第51話 竜殺しと薬草師
市場にいた全員の視線が、一人の男へ集まっていた。
《竜殺しのガルド》。
王国最強のSランク冒険者。
数十年前から第一線で活躍し続け、単独で古竜を討伐した伝説の英雄。
冒険者にとっては憧れ。
騎士にとっては目標。
魔物にとっては災害。
そんな存在が今、笑っていた。
しかも大笑いである。
「ははははは!!薬草の話か!」
市場の人々は困惑していた。
普通なら緊張感に包まれる場面だ。
しかし当事者二人が妙な方向へ進んでいる。
零司は首を傾げる。
「違うんですか?」
「違うな」
ガルドは即答した。
「だが後で聞かせろ」
「分かりました」
あっさり了承する零司。
周囲は頭を抱えた。
王国最強の英雄と話す機会など普通は一生ない。
それなのに薬草トークの約束をしている。
意味が分からない。
⸻
ガルドは改めて周囲を見回した。
怯えるアルフォンス。
正座状態のAランク魔獣。
頭を下げている植物型魔獣二体。
市場の人々。
騎士団。
観測者たち。
そして中央に立つ零司。
「なるほどな」
小さく呟く。
噂以上だった。
ベヒモス討伐。
ワイバーン討伐。
王城騒動。
最初は半信半疑だった。
だが今は違う。
この空気だけで分かる。
強い。
しかも異常なほど。
だが。
「本人に自覚がないのか」
それが一番厄介だった。
⸻
その時だった。
Aランク魔獣がガルドを見た。
ガルドも見る。
視線が交差する。
数秒。
沈黙。
そして。
「ほう」
ガルドが笑う。
「お前、なかなか強いな」
魔獣が身構える。
空気が変わる。
市場全体が緊張した。
二つの災害が向かい合っている。
誰もがそう感じた。
だが次の瞬間。
ガルドは親指で零司を指した。
「でもあっちの方が怖いだろ?」
魔獣が全力で首を縦に振った。
市場が静まり返る。
アレスが天を仰ぐ。
観測者たちは記録を取り始めた。
【魔獣による証言取得】
【対象の方が危険】
後で報告書に追加されることになる。
⸻
一方。
アルフォンスは完全に心が折れ始めていた。
目の前の現実を受け入れられない。
魔獣。
英雄。
騎士団。
全員が零司を中心に動いている。
なぜだ。
なぜ平民のFランクが。
理解できない。
そんな彼へ。
ガルドが初めて視線を向けた。
「お前が侯爵家の坊ちゃんか」
アルフォンスが震える。
「は、はい……」
「馬鹿だな」
即答だった。
市場中が静まり返る。
侯爵家嫡男に向かって。
王国最強が。
躊躇なく馬鹿と言った。
「強さを身分で測るな」
ガルドは続ける。
「本当に強い奴はそんなこと気にしない」
アルフォンスは反論できない。
何一つ。
「あと」
ガルドが少し笑う。
「薬草店を潰そうとするな」
「え?」
「俺もあそこ使ってる」
市場が凍った。
店主も固まった。
アレスも固まった。
零司だけが目を輝かせる。
「本当ですか!?」
「おう」
ガルドが笑う。
「ここの薬草は質がいい」
店主が泣きそうになった。
王国最強のお墨付きである。
もはや宣伝としては最強だった。
⸻
その後。
アルフォンスは騎士団に連行された。
侯爵家だから逮捕まではされない。
だが事情聴取は避けられない。
去り際。
彼は何度も零司を振り返っていた。
悔しさ。
恐怖。
嫉妬。
様々な感情が混ざっている。
だが今は何もできない。
完全敗北だった。
⸻
騒動が終わる。
市場にも平和が戻り始める。
そんな中。
ガルドが零司へ近付いた。
「さて」
巨大な手が肩に置かれる。
普通の冒険者なら腰を抜かす。
しかし零司は気にしない。
「何でしょう?」
「話がある」
ガルドは真面目な顔になった。
先ほどまでの笑顔が消える。
市場の空気も少し変わった。
「近いうちに依頼を受ける気はあるか?」
零司が首を傾げる。
「依頼ですか?」
「ああ」
ガルドは頷く。
そして低い声で言った。
「ちょっと面倒な化け物が出てな」
その瞬間。
観測者たちが反応した。
アレスも眉をひそめる。
知っている話だった。
王都北方。
封鎖区域。
最近になって確認された正体不明の存在。
まだ情報は少ない。
だが一つだけ確かなことがある。
普通ではない。
ガルドは零司を見つめる。
「興味あるか?」
零司は数秒考えた。
そして。
「その近くに珍しい薬草はありますか?」
ガルドは再び大笑いした。
「ははははは!!あるぞ!」
「行きます」
即答だった。
こうして。
零司は知らない。
王国最強ですら警戒する異変へ足を踏み入れることになる。
そしてその異変は。
観測者たちが追い続ける“ノイズ”と深く関わっていた。




