第69話 攻略不可能な第一試練
第一試練の内容を聞いた瞬間、その場にいた全員が固まった。
「この世界で最も強い者を倒してください」
白髭の老人は穏やかな笑みを浮かべながらそう告げた。そして迷いなく零司を指差す。
「対象は黒崎零司です」
数秒の沈黙が流れた。
ガルドは老人を見た。次に零司を見た。もう一度老人を見た。
「確認するぞ」
「はい」
「零司を倒せば試練突破なんだな?」
「その通りです」
「正気か?」
「もちろんです」
即答だった。
そのやり取りを見ていた少女は深々とため息を吐いた。
「やっぱりそうなったか……」
嫌な予感はしていた。塔の最上階で見たあの人影。管理人格が残っている可能性。そしてフレージ絡みの遺産でまともなものを見た記憶がないという経験則。その全てが最悪の形で当たってしまった。
空の裂け目の向こうでは管理者会議も大騒ぎになっていた。
「何やってるんだあの塔!」
「第一試練の時点で無理ゲーじゃないか!」
「いや待て、理屈としては間違ってないぞ」
「それが一番困る!」
「確かに今この場で一番強いのは零司だろ!」
アークは机に突っ伏していた。
『だから嫌だったんだ……』
その声には心の底からの疲労が滲んでいた。
一方で零司本人は状況を理解できていなかった。
「でも僕そんなに強くないですよ?」
その発言に管理者会議が静まり返る。
数秒後、爆発した。
「聞いたか!?」
「そんなに強くないらしいぞ!」
「銀河消滅の元凶が!」
「次元崩壊の原因が!」
「会議室二十七棟を吹き飛ばした男が!」
『だから本人に自覚がないんだ!!』
アークの叫びが響く。
零司は首を傾げるばかりだった。
そもそも本人はフレージではないという認識なのだから当然である。
その時だった。
老人が杖を掲げた。
「では試練を開始します」
草原に魔法陣が浮かび上がる。神代文字が無数に走り、世界そのものが震え始めた。ガルドたちは即座に警戒態勢に入る。これまで見たどんな魔法とも違う。世界法則そのものを動かしているような感覚だった。
魔法陣の中心へ光が集まる。
最初は人型だった。
次第に輪郭が鮮明になっていく。
黒髪。
白いコート。
穏やかな顔立ち。
そして見覚えのある顔。
「俺?」
零司が思わず声を上げた。
そこに立っていたのは黒崎零司そのものだった。
身長も。
顔も。
服装も。
完全に一致している。
まるで鏡の中から出てきたようだった。
しかし少女は見た瞬間に表情を曇らせた。
「違う」
小さく呟く。
ガルドが振り返る。
「何がだ?」
「あれは零司じゃない」
即答だった。
「顔は同じ。でも中身が違う」
その言葉にアークが険しい表情になる。
『まさか……』
老人も顔色を変えた。
『あり得ん……』
管理者たちがざわつき始める。
どうやら何かに気付いたらしい。
偽の零司はゆっくりと目を開いた。
その瞳には知性があった。
人格があった。
ただの分身や幻影ではない。
独立した存在だった。
そして彼は周囲を見回すと、どこか懐かしそうに微笑んだ。
「おやおや」
その声を聞いた瞬間、少女が頭を抱えた。
「終わった」
「何がだ」
「全部」
全く説明になっていなかった。
だが嫌な予感だけは十分伝わった。
偽の零司は自分の手を眺める。
指を開き。
閉じる。
何度か繰り返す。
そして満足そうに頷いた。
「久しぶりですね」
誰に向けた言葉なのか分からない。
しかし管理者たちの反応を見る限り、嫌な予感しかしない。
アークが立ち上がった。
『お前……まさか……』
偽零司は笑う。
穏やかに。
優雅に。
そして指を一本立てた。
その瞬間、管理者会議の半数が悲鳴を上げた。
「やっぱりだ!」
「その仕草!」
「忘れるわけがない!」
「トラウマが蘇る!」
老人が天を仰ぐ。
アークが頭を抱える。
少女はその場にしゃがみ込んだ。
偽零司はそんな周囲の反応を楽しむように微笑んでいた。
そしてゆっくりと言葉を紡ぐ。
「どうやら皆さん、私のことをご存知のようですね」
静寂が訪れる。
誰も返事をしない。
返事をしたくない。
そんな空気だった。
偽零司はさらに笑みを深くした。
「安心してください」
その言葉に全員が身構える。
絶対に安心できない。
本能がそう告げていた。
そして彼は優雅に一礼した。
「私はフレージ本人ではありません」
その言葉に僅かな安堵が広がる。
しかし次の一言で全て吹き飛んだ。
「ただの熱烈なファンです」
空の裂け目の向こうで、アークが静かに机へ頭を打ち付けた。




