第70話 熱烈なファン
「ただの熱烈なファンです」
その一言で草原全体の空気が凍り付いた。
誰も安心していない。
むしろ先ほどより不安になっていた。
フレージ本人ではない。
それは良い。
だが熱烈なファンという単語が問題だった。
非常に問題だった。
なぜなら、この場にいる全員が知っているからである。
フレージという存在を深く知れば知るほど、まともな感想は出てこない。
畏怖。
恐怖。
嫌悪。
トラウマ。
だいたいこの辺りになる。
その結果として、現在の管理者会議には「フレージ被害者の会」と呼ばれる非公式組織まで存在していた。
会員数は七万八千三百二十四名。
全員現役管理者である。
そして会長はもちろんアークだった。
そんな存在の熱烈なファン。
まともな精神状態であるはずがなかった。
「お前……」
アークが震える声で呟く。
「まだ残っていたのか……」
偽零司は優雅に胸へ手を当てた。
「もちろんです」
誇らしそうだった。
「私は試練の塔管理人格第一号。かつて偉大なるフレージ様に直接お会いした数少ない存在です」
その言葉を聞いた瞬間、管理者会議がざわついた。
「生存者だったのか」
「むしろよく生きてたな」
「普通は消滅してるだろ」
「運が良いのか悪いのか分からん」
本人だけが嬉しそうだった。
「フレージ様は実に素晴らしいお方でした」
「どこがだ!!」
アークのツッコミが炸裂した。
管理者たちも一斉に頷く。
偽零司は心外そうな顔をした。
「何を仰るのです」
「全部だ!!」
即答だった。
「全部駄目だっただろうが!!」
「そうでしょうか?」
本気で分かっていない顔だった。
危険だった。
非常に危険だった。
「例えば」
偽零司は指を立てる。
それだけでアークが身構えた。
完全に条件反射だった。
「フレージ様は一度も約束を破ったことがありません」
草原が静かになる。
確かに意外だった。
アークですら反論しなかった。
「それは……そうだな」
渋々認める。
偽零司は得意げになった。
「でしょう?」
「約束そのものを忘れてただけだがな!!」
即座に補足が飛んだ。
空気が重くなる。
偽零司の笑顔も少しだけ固まった。
「……細かいことです」
「細かくねえよ!」
ガルドたちは話についていけなかった。
だが何となく理解できる。
フレージという人物は相当面倒臭かったらしい。
「とにかく」
偽零司は咳払いをした。
「試練を開始しましょう」
その言葉と共に草原全体へ巨大な魔法陣が広がる。
地平線まで届くほど巨大な術式。
神代文字が空を埋め尽くす。
ガルドたちは思わず武器を構えた。
だが攻撃は来ない。
代わりに空中へ金色の文字が浮かび上がる。
【第一試練】
【最強を超えよ】
その下へ続きが現れる。
【挑戦者:ガルド一行】
【試験官:黒崎零司】
ガルドは頭を抱えた。
「だから何でだ」
「頑張ってください」
偽零司は爽やかだった。
腹が立つほど爽やかだった。
「なお」
さらに文字が増える。
【試験官への攻撃は禁止】
「待て」
ガルドが反応する。
嫌な予感しかしない。
【試験官が負傷した時点で挑戦者失格】
「待て待て」
さらに嫌な予感がする。
【試験官を怒らせた場合も失格】
草原が静まり返った。
ボルグが呟く。
「無理では?」
全員頷いた。
無理だった。
圧倒的に無理だった。
零司自身も困惑している。
「えっと……僕何もしなくていいんですか?」
「はい」
偽零司は微笑む。
「立っているだけで結構です」
「それ試験なんですか?」
「もちろんです」
全く説明になっていなかった。
アークは頭を抱えている。
老人も頭を抱えている。
少女も頭を抱えている。
ガルドたちも頭を抱えている。
誰一人として納得していなかった。
だが試練は始まってしまった。
その時だった。
偽零司が空を見上げる。
そして妙に嬉しそうな顔をした。
「ああ」
その視線の先。
空の彼方。
塔の最上階付近。
何かが光った。
次の瞬間、空間が裂ける。
そこから現れたのは巨大な玉座だった。
金色と白で装飾された豪華な玉座。
そして、その上に座る人影。
白い装甲。
優雅な姿勢。
足を組みながらこちらを見下ろしている。
零司にそっくりだった。
だが違う。
圧倒的に違う。
その存在感だけで分かる。
「あれは……」
ガルドが息を呑む。
少女が顔を覆った。
アークは椅子から転げ落ちた。
管理者会議では悲鳴が上がる。
偽零司は満面の笑みを浮かべた。
「皆様、ご安心ください」
誰も安心していない。
「こちらは私が再現したフレージ様の映像です」
その言葉を聞いた瞬間、アークが叫んだ。
『そんなもの再現するなァァァ!!』
草原へ絶叫が響き渡った。




