第4話 冒険者ギルドへようこそ
町が見えた時、霧島零司は心の底から安堵した。
石造りの外壁。
木製の門。
行き交う人々。
遠目にも活気が伝わってくる。
異世界に来てから初めて見る人の営みだった。
「助かりました……」
思わず本音が漏れる。
正直なところ、不安しかなかった。
森で目を覚まし、ゴブリンに襲われ、山を消した。
情報量が多すぎる。
今になってようやく、自分が異世界に来たのだと実感が湧いてきた。
門へ近付くと、二人の兵士が立っていた。
革鎧に槍。
いかにも門番という格好である。
「止まれ」
片方の兵士が声をかけた。
零司は素直に立ち止まる。
「身分証は?」
「ありません」
「冒険者証は?」
「ありません」
「商人証は?」
「ありません」
兵士が眉をひそめる。
当然だ。
何も持っていない。
だが幸い、この世界では珍しくないらしい。
もう一人の兵士が言った。
「旅人か?」
「そんなところです」
厳密には転生者だが説明しても信じてもらえないだろう。
兵士はしばらく零司を見たあと、
「問題はなさそうだな」
と頷いた。
どうやら無事に通れるらしい。
「町に入ったらまず冒険者ギルドへ行け」
「ギルドですか」
「身分証代わりになる」
「なるほど」
それは助かる。
今の零司は完全な無一文である。
まずは仕事を探さなければならない。
「ありがとうございます」
会釈をすると、兵士は少し驚いた顔をした。
礼を言われるとは思わなかったのだろう。
「お、おう」
「では失礼します」
零司は町へ入った。
その背中を見送りながら、兵士の一人が呟く。
「礼儀正しい奴だな」
「最近じゃ珍しいな」
二人とも知らない。
今朝、王国北部を大騒ぎにした張本人が今通り過ぎたことを。
◇◇◇
町の中心部。
ひときわ大きな建物があった。
木造二階建て。
看板には剣と盾の紋章。
冒険者ギルドである。
「おお」
零司は少し感動した。
異世界に来たら一度は見てみたかった場所だ。
ゲームや小説の定番。
まさか本当に来ることになるとは思わなかった。
扉を開く。
途端に喧騒が耳に飛び込んできた。
酒を飲む冒険者。
依頼書を見る若者たち。
受付で話し込むパーティー。
まさに想像通りの光景だった。
「すごいですね……」
思わず呟く。
その瞬間。
何人かの冒険者が振り返った。
黒髪。
見慣れない服装。
武器も持っていない。
完全に新人である。
「また新入りか」
「すぐ辞めそうだな」
「町の外で泣くなよ」
笑い声が上がる。
零司は特に気にしなかった。
どこの世界にもそういう人はいる。
それだけだ。
受付へ向かう。
カウンターの向こうには金髪の若い女性が座っていた。
名札にはミリアと書かれている。
「いらっしゃいませ」
営業用の笑顔だった。
だが零司が武器を持っていないことに気付くと、少しだけ表情が変わる。
「冒険者登録でしょうか?」
「はい」
「初めてですか?」
「はい」
「では登録料は銀貨一枚になります」
零司は固まった。
お金がない。
一枚もない。
完全に忘れていた。
「……ありません」
「はい?」
「お金がありません」
ミリアの笑顔が引きつる。
周囲の冒険者たちも聞いていたらしい。
何人かが吹き出した。
「金もねぇのかよ!」
「よく来たな!」
「冒険者舐めてるだろ!」
笑い声が広がる。
零司は少し困った。
言われてみればその通りだ。
「申し訳ありません」
素直に謝る。
するとミリアがため息を吐いた。
「でしたら、まず日雇いでも探してください」
「なるほど」
「登録はお金を用意してからです」
「分かりました」
あっさり引き下がろうとした、その時だった。
奥から低い声が響く。
「待て」
ギルド内が静かになる。
現れたのはギルドマスターのバルドだった。
大柄な男。
鋭い目。
歴戦の戦士の風格がある。
そして彼は。
零司を見るなり固まった。
「……お前」
「はい?」
「どこから来た」
「森ですが」
「北の森か?」
「たぶん」
零司は首を傾げる。
なぜそんなことを聞くのだろう。
しかしバルドの顔色は変わっていた。
北の森。
今朝、山が消えた場所。
そしてロイドの証言。
黒髪の若い男。
武器を持たない青年。
条件が一致しすぎている。
ギルド内の空気も変わり始めた。
ロイド本人がいたからだ。
酒場の席から立ち上がる。
顔が青い。
「ギルドマスター……」
「間違いないのか?」
ロイドは震える指で零司を指差した。
「そいつです」
ギルド内が静まり返った。
零司だけが事情を理解していない。
「何がでしょう?」
その一言で、さらに空気が重くなる。
本当に分かっていない顔だった。
演技には見えない。
だからこそ怖い。
「お前」
バルドが慎重に尋ねる。
「北の森で何をした」
零司は少し考えた。
隠すことでもない。
正直に答える。
「ゴブリンを倒しました」
それだけだ。
本人の認識では。
しかし。
ロイドは悲鳴のような声を上げた。
「やっぱり犯人じゃねぇか!!」
零司は首を傾げた。
ゴブリンを倒しただけなのだが。
なぜそんな反応になるのか。
まだ理解できなかった。
そして。
この数分後。
零司は人生で初めて魔力測定を行うことになる。




