第41話 扱い方会議
王城の一角にある軍議室は、通常であれば戦争や魔物災害への対策を話し合う場所だ。だがこの日の議題は、あまりにも異質だった。
「対象:黒崎零司」
その一行が黒板に書かれているだけで、空気が歪むような違和感があった。
騎士団長が腕を組み、深く息を吐く。
「戦術ではない。これは“扱い方”の問題だ」
宮廷魔導師団のアレスが無言で頷く。
彼はもう戦術の話をしていない。
昨日までなら「制圧」「監視」「抑止」という言葉で語っていただろう。しかし今は違う。
制圧できない。
監視は可能だが意味が薄い。
抑止は成立しない。
つまり通常の軍事概念が通用しない相手だった。
「結論から言おう」
国王が静かに口を開く。
「敵ではない」
その一言で部屋の空気が少し緩む。
しかし続きがあった。
「だが、味方でもない」
再び沈黙が戻る。
騎士団長が眉をひそめる。
「では何なのですか」
国王は少し考えた後、言った。
「現象だ」
アレスは内心で同意した。
戦力でも人物でもない。
現象。
その表現が一番近い。
昨日のベヒモス討伐を思い出す。
あれは戦闘ではなかった。
一方的な“結果”だった。
そこに意思や戦略は関係していないように見えた。
ただ、起きた。
それだけだ。
「問題はそこではない」
国王が続ける。
「彼をどう制御するかではなく、どう巻き込まれるかだ」
貴族の一人が顔をしかめる。
「巻き込まれる?」
「そうだ」
国王は視線を上げる。
「すでに王城は巻き込まれている」
その言葉に誰も反論できなかった。
天井の穴が現実を突きつけている。
騎士団長が重く口を開く。
「では最低限の方針を決めるべきでしょう」
アレスが静かに補足する。
「刺激しないことです」
全員の視線がアレスに向く。
彼は一瞬ためらった後、続けた。
「彼は敵意に反応しているように見える」
「敵意?」
「はい。正確には……大事にしているものへの干渉です」
その言葉で数人の貴族が思い出した。
薬草。
侯爵家の息子。
踏み潰された紙袋。
そしてその直後の圧。
アレスは続ける。
「戦闘そのものより、価値観の侵害に反応している可能性があります」
騎士団長が唸る。
「つまり……下手に馬鹿にするなということか」
「そういうことです」
沈黙。
分かりやすいが厄介すぎる条件だった。
その時、国王が小さく笑った。
「面白いな」
「陛下……」
「いや」
国王は軽く手を振る。
「この国は久しく“理解不能な存在”を持っていなかった」
その言葉に、誰も反論できなかった。
平和とは、予測可能性の上に成り立つ。
それが崩れ始めている。
その中心に零司がいる。
だが本人は何も知らない。
そして同時刻。
王城の地下。
誰にも知られていない通路の奥で、黒い影が静かに立っていた。
金色の紋様が刻まれた石板が、ゆっくりと光を失っていく。
「制御系が機能していない」
低い声が響く。
「ベヒモス個体は失敗」
「ワイバーンも失敗」
影はゆっくりと指を動かす。
石板の破片が宙に浮く。
「偶然ではないな」
沈黙。
そして、わずかに笑う気配。
「ならば……直接見るしかないか」
その言葉と同時に、石板の紋様が一瞬だけ脈動した。
王城の“上”では、零司の扱い方が議論されている。
だが“下”では、別の判断が下されていた。
観察から、接触へ。
王都は静かに、次の段階へ移行しつつあった。
一方その頃。
当の零司は宿で新しく買った薬草を並べていた。
「この乾燥方法は工夫できますね」
王城の空気も、会議も、黒幕の動きも関係ない。
ただ目の前の素材の方が重要だった。
世界は確実に彼へ収束している。
だが本人だけが、いつも通りだった。




