第80話 最初の観測者
「この世界で最初に、デスビームを見た者だ。」
その言葉が、禁域の静寂へ落ちた。
誰も反応できなかった。
デスビーム。
その名前を知っている者は、この世界にはほとんどいない。
ましてや、零司以外が口にすることなどあり得ないはずだった。
「……どうして、その名前を知っているんですか?」
零司の声は自然と低くなる。
警戒している。
だが、目の前の青年から敵意は感じられなかった。
むしろ。
長い間、誰かを待ち続けた者のような寂しさがあった。
青年はゆっくりと歩いてくる。
その姿にガルドが剣を向けた。
「止まれ。」
鋭い声。
しかし青年は足を止めることなく、零司だけを見ていた。
「安心して。」
「君たちに危害を加えるつもりはない。」
「なら、まず名乗れ。」
ガルドの言葉に、青年は少し笑った。
「そうだね。」
「失礼した。」
青年は胸へ手を当てる。
「僕の名前は、ルシア。」
「かつて存在した古代文明――アストリアの研究者だ。」
その名前を聞いた瞬間。
零司の頭の奥で、また何かが弾けた。
アストリア。
知らない名前。
知らないはずなのに。
なぜか懐かしい。
「研究者……?」
セリナが警戒しながら尋ねる。
「何を研究していたんですか?」
ルシアは零司を見る。
「彼だよ。」
全員の視線が零司へ集まる。
「正確には。」
「彼の中にある力。」
零司の表情が変わる。
「僕の?」
ルシアは頷いた。
「デスビーム。」
その言葉が再び響く。
「それは魔法ではない。」
「魔力でもない。」
「この世界の法則から外れた力だ。」
ガルドが眉をひそめる。
「外れた力?」
「そう。」
ルシアは空を見上げる。
「この世界に存在する全ての力には、元となる法則がある。」
「魔法は魔力を変換する。」
「剣技は身体能力を極限まで高める。」
「特殊能力も、魂や才能に由来する。」
「でも、デスビームだけは違う。」
零司は黙って聞いていた。
自分自身でも分からなかった力。
指先から放たれる、ただ一つの光線。
どんな敵も。
どんな防御も。
全てを消し飛ばす力。
「では、何なんですか?」
セリナが尋ねる。
ルシアは静かに答えた。
「存在そのものを否定する力。」
空気が凍る。
「破壊ではない。」
「燃やすわけでもない。」
「切るわけでもない。」
「そこにあるという事実そのものを消す。」
その説明を聞き、誰も言葉を失う。
試練の塔。
フレージ。
そして今。
全てが一本の線で繋がり始めていた。
「じゃあ……。」
零司が呟く。
「僕は一体何なんですか?」
ルシアは少し悲しそうな顔をした。
「それは、僕にも分からない。」
「分からない?」
「ああ。」
「だから僕は研究した。」
ルシアは禁域の奥へ視線を向ける。
そこには朽ち果てた巨大な都市の跡が広がっていた。
「アストリアは、この力を解明しようとした。」
「そして失敗した。」
「なぜ?」
ガルドが聞く。
ルシアは少し黙る。
そして答えた。
「理解しようとしたからだ。」
「……?」
「デスビームは、理解できるものではなかった。」
「研究すればするほど分かった。」
「これは武器ではない。」
「これは――」
ルシアは零司を見る。
「持つ者を選ぶ力だ。」
零司は拳を握る。
「選ぶ?」
「ああ。」
「そして。」
ルシアの表情が初めて険しくなる。
「選ばれた者が間違った使い方をすれば、この世界は終わる。」
その瞬間。
禁域全体が大きく揺れた。
地面の奥から、巨大な魔力が噴き上がる。
ルシアの顔から余裕が消える。
「……まずい。」
「どうした?」
ガルドが構える。
ルシアは遠くを見る。
「目覚める予定ではなかった。」
「何が?」
数秒後。
地面が割れる。
朽ちた都市の中心。
巨大な地下施設の扉が開いていく。
その奥から現れたのは――。
黒い装甲に覆われた巨大な人型兵器。
古代文明の遺産。
だが、その目には赤い光が灯っている。
ルシアが呟く。
「アストリア最終兵器。」
「デスビームを止めるために作られた存在。」
零司の背筋に冷たいものが走る。
「僕を……止める?」
ルシアは頷く。
「違う。」
「正確には。」
巨大兵器が零司へ視線を向ける。
機械音声が響く。
【対象確認】
【デスビーム保持者】
【排除開始】
その瞬間。
禁域全体を揺らすほどの咆哮が響き渡った。




