第64話 歴史上最大の譲歩
拍手が鳴り響いていた。
管理者会議の会場で。
誰も笑っていない。
全員本気だった。
先ほどまで零司討伐を叫んでいた男が。
転移直前で思い留まった。
それだけで英雄扱いだった。
「よく戻った」
「立派だったぞ」
「生きて帰ってきたな」
「判断力が残っていて安心した」
男は涙ぐんでいた。
褒められているのか馬鹿にされているのか分からない。
だが。
少なくとも誰も挑戦しようとは思っていないらしい。
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零司は首を傾げていた。
「何だったんでしょう」
ガルドも同じ気持ちだった。
何だったんだろう。
本当に。
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会議室の中央。
白髭の老人は深くため息を吐いた。
「状況を整理します」
ようやく話が進みそうだった。
管理者たちも席へ戻る。
先ほどまで大騒ぎしていた連中とは思えないほど真面目な顔になる。
ただし。
全員どこか疲れていた。
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老人が指を鳴らす。
空中に巨大な資料が現れた。
その表紙には大きく書かれている。
【フレージ対策会議 第八万九千三百二十一回】
ガルドが固まる。
セリナも固まる。
ボルグも固まる。
騎士たちも固まる。
回数がおかしい。
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「八万?」
ガルドが呟く。
「うん」
少女が頷いた。
「少ない方だよ」
全員が絶句した。
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老人は淡々と説明を始める。
「まず結論から申し上げます」
会議室が静まる。
「現在の黒崎零司はフレージではありません」
ガルドたちが安堵する。
やっぱり別人だった。
しかし。
老人は続けた。
「ただし」
その一言で空気が凍る。
「完全な別人とも言い切れません」
やっぱりそうだった。
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「何なんだ結局」
ガルドが聞く。
老人は少し考えた。
そして。
「卵です」
全員が沈黙した。
「卵?」
「はい」
老人は頷く。
「まだ孵化していない状態です」
意味が分からない。
しかし。
少女だけは納得していた。
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「簡単に言えば」
老人は続ける。
「黒崎零司という人格の中にフレージの記録が眠っています」
零司が自分を指差す。
「僕の中に?」
「はい」
「どれくらいですか?」
老人は少し迷った。
そして。
正直に答えた。
「九十九・九パーセントほど」
森が静まり返った。
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「ほぼ全部じゃねえか!!」
ガルドが叫んだ。
初めてだった。
王国最強が全力でツッコミを入れたのは。
老人も頷く。
「私もそう思います」
真顔だった。
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零司はしばらく考え込む。
そして。
「つまり」
全員が耳を傾ける。
「僕は僕ですよね?」
老人が固まった。
管理者たちも固まった。
少女も固まった。
数秒後。
老人は静かに笑った。
「そうです」
その答えは本心だった。
「貴方は黒崎零司です」
零司が笑う。
それを見た瞬間。
老人は少しだけ安心した。
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だが。
会議室の奥から別の声が上がる。
「なら放置するのか?」
空気が変わった。
先ほどとは違う。
真面目な話だ。
発言したのは女性の管理者だった。
鋭い目をしている。
歴戦の戦士のような雰囲気があった。
「記録が目覚めればどうなる?」
誰も答えない。
老人も。
少女も。
巨人も。
沈黙している。
それが答えだった。
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女性管理者は続ける。
「我々は知っている」
重い声だった。
「フレージが何をしたか」
会議室の空気が冷える。
先ほどまでの雰囲気が消える。
誰も笑わない。
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「銀河消滅」
女性が言う。
「次元崩壊」
さらに言う。
「管理世界の半壊」
さらに言う。
「因果律の破損」
ガルドたちは何一つ理解できない。
だが。
危険なのは分かる。
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そして女性は零司を見る。
「もし目覚めれば」
真っ直ぐに。
「全世界が危険になる」
重い言葉だった。
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その瞬間。
零司が口を開く。
「なら」
全員が見る。
零司を。
「目覚めなければいいんですよね?」
あまりにも単純な答えだった。
だが。
その場にいた全員が言葉を失う。
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老人はゆっくり目を閉じた。
そして。
笑った。
何千年ぶりか分からないくらい自然に。
「そうですね」
本当にそうだった。
難しく考えすぎていたのかもしれない。
今ここにいるのはフレージではない。
黒崎零司なのだ。
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だが。
その時だった。
空が再び震える。
今度は会議室ではない。
もっと遠く。
もっと深い場所。
世界の外側。
さらにその外側。
少女の顔色が変わる。
今までで最悪だった。
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「嘘でしょ」
小さく呟く。
老人も立ち上がる。
女性管理者も顔色を失う。
会議室全体が騒然となる。
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零司だけが分からない。
「どうしたんです?」
少女が空を見上げたまま答える。
「最悪の奴が起きた」
「誰です?」
少女は乾いた笑みを浮かべた。
そして。
こう言った。
「フレージを封印しようとして」
「逆に封印された奴」
森が静まり返る。
その瞬間。
空の裂け目の向こうで。
巨大な何かが目を開いた。




