第39話 王との謁見と、壊れる礼儀
王城の大広間は、普段なら国の重鎮たちが集まり議題を交わす厳粛な空間だ。しかしこの日は空気が違っていた。重厚な扉の前には衛兵が並び、貴族たちは微妙に落ち着かない表情を浮かべている。理由は単純だった。例のFランク冒険者が来るからだ。
「本当に来るのか……」
「王城前で騒ぎを起こしたとか聞いたが」
「副団長が止めたらしい」
噂はすでに尾ひれどころではない形で広がっていた。
その中心人物である零司はというと、普通に廊下を歩いていた。王城の内部にある彫刻や壁画を眺めながら、時折小さく頷いている。
「建材のバランスが良いですね」
完全に観光気分である。
隣を歩くアレスは、胃が痛くなるのを感じていた。
昨日の正門騒動。アルフォンスの暴走。そして薬草事件。全部まとめて精神を削られている。
「零司殿」
「はい」
「お願いですから今日は穏便にお願いします」
「いつも通りですが」
その“いつも通り”が問題なのだと、アレスは喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
やがて大広間の扉が開かれる。
中には国王と重臣たちが並んでいた。
玉座に座る国王は、零司を見ると静かに笑みを浮かべる。
「ようこそ、王城へ」
その一言で場の空気が引き締まった。
しかし零司は一礼しただけで、特に緊張した様子もない。
「招待ありがとうございます」
実に自然だった。
その態度に貴族たちの間で微妙なざわめきが起きる。
「平民だぞ……?」
「礼儀がなっていないのでは」
「いや、国王に対してあれは……」
しかし国王は気にしていなかった。
むしろ興味深そうに零司を見ている。
「昨日の件、聞いている」
「ベヒモスですね」
「そうだ。二度倒したとか」
「はい」
即答だった。
そのあっさりした返事に、重臣の一人が咳き込む。
「本当にそれだけか?」
「特に難しくはなかったので」
この一言で空気が一段階変わった。
アレスは天を仰ぎかける。
(また始まった……)
この男は自分の発言がどれだけ異常か分かっていない。
だが国王は笑ったままだった。
「では聞こう。お前は何者だ?」
静かな問いだった。
会議室の空気が一気に張り詰める。
貴族たちは息を呑み、騎士たちは姿勢を正す。
零司は少し考えた後、答えた。
「冒険者です」
「それは知っている」
「Fランクです」
その瞬間、数人の貴族が顔をしかめる。
またか、という空気だ。
だが国王は目を細めた。
「それでベヒモスを倒したと?」
「はい」
沈黙。
数秒間、誰も言葉を発しなかった。
そしてついに一人の老貴族が立ち上がる。
昨日から零司に否定的だったバルモア侯爵だ。
「陛下」
「何だ」
「このような戯言を信じるおつもりか?」
場が一気に冷える。
アレスが眉をひそめる。
またこの流れか、と。
バルモア侯爵は続ける。
「Fランク冒険者が災害級魔獣を倒すなど前代未聞。何か裏があるに決まっております」
「例えば?」
国王が静かに問う。
「騎士団の援護、あるいは魔導師団の大規模魔法……」
「事実は違う」
アレスが即座に否定した。
その一言で侯爵の顔が歪む。
「副団長まで惑わされているのか」
「私は現場を見た」
短い一言。
しかしそれ以上に重かった。
それでも侯爵は引かない。
「ならば証明していただきましょうか」
視線が零司へ向く。
「この者に」
「……証明?」
零司が首を傾げる。
国王は少しだけ考えた後、頷いた。
「面白い」
アレスが顔を青くする。
嫌な予感しかしない。
「零司」
「はい」
「軽くでいい。ここで実力を見せてみよ」
その瞬間だった。
広間の空気が変わる。
零司は一歩前へ出た。
そして、静かに右手を上げる。
何の構えもない。
詠唱もない。
魔力の高まりもない。
だがアレスは気付いた。
(まずい)
理屈ではなく本能だった。
次の瞬間。
侯爵が叫ぶ。
「見ろ!何も起きないではないか!」
その言葉が終わる直前。
零司の指先に、黒い光が生まれた。
一瞬。
ただの一瞬。
しかしそれだけで広間の空気が凍る。
アレスの脳裏に、昨日の光景が蘇る。
ベヒモスが消し飛んだ瞬間。
あの“理解できない力”。
そして零司は、静かに言った。
「デスビーム」
黒い線が走った。
音はなかった。
爆発もなかった。
ただ、天井の一部が“消えた”。
正確には、遥か上方の空間ごと貫かれていた。
光が通った跡だけが残る。
数秒後。
天井の一部が遅れて崩落し、騎士たちが慌てて防御に入る。
しかし被害は最小限だった。
零司は首を傾げる。
「少し強すぎましたか」
その一言で、広間の全員が理解した。
これは“実力の一部”であると。
侯爵はその場に崩れ落ちた。
言葉が出ない。
理屈が通じない。
誇りも論理も崩壊していた。
国王は静かに笑う。
「よく分かった」
そして立ち上がる。
「零司、お前はしばらく王城に滞在しろ」
その決定は、誰も反対できなかった。
アレスは天井の穴を見上げながら小さく呟く。
「やっぱり来たか……」
修理費という現実が、彼の脳裏を支配し始めていた。
そして零司はというと、穴を見上げながら一言。
「星が見えますね」
やはり平和だった。
本人だけは。




