第43話 最初の接触
王都の朝は平和だった。
市場には活気があり、商人たちは声を張り上げ、冒険者たちは依頼掲示板の前で騒いでいる。
その中を、黒崎零司は普通に歩いていた。
目的地は薬草店である。
「昨日の乾燥は成功でしたね」
誰に言うでもなく呟く。
実に平和だった。
一方その頃。
王城地下の観測室では、平和とは真逆の空気が流れていた。
「接触を開始する」
黒い影の声が響く。
その前には三人の人物が並んでいた。
全員が黒い外套を纏っている。
「対象は黒崎零司」
三人が僅かに反応する。
今や王都で最も有名なFランク冒険者。
知らない者の方が少ない。
「排除ですか?」
一人が尋ねる。
すると影は首を横に振った。
「違う」
短い返答。
「観察だ」
沈黙。
三人は顔を見合わせる。
「戦う必要はない」
「刺激するな」
「近づき、見ろ」
それだけだった。
だが三人は理解している。
簡単な任務ではない。
ベヒモス。
ワイバーン。
王城の天井。
王都中に広まる噂。
どれも常識から外れている。
「承知しました」
三人は闇へ消えた。
⸻
同日昼。
零司は王都でも有名な薬草専門店にいた。
店主とも顔見知りになりつつある。
「おお兄ちゃん!」
店主の老人が笑顔で迎える。
「例の薬草、入荷したぞ」
「本当ですか」
零司の目が少しだけ輝く。
ベヒモスを倒した時より嬉しそうだった。
「状態も良い」
「素晴らしいですね」
二人が真面目な顔で薬草を見ている。
その光景を、向かいの建物から三人の外套姿が見ていた。
沈黙。
長い沈黙。
やがて一人が口を開く。
「……薬草だな」
「薬草ですね」
「薬草だ」
再び沈黙。
王都を震撼させた怪物。
ベヒモス殺し。
王城破壊犯候補。
その正体が薬草を眺めて喜んでいる。
情報と現実が一致しない。
「本当にあれか?」
「たぶん」
「信じられん」
三人は困惑していた。
⸻
それから数時間。
零司は市場を回る。
薬草を見る。
香辛料を見る。
薬草を見る。
また薬草を見る。
三人は尾行する。
薬草を見る。
薬草を見る。
また薬草を見る。
「……」
「……」
「……」
誰も喋らなくなった。
任務開始から四時間。
成果は薬草だった。
そして六時間後。
ようやく異変が起きる。
市場の片隅。
酔った男が通行人と揉めていた。
怒鳴り声。
押し合い。
野次馬。
王都では珍しくもない光景だ。
だが男は勢い余って近くの屋台にぶつかる。
荷物が崩れる。
木箱が飛ぶ。
そして。
一つの箱が零司の購入した薬草袋へ向かって落下した。
三人は見た。
零司が振り返る。
その瞬間。
空気が変わった。
ほんの僅か。
だが確実に。
市場の喧騒が遠のくような感覚。
呼吸しづらい圧迫感。
背筋を撫でる寒気。
三人のうち一人が反射的に前へ出る。
気付いた時には体が動いていた。
木箱を蹴り飛ばす。
薬草袋の手前で軌道が変わる。
箱は地面へ転がった。
静寂。
そして零司は首を傾げた。
「危なかったですね」
それだけだった。
空気が元に戻る。
市場も再び動き出す。
何事もなかったかのように。
だが三人の背中は汗で濡れていた。
「今の……」
「感じたか」
「ああ」
全員同じだった。
確信してしまった。
薬草は危険だ。
いや違う。
薬草を雑に扱うと危険だ。
⸻
夕方。
観測室。
三人から報告を受けた黒い影はしばらく沈黙した。
そして。
「なるほど」
小さく呟く。
「価値基準が明確だな」
資料に新たな一文が追加される。
【対象の重要物】
・薬草
しばらく考えた後。
さらに一文が追加された。
【絶対に踏むな】
影は初めて少しだけ笑った。
「面白い」
その頃。
零司は宿で薬草を整理していた。
「今日は良い買い物ができましたね」
満足そうだった。
王都の裏で暗躍する組織も。
王城の重鎮たちも。
観測者たちも。
全員が警戒している。
だが本人だけは。
明日の乾燥工程のことで頭がいっぱいだった。




