第49話 さあ行きますよ、ザボン草さん、ドドリ草さん
市場は異様な静けさに包まれていた。
屋根の上にはAランク級魔獣。
地上には顔面蒼白のアルフォンス。
そして、その前には静かに立つ零司。
誰も動かない。
誰も口を開けない。
そんな中、零司だけが本気で不思議そうな顔をしていた。
「店を潰す理由が分からないんですが」
純粋な疑問だった。
利益のためでもない。
治安のためでもない。
品質の問題でもない。
ただ気に入らないから潰す。
その理屈が理解できなかった。
アルフォンスは後退る。
一歩。
また一歩。
しかし背後には取り巻きしかいない。
助けてくれる者はいなかった。
「ぼ、僕は侯爵家だぞ!」
ようやく出た言葉がそれだった。
市場の空気がさらに冷える。
誰も味方しない。
むしろ視線は厳しかった。
そんな中、零司は少し考え込んだ。
そして小さく呟く。
「侯爵家だから店を潰してもいい……?」
理解しようとしている。
本気で。
だが理解できない。
その時だった。
屋根の上の魔獣が大きく唸る。
「グルルルル……」
アルフォンスが悲鳴を上げる。
「ひっ!」
完全に獲物を見る目だった。
零司は魔獣を見上げた。
「だめですよ」
魔獣がぴたりと止まる。
「市場ですから」
「クゥン……」
Aランク級魔獣がしょんぼりした。
市場の人間は現実逃避を始めていた。
見てはいけないものを見ている気がする。
⸻
その頃。
王城から全力疾走してきたアレスたちも現場へ到着していた。
そして。
開口一番。
「またか……」
だった。
最近それしか言っていない気がする。
騎士たちも同意見だった。
目の前にはAランク級魔獣。
だが問題はそこではない。
零司がいる。
それが最大の問題だった。
「副団長」
「何だ」
「どちらを警戒しますか」
アレスは真顔で答えた。
「両方だ」
即答だった。
⸻
一方。
追い詰められたアルフォンスは、ついに叫んだ。
「お前なんかFランクだろうが!」
市場に響く怒声。
「あの日だって偶然だ!」
「ベヒモスも!」
「ワイバーンも!」
「全部まぐれだ!」
言ってしまった。
周囲がざわつく。
観測者たちは頭を抱える。
やめろ。
本当にやめろ。
しかしアルフォンスは止まらない。
恐怖で理性が飛んでいた。
「お前みたいな平民が!」
「僕より上なわけがない!」
怒鳴り散らす。
そして。
零司の中で何かが切れた。
静かに。
本当に静かに。
「そうですか」
声は穏やかだった。
だが。
観測者たちは全員同時に鳥肌が立った。
来る。
何か来る。
零司はゆっくりと右手を上げる。
市場中が息を呑む。
そして。
なぜか。
本人は少し嬉しそうに微笑んだ。
「さあ行きますよ」
全員が固まる。
何を?
何が始まる?
そして零司は空へ向かって手を伸ばし――
「ザボン草さん、ドドリ草さん」
市場が沈黙した。
アレスも固まった。
観測者も固まった。
アルフォンスも固まった。
「……え?」
誰かが呟く。
零司本人も首を傾げた。
「あれ?」
何か違う。
確かに何か言いたかった。
すごく言いたかった。
だが出てきたのは薬草みたいな名前だった。
「おかしいですね」
本人は真剣だった。
市場はさらに混乱した。
だが。
その瞬間だった。
上空から二つの影が降ってくる。
ドガァァァン!!
巨大な音と共に地面へ着地した。
土煙が舞う。
市場が揺れる。
そして現れたのは――
巨大な植物型魔獣だった。
片方は緑色。
片方は紫色。
しかも偶然なのか。
まるで呼ばれたかのようなタイミングだった。
市場中が絶句する。
零司も絶句する。
「本当に来た!?」
本人が一番驚いていた。
観測者たちは頭を抱える。
偶然か?
本当に偶然か?
最近その言葉に自信がなくなってきた。
植物型魔獣たちは周囲を見回した後。
なぜか。
零司の前で頭を下げた。
「……」
「……」
「……」
誰も喋らない。
零司だけが困惑していた。
「知り合いでしたっけ?」
知らない。
絶対に知らない。
だが二体の魔獣は嬉しそうだった。
そして。
アルフォンスだけは理解した。
もう駄目だ。
完全に敵を間違えた。
それだけは分かった。




