第74話 第二試練 知恵の間
眩い光が収まると、零司たちの目の前には先ほどまでの草原は消え去っていた。
そこは巨大な円形の神殿だった。
天井は見えないほど高く、壁一面には古代文字が刻まれている。床は白い大理石で造られ、その中央には直径十メートルほどの黒い台座が鎮座していた。
神殿には敵の姿はない。
魔物もいない。
静寂だけが支配していた。
「ここが……第二試練か。」
ガルドが辺りを見回す。
先ほどとは違う。
殺気はまるで感じられない。
だからこそ不気味だった。
偽零司はいつもの穏やかな笑みを浮かべたまま、ゆっくりと神殿の中央へ歩いていく。
「第二試練、『知恵の間』へようこそ。」
その言葉と同時に、黒い台座が淡く輝き始めた。
古代文字が空中へ浮かび上がる。
【問】
【最も価値ある力とは何か】
たったそれだけだった。
全員が顔を見合わせる。
「……質問?」
ボルグが思わず口にする。
「はい。」
偽零司は頷いた。
「答えを導き出してください。」
「それだけか?」
「それだけです。」
ガルドは腕を組んだ。
「最も価値ある力、か。」
騎士らしい答えなら決まっている。
「剣だ。」
即答だった。
「民を守るためには力が必要だ。」
その瞬間。
床が赤く光る。
【不正解】
神殿全体へ重い鐘の音が響いた。
「違うのか。」
ガルドは眉をひそめる。
続いてボルグが前へ出る。
「なら、仲間だ。」
「一人では勝てない。仲間こそ最も価値ある力だ。」
再び床が光る。
【不正解】
「これも違うか。」
今度はセリナだった。
「知識です。」
魔術師らしい答えだった。
「知識があるから技術が生まれ、文明が発展する。」
【不正解】
三人連続で外れた。
神殿は何事もなかったかのように静まり返る。
偽零司は何も言わない。
答えを教える気はないらしい。
ガルドが天井を見上げる。
「何が正解なんだ。」
誰にも分からない。
その時、零司が壁一面の古代文字をじっと見つめていることに少女が気付いた。
「何かある?」
「うん。」
零司は壁へ近付く。
「この文字。」
「質問じゃない。」
「え?」
ガルドたちも壁を見る。
しかし意味は読めない。
古代文字だからだ。
零司だけが、不思議と理解できていた。
まるで誰かの記憶が教えてくれているかのように。
壁にはこう刻まれていた。
『答えは一つではない』
『己が信じる答えを示せ』
零司は小さく息を吐いた。
「なるほど。」
「分かったの?」
少女が尋ねる。
零司は頷いた。
「この試練は、正解を当てる試験じゃない。」
偽零司の眉が僅かに動く。
「続けてください。」
「自分が本当に信じていることを答えられるか、試してるんだ。」
ガルドたちはハッとした。
だから誰の答えも間違いではない。
心から信じ切れていなかっただけなのだ。
零司はゆっくりと台座の前へ立った。
「僕の答えは。」
静寂が神殿を包む。
「優しさです。」
その瞬間だった。
神殿全体が黄金色に輝き始める。
壁の古代文字が一斉に光を放つ。
偽零司が驚いたように目を見開いた。
「……まさか。」
床へ巨大な文字が浮かぶ。
【承認】
【理由を述べよ】
零司は少し照れくさそうに笑った。
「力だけじゃ誰かを守れない。」
「知識だけでも救えない。」
「でも、誰かを助けたいと思う気持ちがあるから、人は力を鍛えるし、知識も学ぶ。」
「だから始まりは全部、優しさなんじゃないかなって。」
静かだった。
誰も口を開かない。
ガルドも。
セリナも。
ボルグも。
少女も。
ただ零司の言葉を聞いていた。
やがて偽零司が深く頭を下げる。
「……お見事です。」
その声には、先ほどまでの軽さはなかった。
「第二試練、突破。」
神殿全体へ祝福の鐘が鳴り響く。
しかし次の瞬間だった。
ゴゴゴゴゴ……
神殿そのものが揺れ始める。
壁の古代文字が黒く染まっていく。
偽零司の表情が初めて強張った。
「……そんな馬鹿な。」
「どうした?」
ガルドが剣へ手を掛ける。
偽零司は黒く染まる文字を見つめたまま、小さく呟いた。
「第三試練が……」
その声は震えていた。
「目覚めてしまいました。」
神殿の最奥。
固く閉ざされていた巨大な扉が、ゆっくりと軋みながら開き始める。
その奥から流れ出してきたのは、今まで感じたことのないほど静かな威圧感だった。
まるで、誰かがそこに座って待っているかのように。




