第52話 北方封鎖区域
翌朝。
冒険者ギルドは異様な熱気に包まれていた。
原因は一つ。
《竜殺しのガルド》が直々に依頼メンバーを探しているという噂だ。
「何が出たんだ?」
「古竜か?」
「いや魔王軍らしいぞ」
冒険者たちが好き勝手に騒いでいる。
その中心で。
零司は薬草図鑑を読んでいた。
平常運転だった。
「北方に自生する月光草……」
「夜だけ発光するのか」
「面白いですね」
周囲との温度差が酷い。
そしてそこへ。
ガルド本人が現れた。
ギルド中が静まり返る。
「おう」
気軽に手を上げる英雄。
しかし全員の視線はガルドの後ろにいた。
銀髪の女性。
鋭い目付き。
長杖を持つ魔導士。
そして。
巨大な盾を背負った大男。
どちらもAランク冒険者だった。
「紹介しておく」
ガルドが言う。
「魔導士のセリナ」
「盾役のボルグ」
二人は零司を見る。
そして固まった。
「……この子?」
セリナが言う。
「Fランク?」
ボルグも眉をひそめた。
当然だった。
王国最強が連れて行く相手としては若すぎる。
弱そうに見える。
普通なら。
ガルドは笑った。
「まあ見てろ」
それだけだった。
⸻
数時間後。
王都北門。
遠征隊は出発していた。
ガルド。
セリナ。
ボルグ。
そして零司。
さらに護衛騎士が十数名。
かなり大規模な編成だった。
馬車が森へ向かって進んでいく。
零司は窓から外を眺めていた。
「ありました」
突然言う。
「ん?」
ガルドが振り返る。
「月光草です」
全員が外を見る。
森しかない。
草しかない。
だが零司だけは一点を見ていた。
「あそこですね」
馬車を止める。
確認に向かう。
そして。
本当にあった。
崖の隙間。
普通なら見落とす場所。
希少薬草の月光草だった。
セリナが目を見開く。
「なんで分かったの?」
「葉の反射です」
当然のように答える。
誰も分からなかった。
本人以外。
⸻
さらに進む。
昼過ぎ。
森の奥で異変が起きた。
魔物の群れだ。
数十体。
オーク。
ウルフ。
巨大猪。
通常ならAランクパーティでも警戒する規模。
騎士たちが武器を抜く。
セリナが詠唱を始める。
ボルグが盾を構える。
その時。
群れが止まった。
全員が首を傾げる。
魔物たちは何かを見ている。
零司だった。
そして。
一体のオークが震え始める。
次の瞬間。
群れ全体が逃げ出した。
全力で。
それはもう必死に。
木をなぎ倒しながら。
泣きそうな勢いで。
「……」
「……」
「……」
騎士たちが沈黙する。
セリナも沈黙する。
ボルグも沈黙する。
零司だけが首を傾げた。
「どうしたんでしょう?」
ガルドは笑いを堪えていた。
もう分かっている。
魔物は本能で理解しているのだ。
あれに近付いてはいけないと。
⸻
そして夕方。
遠征隊は封鎖区域の入り口へ到着した。
そこだけ空気が違った。
木々が枯れている。
鳥の声がしない。
風も重い。
まるで森そのものが死んでいるようだった。
騎士たちの表情が険しくなる。
セリナも真顔になる。
ボルグが盾を握り直す。
そしてガルドが低く呟いた。
「ここからだ」
零司も初めて薬草図鑑を閉じた。
封鎖区域の中心。
そこには王国最強のガルドですら討伐できなかった何かがいる。
観測者たちが“ノイズ”と呼ぶ異常。
そして。
零司の頭の奥で。
なぜか聞き覚えのない声が響いた。
『――見つけた』
一瞬だけ。
本当に一瞬だけだった。
零司は振り返る。
誰もいない。
だが。
封鎖区域のさらに奥。
何かがこちらを見ている気がした。




