第62話 伝説の被害者
白銀の巨人は泣いていた。
正確には涙は流していない。
機械だからだ。
しかし。
誰が見ても泣いていた。
『やっぱりいるじゃないですか!!』
その絶叫が封鎖区域へ響き渡る。
零司は後ろを振り返る。
やはり何もいない。
木がある。
岩がある。
空がある。
それだけだ。
「誰もいませんよ?」
『います!!』
即答だった。
『私には見えます!!』
「気のせいでは?」
『気のせいで済む相手ではありません!!』
巨人は半泣きだった。
⸻
ガルドたちは完全についていけなくなっていた。
何も見えない。
なのに。
昨日の黒い男も。
今日の巨人も。
零司の後ろを見て怯えている。
共通している。
つまり。
本当に何か見えているのだろう。
見えない方が幸せな気もした。
⸻
少女は笑いを堪えながら巨人へ近付く。
「久しぶり」
『管理補佐個体〇七番』
「まだその呼び方なんだ」
『識別名が存在しないため』
どうやら知り合いらしい。
セリナが驚く。
「あなた何者なの?」
少女は少し考えた。
そして。
「元管理者側」
全員が固まった。
⸻
「元?」
ガルドが聞く。
「うん」
少女は頷く。
「昔は世界を管理する側だった」
「神か?」
「違う」
即答だった。
「ブラック企業の社員みたいなもの」
誰も分からなかった。
ただ。
大変そうなのは伝わった。
⸻
巨人がゆっくり立ち上がる。
まだ震えている。
『過去記録を開示します』
空中へ光が浮かぶ。
映像だった。
古代技術による記録映像。
そこに映し出されたのは。
巨大な会議室。
数百人の管理者たちが集まっている。
神々しい存在ばかりだ。
だが。
全員疲れていた。
もの凄く疲れていた。
⸻
映像の中の管理者が言う。
『議題一』
『フレージ問題について』
全員が頭を抱えた。
会議開始三秒だった。
もう疲れている。
『先週の被害報告をお願いします』
別の管理者が立ち上がる。
『第三銀河消滅』
『第五管理領域消滅』
『観測用次元消滅』
『会議室三号消滅』
『休憩室消滅』
『食堂消滅』
『倉庫消滅』
『私の家も消滅』
最後だけ私情だった。
⸻
会議室が静まり返る。
そして。
全員が天井を見上げた。
現実逃避である。
『原因は』
誰かが聞く。
報告担当者は無表情で答えた。
『全部フレージです』
会議室の全員が崩れ落ちた。
⸻
映像が切り替わる。
次は戦闘記録だった。
宇宙空間。
何百人もの管理者軍団。
巨大艦隊。
惑星兵器。
封印装置。
ありとあらゆるものが並んでいる。
その光景だけで、一つの宇宙戦争が成立する規模だった。
だが。
映像を見た瞬間。
誰もが理解した。
問題は軍勢ではない。
その中心だった。
⸻
そこには玉座があった。
宇宙空間に。
何の支えもなく。
漆黒の玉座が浮かんでいた。
そして。
その上に一人。
フレージ。
静かに腰掛けていた。
白い装甲のような身体。
整いすぎた顔立ち。
感情の読めない穏やかな微笑み。
まるで神のようだった。
だが。
神々しさより先に。
得体の知れない恐怖があった。
周囲の星々が歪んでいる。
空間が軋んでいる。
光さえ彼の近くでは不自然に曲がっていた。
存在しているだけで宇宙そのものが悲鳴を上げている。
そんな光景だった。
それなのに。
フレージは優雅に紅茶を飲んでいた。
まるで休日の午後を楽しむ紳士のように。
⸻
『包囲完了!』
『今度こそ終わりだ!』
管理者軍団が叫ぶ。
惑星規模の封印陣が起動する。
次元ごと固定する超兵器。
普通なら世界が終わるレベルの技術だった。
無数の光がフレージへ向けられる。
逃げ場などない。
そう思えた。
しかし。
フレージはお茶を一口飲む。
そして。
ゆっくりと顔を上げた。
その瞬間だった。
映像越しなのに。
ガルドたちは背筋が凍った。
目が合った気がした。
何千年も前の記録映像なのに。
まるで今この場を見ているような視線だった。
⸻
「なるほど」
穏やかな声だった。
怒っているわけでもない。
威圧しているわけでもない。
ただ。
静かだった。
静かすぎた。
だからこそ怖かった。
『何がおかしい!』
管理者が叫ぶ。
すると。
フレージは少しだけ考える。
本当に少しだけ。
そして。
微笑んだ。
⸻
「皆さん」
優しい声だった。
その声を聞いた瞬間。
管理者たちの顔色が変わる。
一人。
また一人。
血の気が引いていく。
まるで死刑宣告を聞いたように。
⸻
「私の戦闘力をご存知ですか?」
静寂。
宇宙が静まり返る。
管理者たちは青ざめた。
『やめろ!!』
『それを言うな!!』
『聞きたくない!!』
『頼むから黙っていてくれ!!』
悲鳴だった。
完全にトラウマだった。
⸻
しかし。
フレージは止まらない。
人の話を聞かない。
むしろ少し楽しそうだった。
「参考までにお伝えしておきますが」
そう言って。
ゆっくりと指を一本立てる。
たったそれだけの動作。
なのに。
管理者軍団が後退した。
艦隊が距離を取る。
封印装置の担当者が泣き始める。
誰もが最悪の未来を確信していた。
⸻
そして。
フレージは微笑んだ。
本当に穏やかに。
本当に優しく。
だからこそ恐ろしく。
こう告げた。
「私の戦闘力は五十三万です」
沈黙。
一秒。
二秒。
三秒。
誰も動かない。
理解が追いつかなかった。
だが。
次の瞬間。
管理者軍団が崩壊した。
⸻
『逃げろォォォォォ!!』
誰かが叫ぶ。
それを合図に全員が逃げ始めた。
惑星兵器を捨てる者。
艦隊ごと転移する者。
封印陣を解除して逃げる者。
泣きながら遺書を書く者。
現場は地獄だった。
封印作戦なのに。
誰一人戦おうとしない。
全員逃げた。
全力で。
命懸けで。
⸻
映像の最後。
逃げ惑う管理者たちを見ながら。
フレージは少しだけ首を傾げた。
そして。
本当に不思議そうな顔で呟いた。
「おや?」
その笑顔が。
何よりも恐ろしかった。
映像がそこで終わる。
⸻
森は静まり返った。
騎士たちは口を開けている。
ボルグも固まっている。
セリナは頭を抱えた。
ガルドは空を見上げた。
情報量が多すぎる。
⸻
零司だけが首を傾げていた。
「この人馬鹿なんですか?」
少女が吹き出した。
巨人も吹き出しかけた。
機械なのに。
本気で吹き出しかけた。
『はい』
即答だった。
『非常に迷惑でした』
⸻
その時だった。
空が震える。
全員が上を向く。
巨大な魔法陣。
さらにその上。
空間そのものが割れていた。
少女の顔色が変わる。
今までで初めてだった。
本気で。
顔色が変わった。
「まずい」
ガルドが振り返る。
「何だ」
少女は空を見たまま答える。
「上が気付いた」
「上?」
「本物の管理者たち」
その瞬間。
空の裂け目の向こうから。
無数の視線がこちらを覗いた。
一つや二つではない。
百。
千。
万。
世界の外側から。
何かがこちらを見ている。
そして。
その全ての視線が。
零司へ向いていた。




