究者たちだ!」
「彼らは恐れていた!」
「デスビームを!」
その声には怒りと悔しさが滲んでいた。
ルシアは静かに目を閉じる。
遠い昔の記憶が蘇る。
巨大な研究都市。
白衣を着た研究者たち。
毎日のように繰り返される議論。
『もし制御できなかったらどうする?』
『世界が滅ぶ。』
『なら世界を守る兵器が必要だ。』
『どんな犠牲を払ってでも止められる兵器を。』
その結論が、アーク・ゼロだった。
世界を守るための兵器。
だが。
今、その兵器こそが世界を壊そうとしている。
「皮肉なものだ……。」
ルシアは苦笑した。
「守るために造られた兵器が、世界を滅ぼすなんて。」
零司は静かにアーク・ゼロを見つめる。
巨大な兵器は苦しむように震えていた。
まるで暴走したくて暴走しているわけではない。
命令に逆らえない。
そんな風にも見えた。
「……苦しんでる。」
零司が小さく呟く。
「え?」
セリナが聞き返す。
「あの兵器。」
「壊したくて壊してるんじゃない。」
「止められないんだ。」
ルシアは驚いたように零司を見る。
「分かるのか?」
「うん。」
「何となくだけど。」
その時だった。
アーク・ゼロの瞳が零司を捉える。
【魔力吸収率 三十二%】
【目標値未到達】
【吸収継続】
ゴゴゴゴゴ……
禁域の奥からさらに膨大な魔力が流れ込んでいく。
そして。
遠く離れた場所からも光が集まり始めた。
ガルドが目を見開く。
「あれは……。」
禁域の外。
王国の方角だった。
「まさか!」
セリナの声が震える。
「禁域の外からも魔力を吸い始めています!」
つまり。
このまま暴走が続けば。
王国中の魔術師。
魔物。
植物。
あらゆる生命から魔力を奪い始める。
時間の問題だった。
ルシアは静かに言った。
「あと十分。」
「十分後には禁域の結界を突き破る。」
「そこから先は止まらない。」
「世界中の魔力を吸い尽くす。」
誰も言葉を失った。
十分。
短すぎる。
ボルグは盾を握り締める。
「ぶっ壊すしかねぇ!」
「無理だ。」
ルシアは首を振る。
「装甲は再生する。」
「核を壊しても再構築される。」
「デスビームでも駄目なのか?」
ガルドが尋ねる。
ルシアは少し考え、静かに答えた。
「壊すことはできる。」
「だが。」
「今のまま撃てば、禁域そのものが消える。」
零司は目を見開く。
「え?」
ルシアは禁域全体を指差した。
「デスビームは存在を消す。」
「暴走したアーク・ゼロは今、禁域そのものと接続している。」
「つまり。」
「今撃てば。」
「兵器だけじゃない。」
「禁域も。」
「古代都市も。」
「ここに眠る全ての歴史も。」
「存在ごと消滅する。」
静寂が流れた。
撃てば勝てる。
だが、その代償はあまりにも大きい。
何千年もの歴史が消える。
もう二度と取り戻せない。
ガルドは零司を見た。
「選べ。」
その一言だった。
誰も口を挟まない。
最後に決めるのは零司だ。
世界を守るために禁域を消すのか。
それとも別の方法を探すのか。
零司はゆっくり目を閉じた。
フレージなら。
迷わず撃っただろう。
効率だけを考えるなら、それが最善だ。
しかし。
零司は黒崎零司だった。
「……嫌だ。」
静かに目を開く。
その瞳には決意が宿っていた。
「どっちも助ける。」
「アーク・ゼロも。」
「禁域も。」
「世界も。」
ボルグが苦笑する。
「無茶苦茶言いやがる。」
ガルドは口元を緩めた。
「だが。」
「それでこそ、お前だ。」
ルシアも静かに笑った。
「やっぱり。」
「君はフレージじゃない。」
その瞬間だった。
アーク・ゼロの胸部が大きく開き、内部から眩い白銀の球体が姿を現した。
ルシアの表情が一変する。
「しまった!」
「あれは……!」
「暴走の本当の原因だ!」




