第37話 Fランクは入城できません
王城へ向かう大通りは朝から賑わっていた。ベヒモス討伐の余韻がまだ残っており、行き交う人々の会話にも「黒い光」や「Fランク冒険者」といった言葉が頻繁に混じっている。しかし噂の中心人物である零司は、そんなことなど気にも留めず、紙袋いっぱいに詰まった薬草を抱えながら歩いていた。
「思った以上に収穫がありましたね」
満足そうだった。
王城からの招待より薬草の方が印象に残っているあたり、相変わらずである。
やがて巨大な城壁が見えてきた。王都の中心にそびえる王城。その威容は地方都市とは比較にならない。白い石で築かれた城壁は陽光を受けて輝き、幾重もの防衛設備が王国の威信を示していた。
普通の人間なら圧倒されるだろう。
零司は少し見上げた後、
「石材の質が良いですね」
とだけ呟いた。
感想がおかしい。
そんな彼が正門へ近付くと、警備中の衛兵たちが反応した。
王城は厳重な警備下にある。当然ながら身元不明の人間を簡単に通すわけにはいかない。
先頭の衛兵が前へ出た。
「止まれ」
零司も素直に止まる。
「王城へ何の用だ」
「招待されています」
そう言って招待状を見せようとしたのだが、その前に衛兵の視線が零司の胸元へ向いた。
Fランク。
そこに刻まれた冒険者タグを見た瞬間、衛兵の表情が変わった。
「……冗談か?」
「いえ」
「王城に?」
「はい」
衛兵たちは顔を見合わせる。
あり得ない。
王城に招待されるのは高位貴族や有力冒険者、大商人、王国への功労者などである。
Fランク冒険者など聞いたことがない。
しかも零司の格好は質素そのものだった。
どう見ても英雄には見えない。
「招待状を確認する」
衛兵は封を確認した。
そして固まった。
王家の紋章。
国王直属の印。
本物だった。
額に汗が浮かぶ。
しかしそれでも納得できない。
目の前にいる青年と招待状の格が噛み合わないのだ。
その時だった。
奥から甲高い笑い声が聞こえた。
「何の騒ぎだ?」
現れたのは豪華な衣装を身に纏った若い貴族だった。年齢は二十代前半。高そうな装飾品をいくつも身に付け、見るからに自信満々である。
衛兵たちは慌てて頭を下げた。
「アルフォンス様」
侯爵家の嫡男。
バルモア侯爵の息子である。
周囲の衛兵たちも露骨に緊張した。
アルフォンスは事情を聞くと、零司を見て笑った。
「Fランク?」
そしてさらに笑う。
「なるほど。最近噂になっている偽物か」
零司は首を傾げた。
「偽物ですか?」
「そうだ」
アルフォンスは断言する。
「父上から聞いている。ベヒモス討伐など誇張された噂に過ぎん」
周囲が微妙な空気になった。
現場を見た兵士もいる。
だが侯爵家の嫡男に反論できる者はいない。
アルフォンスはさらに続けた。
「どうせ運良く生き残っただけだろう」
「そうかもしれません」
零司は素直に頷いた。
実際、自分が強いという認識が薄い。
だから否定もしない。
しかしその態度がアルフォンスには余裕に見えた。
面白くない。
非常に面白くない。
「王城に入りたいなら実力を証明してみろ」
衛兵たちが青ざめる。
嫌な流れだった。
だがアルフォンスは止まらない。
「騎士を呼べ」
すぐに一人の騎士が前へ出る。
王城守備隊所属。
それなりの実力者である。
アルフォンスは満足そうに笑った。
「簡単な話だ。その騎士を倒せば認めてやる」
零司は困った顔になった。
戦う理由が分からない。
そもそも王城へ呼ばれているだけである。
だが説明しようとした時、正門の向こう側から慌ただしい声が響いた。
「待てぇぇぇぇぇ!!」
全員が振り向く。
猛スピードで走ってくる男がいた。
宮廷魔導師団副団長アレスである。
息を切らしながら全力疾走している。
副団長の威厳など欠片もない。
衛兵たちは目を疑った。
アルフォンスも固まる。
アレスは正門へ到着すると、肩で息をしながら叫んだ。
「何をしている!」
「副団長?」
「その方を止めるな!」
全員が静まり返る。
その方。
アレスは確かにそう言った。
侯爵家嫡男ですら使われない敬称だった。
アルフォンスが戸惑う。
「し、しかしFランクですよ?」
アレスは本気で頭を抱えたくなった。
まただ。
また始まった。
つい最近まで自分も同じことを言っていた気がする。
だからこそ余計に頭が痛い。
「アルフォンス殿」
アレスは真顔で言った。
「一つ忠告する」
「な、何でしょう」
「その人に実力証明を求めるのはやめろ」
「なぜです?」
アレスは数秒考えた。
どう説明しても信じない気がした。
だから率直に答える。
「王城の修理費が大変なことになる」
沈黙。
衛兵たちも。
騎士たちも。
アルフォンスも。
全員が意味を理解できなかった。
しかしアレスだけは本気だった。
もしここで零司がデスビームでも撃てば、正門どころの話では済まない。
ベヒモスの末路を知っているからこその発言だった。
そして零司はそんなやり取りを聞きながら、不思議そうに首を傾げていた。
「王城って壊れやすいんですか?」
アレスは遠い目をした。
違う。
壊れやすいのではない。
あなたが壊す側なのだ。




