第45話 愚者は学ばない
アルフォンスは納得していなかった。
まったく納得していなかった。
侯爵家嫡男である自分が、なぜあんな平民冒険者に恥をかかされたのか。
思い出すだけで腹が立つ。
市場。
薬草。
周囲の視線。
そして副団長アレス。
すべてが屈辱だった。
「ふざけるな……」
高級酒の入ったグラスを乱暴に机へ置く。
部屋には数人の取り巻きが集まっていた。
全員が侯爵家に媚びる若い貴族たちだ。
「アルフォンス様のおっしゃる通りです」
「たかがFランクですからな」
「何か裏があるに違いありません」
気分の良い言葉ばかり並ぶ。
アルフォンスの機嫌も少しだけ回復した。
そうだ。
おかしいのだ。
ベヒモスを倒した?
ワイバーンを倒した?
王城に招かれた?
そんな話、信じられるわけがない。
「調べろ」
低い声で命じる。
「はっ」
「奴の弱みを探せ」
取り巻きたちが頷く。
そして一人が報告する。
「調査の結果ですが……」
「何だ」
「薬草店へ頻繁に通っているようです」
「薬草?」
アルフォンスが眉をひそめる。
意味が分からない。
「他には」
「薬草を買っています」
「それ以外は」
「薬草を見ています」
「それ以外だ!」
思わず怒鳴る。
だが報告は続く。
「宿でも薬草を乾燥させているとか」
「薬草を分類しているとか」
「薬草の研究を……」
「もういい!!」
机を叩く。
薬草しか出てこない。
意味不明だった。
だが、その時。
アルフォンスの顔に嫌な笑みが浮かぶ。
「……待て」
周囲が静まる。
「つまり奴は薬草が大事なんだな?」
取り巻きたちが顔を見合わせる。
確かにそう聞こえる。
「なるほど」
アルフォンスは立ち上がった。
「面白い」
嫌な予感しかしない笑顔だった。
⸻
同じ頃。
王城。
アレスは執務室で報告書を読んでいた。
そして頭を抱えた。
「やっぱり動いたか……」
予想通り。
予想通りすぎて嬉しくない。
机の上には最新報告。
【アルフォンス・バルモア】
【薬草店周辺を調査】
【接触計画の可能性あり】
アレスは深いため息を吐いた。
「なぜ学ばない」
本気で疑問だった。
普通なら怖くなる。
普通なら近付かない。
だがアルフォンスは違う。
自分だけは大丈夫だと思っている。
そのタイプだ。
一番面倒だった。
「監視を増やせ」
部下へ命じる。
「はっ」
「絶対に余計なことをさせるな」
「了解しました」
部下も真顔だった。
最近の王都では薬草が国家安全保障案件になりつつある。
誰も望んでいないのに。
⸻
翌日。
市場。
零司はいつものように薬草店へ向かっていた。
天気は良い。
湿度も悪くない。
薬草管理には理想的だった。
「今日は新しい種類も見てみたいですね」
上機嫌である。
その少し後ろ。
観測者たちも尾行していた。
「今日も薬草か」
「今日も薬草だ」
「たぶん明日も薬草だ」
もはや慣れていた。
だが、その時。
一人が気付く。
「待て」
視線の先。
路地裏。
そこにアルフォンスの部下たちがいた。
怪しい。
ものすごく怪しい。
観測者たちは同時に悟った。
面倒なことになる。
⸻
薬草店。
店主の老人が笑顔で迎える。
「おお兄ちゃん!」
「こんにちは」
平和な空間だった。
だが。
その数分後。
店の外から怒鳴り声が響く。
「営業停止だ!」
空気が変わる。
老人が顔をしかめる。
零司も振り返った。
そこには数人の男が立っていた。
侯爵家の紋章を付けた使用人たち。
そして後方には。
アルフォンス本人。
勝ち誇った笑みを浮かべている。
「その店は違法営業の疑いがある」
店主が驚く。
「な、何を言ってるんだ!」
「調査だ」
完全な言いがかりだった。
市場の人々もざわつく。
零司は静かに首を傾げる。
「違法営業ですか?」
「そうだ」
アルフォンスが笑う。
「問題があるか?」
その時。
観測者たちが同時に冷や汗を流した。
まずい。
何かがまずい。
理由は説明できない。
だが本能が叫んでいる。
逃げろ、と。
しかしアルフォンスは気付かない。
勝利を確信していた。
零司は数秒考える。
そして。
本当に不思議そうな顔で尋ねた。
「証拠はあるんですか?」
それだけだった。
声も穏やか。
怒っているようには見えない。
だが。
観測者たちは見た。
周囲の空気が。
ほんの僅かに重くなったことを。
まるで嵐の前触れのように。
そしてアルフォンスは。
最悪の一言を口にする。
「証拠?」
鼻で笑う。
「そんなもの必要あるか」
その瞬間。
市場の空気が凍った。




