第53話 ノイズ
封鎖区域へ足を踏み入れた瞬間だった。
全員が違和感を覚えた。
空気が重い。
息苦しい。
魔力の流れがおかしい。
セリナが顔をしかめる。
「何これ……」
「気持ち悪いだろ」
ガルドが答える。
「初めて来た時は俺も同じだった」
ボルグも無言で頷く。
Aランク冒険者ですら警戒している。
それほど異常な場所だった。
しかし。
「確かに変ですね」
零司は普通だった。
ガルドが振り返る。
「平気なのか?」
「薬草が育ちにくそうです」
「そうじゃない」
即座にツッコミが入った。
だが零司は本気だった。
土壌も魔力も歪んでいる。
植物には良くない環境だ。
それが真っ先に気になった。
⸻
さらに奥へ進む。
騎士たちも緊張している。
これまで何度も調査隊が派遣された。
だが成果は少ない。
理由は単純。
何も見つからないからだ。
なのに被害だけが出る。
ある者は発狂し。
ある者は失踪し。
ある者は恐怖に耐えられず逃げ出した。
原因不明。
だからこそ。
王国はこれを『ノイズ現象』と呼んでいた。
「姿がないんだ」
ガルドが歩きながら説明する。
「だが確かにいる」
「何かが」
零司は黙って聞いていた。
⸻
その時だった。
前方を歩いていた騎士が突然立ち止まる。
「おい?」
仲間が声を掛ける。
返事がない。
騎士はその場で固まっていた。
瞳が虚ろだ。
「どうした!」
肩を掴む。
すると騎士が震えた声で呟く。
「いる……」
全員が身構える。
「どこだ!?」
「見えるんです……」
騎士は青ざめていた。
「空に……巨大な目が……」
誰も見えない。
騎士だけが見ている。
次第に呼吸が荒くなる。
まずい。
セリナが魔法を準備する。
精神干渉だ。
過去にも似た症状が出ていた。
だが。
零司が前へ出た。
「大丈夫ですか?」
騎士の肩を叩く。
その瞬間。
騎士の目に光が戻った。
「……あれ?」
本人も困惑している。
「何があったんだ?」
全員が固まった。
まただ。
また零司である。
原因不明の現象が。
零司が触れた瞬間に終わった。
ガルドは頭を押さえた。
もう驚かない。
驚かないが。
説明は欲しい。
⸻
夕方。
遠征隊は野営地を設営していた。
騎士たちは交代で見張りにつく。
セリナは結界を張る。
ボルグは周辺警戒。
ガルドは焚き火の前に座っていた。
そして向かいには零司。
「聞きたいことがある」
ガルドが真面目な顔で言う。
「何でしょう」
「お前、本当にFランクか?」
零司は頷いた。
「はい」
「本当に?」
「本当にです」
ガルドは黙った。
納得できない。
誰も納得できない。
ベヒモス。
ワイバーン。
Aランク魔獣。
ノイズ現象。
全部おかしい。
だが零司本人は分かっていない。
それが一番おかしい。
⸻
その夜。
全員が眠りについた頃。
零司だけが目を開けた。
何かを感じたのだ。
遠く。
森の奥。
誰かがいる。
気がした。
零司は静かに立ち上がる。
誰にも気付かれないように。
森の中へ歩き出した。
不思議と怖くなかった。
呼ばれている気がした。
そして。
数分後。
零司は見た。
森の奥。
枯れた大木の上に。
一人の少女が座っていた。
銀色の長い髪。
赤い瞳。
年齢は十歳くらい。
しかし。
その瞳だけは異様だった。
何千年も生きているような。
そんな目だった。
少女は零司を見る。
そして。
嬉しそうに笑った。
「やっと見つけた」
零司は首を傾げる。
「誰ですか?」
少女は立ち上がった。
その瞬間。
封鎖区域全体が震えた。
木々が揺れる。
大地が軋む。
空気が唸る。
まるで世界そのものが反応したかのようだった。
少女は笑う。
本当に嬉しそうに。
「待ってたよ」
そして。
こう告げた。
「五十三万さん」
零司は固まった。
なぜか。
その数字に。
とても懐かしい気持ちを覚えた。




