閑話
空が紫に染まっていた。
雲は不気味に渦を巻き、大地は静まり返っている。
その世界の中心。
巨大な漆黒の玉座に、一人の男が腰掛けていた。
白く滑らかな装甲のような身体。
無駄のない肢体。
そして穏やかな笑み。
フレージだった。
その前には数百人の兵士が跪いている。
王国軍。
勇者隊。
宮廷魔導士。
この世界最強と呼ばれる者たちだ。
しかし。
誰一人として顔を上げられない。
圧倒的だった。
力が。
存在が。
格が。
何もかもが違った。
「さて」
フレージが口を開く。
それだけで全員の肩が震えた。
「私は寛大です」
穏やかな声。
優しい口調。
だが。
誰も安心できない。
「本来なら皆さんごと星を消しても良かったのですが」
さらっと恐ろしいことを言う。
「今回は特別です」
フレージは微笑んだ。
「謝罪の機会を差し上げましょう」
兵士たちは顔面蒼白になる。
何を謝ればいいのか分からない。
だが謝らなければ死ぬ。
本能がそう告げていた。
王が震えながら前へ出た。
「ど、どうかお許しを……」
「おや?」
フレージは首を傾げた。
「何を許せばいいのでしょう」
王は固まった。
確かにそうだ。
何に怒っているのか分からない。
すると。
フレージは少し考えた後。
「ああ」
思い出したように言った。
「先ほど私の部下を見て笑いましたね」
全員の血の気が引いた。
玉座の左右に立つ二人。
緑色の長髪の美青年。
そして大柄な戦士。
二人とも困った顔をしている。
「フレージ様」
美青年が言った。
「そこまで怒らなくても」
「そうですよぉ」
大柄な戦士も頷く。
「俺たち慣れてますしぃ」
すると。
フレージは静かに立ち上がった。
全員が震える。
「ザボルンさん」
「はい」
「ドドリンさん」
「はいぃ」
「あなた方は優しすぎます」
部下二人が顔を見合わせる。
嫌な予感しかしなかった。
⸻
フレージはゆっくりと王を見た。
そして。
にこりと笑う。
「参考までにお伝えしておきますが」
指を一本立てる。
「私の戦闘力は五十三万です」
王は意味が分からなかった。
兵士も分からない。
勇者も分からない。
だが。
理解だけはできた。
勝てない。
絶対に。
何があっても。
絶対に。
⸻
勇者が震えながら剣を抜く。
最後の抵抗だった。
「ま、魔王めぇぇぇぇぇ!!」
突撃。
光の斬撃。
世界最強の一撃。
それが。
フレージの目の前で止まった。
指一本。
たったそれだけだった。
「ほう」
フレージは少し感心する。
「今のはなかなかでした」
勇者の顔に希望が浮かぶ。
効いた。
そう思った。
しかし。
次の言葉で砕かれた。
「三百年前なら」
勇者が絶望した。
⸻
その時だった。
王国軍の一人が叫ぶ。
「みんな逃げろぉぉぉ!!」
その声に兵士たちが動く。
一斉に逃走。
大混乱。
しかし。
フレージは悲しそうな顔をした。
「おやおや」
ため息。
「私がまだ話している途中ですよ」
静かな声。
だが。
世界が震えた。
空が裂ける。
大地が沈む。
海が割れる。
兵士たちは泣き始めた。
⸻
そして。
フレージは右手を上げた。
「私に向かってその口の利き方」
静かに。
穏やかに。
優しく。
言う。
「少々、無礼ではありませんか?」
世界が止まる。
全員が固まる。
そして。
フレージは微笑んだ。
「殺しますよ」
次の瞬間。
巨大な光が世界を包んだ。
王国。
大陸。
海。
空。
星。
何もかもが白く染まる。
ザボルンさんとドドリンさんだけが慣れた顔で後ろへ下がっていた。
「また始まった……」
「今回は星ごとですねぇ」
二人は慣れていた。
本当に慣れていた。
⸻
光が消える。
そこには何も残っていない。
本当に何も。
星そのものが消滅していた。
フレージは腕を組む。
「ふむ」
少し考える。
そして。
「やりすぎましたか」
今さらだった。
ザボルンさんも。
ドドリンさんも。
何も言わなかった。
言っても無駄だからである。
⸻
その時。
遥か遠くから誰かの声が聞こえた。
『起きて』
『起きて』
少女の声。
どこか懐かしい声。
フレージが振り返る。
紫色の世界が揺らぐ。
景色が崩れる。
玉座が消える。
空が消える。
そして――
・・・・・・夢か。
黒崎零司は目を開けた。
朝だった。
鳥が鳴いている。
平和だった。
「変な夢ですね」
そう呟きながら起き上がる。
なぜか妙に気分が良かった。
そして。
理由もなく。
こう思った。
「今日はデスビームの調子が良さそうですね」
もちろん。
本人は夢の内容など覚えていなかった。




