第60話 封印対象フレージ
「君だよ」
少女の言葉が森の中へ静かに響いた。
誰も動かなかった。
風も吹かない。
鳥も鳴かない。
ただ重い沈黙だけが広がっていた。
「……僕ですか?」
最初に口を開いたのは零司だった。
相変わらず落ち着いている。
むしろ周囲より冷静だった。
少女は頷く。
「そう」
「違うと思います」
即答だった。
少女が額を押さえる。
「何で?」
「僕は黒崎零司です」
「今はね」
「フレージではありません」
「そう思ってるだけ」
「違います」
「違わない」
子供の言い合いみたいになった。
ガルドたちは口を挟めない。
内容が重すぎる。
⸻
セリナが石碑を見つめる。
そこには確かに刻まれていた。
『封印対象』
『フレージ』
そしてその下にも文字が続いている。
風化が激しい。
だが完全には消えていない。
セリナは慎重に読み進めた。
「えっと……」
全員が耳を傾ける。
「世界管理機構……」
少女の眉が動く。
「異常個体……」
ガルドの表情が険しくなる。
「危険度……測定不能……」
騎士たちがざわついた。
「封印理由……」
セリナは息を呑む。
そして。
「強すぎたため」
沈黙。
再び沈黙。
零司だけが首を傾げた。
「変な理由ですね」
ガルドは思った。
全く変じゃない。
むしろ納得しかない。
昨日山を消した男である。
⸻
少女は石碑を見ながらため息を吐いた。
「懐かしいな」
その言葉に全員が反応する。
「知っているのか?」
ガルドが尋ねる。
少女は少しだけ迷った。
そして。
珍しく真面目な顔になる。
「私は見てたから」
「何をだ」
「全部」
その瞳が少し遠くを見る。
何百年。
いや。
何千年も前を見るような目だった。
⸻
「昔ね」
少女は静かに語り始めた。
「世界には管理者がいた」
誰も口を挟まない。
「世界が壊れないように調整する存在」
「神か?」
ボルグが聞く。
少女は首を振る。
「違う」
少し考えてから答える。
「管理人かな」
随分雑な表現だった。
しかし妙に分かりやすい。
「世界が壊れそうになったら修理する」
「危険な存在が現れたら排除する」
「それが仕事」
セリナが眉をひそめる。
「じゃあフレージというのは」
少女が笑った。
少しだけ。
本当に少しだけ。
「その管理人たちが全員で頭を抱えた相手」
⸻
全員が固まる。
ガルドも。
セリナも。
ボルグも。
騎士たちも。
零司だけが首を傾げていた。
「大変だったんですね」
感想がそれだった。
少女は吹き出した。
「うん」
「凄く大変だった」
「例えば?」
少女は少し考える。
そして答えた。
「ある日突然、惑星一つ消えた」
「隕石ですか?」
「フレージ」
「……」
「別の日には銀河の端から端まで穴が開いた」
「自然現象ですか?」
「フレージ」
「……」
「管理者たちが会議してたら会議場ごと吹き飛んだ」
「事故ですか?」
「フレージ」
沈黙。
零司は困った顔になった。
「その人迷惑ですね」
少女が腹を抱えて笑い出した。
ガルドたちも何とも言えない顔になる。
⸻
その時だった。
石碑が突然光り始めた。
全員が身構える。
古代文字が赤く輝いている。
ゴゴゴゴゴ……
地面が揺れる。
石碑そのものが震え始めた。
セリナが叫ぶ。
「まずい!」
「何だ!?」
「魔力が流れてる!」
石碑の中心に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
封印術式。
しかも規模が異常だった。
ガルドでさえ見たことがない。
少女の顔から笑みが消える。
「最悪」
小さく呟く。
「何がだ」
ガルドが聞く。
少女は石碑を見ながら答えた。
「封印が反応した」
「だから何だ」
「だから」
少女は零司を見る。
真っ直ぐに。
そして言った。
「封印対象が近くにいるってこと」
全員の視線が零司へ向く。
零司は自分を指差した。
「僕ですか?」
「君しかいない」
即答だった。
⸻
その瞬間。
石碑から光の柱が天へ伸びた。
空が割れる。
雲が吹き飛ぶ。
王都ですら見えるほどの巨大な光。
そして。
石碑に新たな文字が浮かび上がる。
今まで隠されていた文字。
誰も知らなかった文字。
セリナが震える声で読み上げる。
「封印対象発見……」
全員が息を呑む。
そして。
次の一文を見た瞬間。
セリナの顔色が完全に消えた。
「再封印手順を開始します」
少女が頭を抱える。
「あー……」
本当に嫌そうだった。
「面倒なの来ちゃった」
零司はまだ理解していない。
だが。
空の向こうでは。
何か巨大な存在が目を覚まし始めていた。
まるで。
何千年もの眠りから起き上がる番人のように。




