閑話
紫の空は、変わらなかった。
むしろ、より深く濁っている。
空間そのものが呼吸を止めているような静寂の中で、フレージはゆっくりと歩いていた。
白い装甲のような身体。
滑らかな動作。
視線の先には、崩壊した村の残骸。
いや、残骸ですらない。
“消去された空白”だけが広がっている。
フレージは軽く指を鳴らす。
すると、空間に浮かぶ砂粒のような粒子が収束し、小さな球体へと変わる。
「記録は……まあ、この程度ですか」
誰に向けるでもない独り言。
その声はやけに穏やかだった。
地面に跪いていたはずの村人たちは、すでにいない。
存在ごと消えている。
その事実に、何の感情も浮かばない。
ただの結果としてそこにあるだけだ。
フレージは視線を上げる。
「さて」
空間の向こう。
ひび割れるように開いた空の裂け目。
そこから、新しい“地平”が見えている。
次の星系。
次の観測対象。
フレージは静かに歩き出す。
一歩。
空間が沈む。
もう一歩。
距離という概念が歪む。
彼が進むたびに、世界が“そこに合わせて”再構成されていく。
やがて、別の星。
文明の気配。
建物。
人々の営み。
それらを見下ろす位置に、フレージはすでに立っていた。
「ここは……少し密度が高いですね」
満足げに呟く。
その瞬間。
地上の誰かが気づく。
空が、紫に染まっていることに。
異変は、遅れて広がる。
人々が空を見上げる。
ざわめき。
混乱。
祈り。
恐怖。
それらすべてを、フレージはただ眺めている。
「さて……」
静かに手を前に出す。
その動作に意味はない。
すでに結果は決まっている。
「この星の“代表者”はどなたですか?」
声は穏やか。
だが拒否権は存在しない。
沈黙の後、ひとりの男が震えながら前に出る。
「わ、私が……この星の統治者です……」
「そうですか」
フレージは少しだけ目を細める。
まるで興味深い標本を見るように。
そして、軽く頷いた。
「では、観測を始めましょう」
その言葉と同時に、空がひときわ濃くなる。
重力が変わる。
世界が、わずかに軋む。
誰もそれを止められない。
誰もそれを理解できない。
ただ“そうなる”だけの現象として、進行していく。
フレージは小さく息を吐く。
「……悪くない」
評価はそれだけだった。
そして、指先がゆっくりと動く。
その瞬間――
世界の一部が、静かに“消えた”。
音もなく。
抵抗もなく。
ただ、そこにあったという事実ごと。
だがフレージは何も気にしない。
歩みを止めず、次の観測へと移る。
それが当然だからだ。
それが、彼の“日常”だからだ。
⸻
「……っ!!」
零司はベッドから飛び起きた。
呼吸が荒い。
額には汗。
しかし頭の中には、まだ紫の空が残っている。
「……またあれか……」
呟きながら、ゆっくりと天井を見上げる。
現実の空は白い。
普通の空だ。
何も起きていない。
「……夢だ」
そう言って、ようやく息を吐く。
ただ一つだけ。
胸の奥に妙な感覚が残っていた。
“観測”
その言葉だけが、やけに鮮明だった。
零司は顔をしかめる。
「……なんなんだよ、あれ」
そして、もう一度布団に倒れ込んだ。
外では今日も、王都が動いている。
そしてどこかで、零司は薬草の状態を確認していた。
「もう少し湿度が必要ですね」
世界は今日も、別々の速度で進んでいる。




