第44話 観測報告書
王城地下。
観測室。
静寂の中、黒い影は一枚の報告書を眺めていた。
机の上には異常な量の資料が積み上げられている。
黒崎零司。
王都に来てからわずかな期間で作成された記録だ。
普通ならあり得ない。
一介のFランク冒険者にこれほどの資料が作られること自体が異常だった。
影は最初のページを開く。
【ベヒモス討伐】
【単独】
【原因不明】
二枚目。
【ワイバーン討伐】
【単独】
【原因不明】
三枚目。
【王城天井】
【消失】
【原因不明】
影は静かに報告書を閉じた。
「原因不明ばかりだな」
隣にいた部下が答える。
「原因が分からないので」
正論だった。
影は少しだけ頭を押さえた。
そして次の資料へ視線を落とす。
こちらは昨日の観察結果。
【市場行動】
・薬草購入
・薬草確認
・薬草購入
・薬草確認
・薬草購入
影は黙った。
部下も黙った。
しばらく沈黙が続く。
「……これだけか?」
「六時間分です」
「六時間?」
「はい」
影は天井を見上げた。
六時間観察した結果が薬草だった。
予想外にも程がある。
だが次のページで手が止まる。
【薬草落下未遂】
【危険度:極大】
影の目が細くなる。
「説明しろ」
部下は真面目な顔で答えた。
「対象が購入した薬草に木箱が落下しそうになりました」
「それで?」
「空気が変わりました」
「空気?」
「はい」
部下は少し考える。
適切な表現が見つからない。
だが最終的にこう言った。
「死を感じました」
観測室が静まり返る。
影は冗談を嫌う。
部下も理解している。
つまり本気だ。
「木箱一つでか」
「木箱一つでです」
影は椅子にもたれた。
理解不能。
だがだからこそ興味深い。
「なるほど」
そして新たな紙を取り出す。
そこへ自ら文字を書き始めた。
【対象接触時の注意事項】
一行目。
【薬草を踏むな】
二行目。
【薬草に触れる場合は許可を取れ】
三行目。
【薬草を雑草と呼ぶな】
部下たちは真顔で頷いた。
誰も笑わない。
重要事項だからだ。
⸻
その頃。
王城では別の会議が開かれていた。
「何?」
アレスが聞き返す。
「またか?」
報告に来た騎士が頷いた。
「はい」
アレスは頭を抱えた。
最近こればかりである。
「今度は何だ」
「侯爵家です」
アレスは嫌な予感しかしなかった。
詳しく話を聞く。
そして数分後。
深いため息を吐いた。
「馬鹿なのか」
「馬鹿ですね」
報告した騎士も同意した。
話は単純だった。
先日の薬草事件。
あれで恥をかいたアルフォンスが逆恨みを始めたらしい。
しかも。
「薬草店を調べている?」
「はい」
アレスは額を押さえる。
頭痛がした。
完全に地雷原へ突撃している。
しかも本人だけが気付いていない。
「止めろ」
即答だった。
「全力で止めろ」
「ですが侯爵家です」
「知るか」
アレスは珍しく声を荒げた。
「王都の平和の方が大事だ」
騎士は真顔で頷いた。
それはそうだった。
⸻
夜。
宿へ戻った零司は買ってきた薬草を整理していた。
種類ごとに分ける。
乾燥度合いを確認する。
保存状態を記録する。
満足だった。
実に充実した一日だった。
「王都は良いですね」
ぽつりと呟く。
珍しい薬草が多い。
研究も進む。
来て正解だった。
その時だった。
窓の外。
屋根の上に一つの影が立つ。
黒い外套。
観測者の一人。
彼は零司を見ていた。
正確には観察していた。
そして確信する。
「本当に薬草が好きなんだな……」
もっと恐ろしい秘密があると思っていた。
世界を滅ぼす陰謀とか。
古代兵器とか。
神殺しの力とか。
だが現実は。
薬草だった。
観測者は遠い目をした。
王都中が警戒する男。
国王が注目する男。
ベヒモスを消し飛ばした男。
その男は今。
薬草を眺めながら幸せそうに微笑んでいた。
「……分からん」
それが観測者の率直な感想だった。
そして王都のどこかでは。
アルフォンスが懲りずに動き始めていた。
それがどれほど危険なことなのかも知らずに。




