第34話 Fランクを連れて来い
ベヒモス討伐から数時間後。
王都アークレストは、かつてないほどの熱気に包まれていた。
東地区の被害確認は続いているものの、住民たちの話題は一つしかない。
ベヒモス。
そして、それを倒したFランク冒険者。
酒場でも広場でも市場でも、その話ばかりだった。
「見たぞ俺!」
「指から黒い光が出たんだ!」
「嘘つけ!」
「本当だ!」
「でも一撃だったらしいぞ」
「そんな馬鹿な」
話せば話すほど嘘臭くなる。
だが現実に目撃者が多すぎた。
兵士。
騎士。
住民。
貴族。
数百人規模で見ている。
否定したくてもできない。
結果として、
「意味は分からないが本当らしい」
という結論になっていた。
そして当の本人はというと。
王都の高級宿の一室で、薬草図鑑を読んでいた。
「王都の薬草は種類が多いですね」
平和だった。
本人だけ。
⸻
一方その頃。
王城では緊急会議が開かれていた。
広い会議室には王国の重鎮たちが集まっている。
騎士団長。
宮廷魔導師団長。
宰相。
貴族代表。
そうそうたる顔ぶれだった。
会議室の空気は重い。
理由はもちろんベヒモスである。
「被害報告を」
国王が命じる。
報告役の官僚が資料を読み上げた。
「東地区の建物被害は百三十七棟」
ざわめきが広がる。
「死者は?」
「ゼロです」
今度は別の意味でざわついた。
普通なら数百人規模の犠牲が出る。
それがゼロ。
あり得ない数字だった。
「ベヒモスが予想以上に早く討伐されたためです」
会議室が静まり返る。
そして話題は自然と討伐者へ移った。
「例のFランクか」
騎士団長が腕を組む。
「信じ難い話ですな」
宰相も苦い顔をした。
当然である。
報告書を読む限り、完全に意味不明だった。
⸻
その時。
扉が開く。
全員の視線が集まる。
入って来たのはアレスだった。
宮廷魔導師団副団長。
ベヒモス事件の現場責任者でもある。
「アレス」
国王が声を掛ける。
「実際はどうだった」
会議室全員が注目した。
現場を見た人間の証言。
これが最も重要だった。
アレスは数秒黙る。
そして静かに口を開いた。
「事実です」
会議室が凍った。
「何?」
「ベヒモスはFランク冒険者が倒しました」
誰も喋らない。
沈黙だけが広がる。
つい数時間前ならアレス自身が否定していた。
だからこそ重い。
彼が認めた。
それはつまり。
本当なのだ。
「馬鹿な……」
誰かが呟く。
アレスは続けた。
「私の魔法は通用しませんでした」
その一言でさらに空気が変わる。
宮廷魔導師団副団長。
王国最強クラス。
その男が効かなかったと言った。
「しかし彼は二度倒しました」
「二度?」
国王が眉をひそめる。
そこでアレスは金色の紋様の件も報告した。
死体の再起動。
禁術らしき痕跡。
そして二度目の討伐。
話せば話すほど異常だった。
⸻
会議が終盤に差し掛かった頃。
騎士団長がぽつりと呟く。
「会ってみたいな」
「同感ですな」
宰相も頷く。
むしろ会わない方がおかしい。
王都を救った英雄なのだから。
ところが。
一人だけ違う反応をする男がいた。
老貴族である。
「認められませんな」
会議室の空気が少し冷える。
「何をです?」
宰相が尋ねる。
老貴族は鼻で笑った。
「Fランク冒険者ですぞ」
また始まった。
アレスが頭を抱えそうになる。
数時間前の自分を見ている気分だった。
しかし老貴族は止まらない。
「偶然でしょう」
「偶然ではありません」
アレスが即答する。
「では何か仕掛けがある」
「ありません」
「ならば……」
「ありません」
食い気味だった。
完全に経験者の反応である。
グラッドがここにいたら大爆笑していただろう。
⸻
すると国王が小さく笑った。
「面白い」
全員が振り向く。
「余は会いたくなった」
その一言で決まった。
国王命令である。
覆せる者はいない。
「Fランク冒険者、零司を王城へ招待せよ」
王都の最高権力者が興味を持った瞬間だった。
⸻
その頃。
宿では。
零司が薬草図鑑を閉じていた。
「王都はすごいですね」
満足そうだった。
ベヒモスも。
王国会議も。
国王も。
そんなことは知らない。
ただ薬草の種類が多いことに感動している。
すると宿の窓から外が見えた。
王都の夜景。
美しい光景だった。
しかし零司の視線は別の場所に向いていた。
「珍しい薬草ですね」
城壁近くに生えていた雑草である。
やはり平和だった。
本人だけは。
だがその頃、王都ではすでに大騒ぎになっていた。
英雄。
救世主。
謎のFランク。
黒い光。
様々な呼び名が飛び交っている。
そして王都の地下深く。
誰にも知られていない場所で。
砕け散った金色の欠片が一つの祭壇へ集まっていた。
闇の中。
誰かがそれを手に取る。
「なるほど」
低い声が響く。
「また現れたか」
その人物の口元がゆっくり歪む。
「面白い」
そして祭壇に刻まれた無数の金色紋様が不気味に光り始めた。




