第28話 王都が慌ただしいですね
王都アークレストの正門前は、一瞬で騒然となった。
つい先ほどまでFランク冒険者を見下していた門番たちも、今はそれどころではない。城壁の上では警鐘が鳴り響き、兵士たちが慌ただしく駆け回っている。
「東地区でベヒモス出現!」
「住民を避難させろ!」
「騎士団へ連絡だ!」
怒号が飛び交う。
王都の人々もただ事ではないと理解したらしく、街の中からも不安そうなざわめきが聞こえてきた。
ベヒモス。
その名を知らない者はいない。
巨大な体躯と圧倒的な破壊力を持つ災害級魔獣。討伐にはAランク冒険者や騎士団精鋭の投入が前提とされる存在だ。
門番たちは顔を青くしていた。
先ほどまでの余裕は完全に消えている。
一方でレオハルトの顔色はさらに悪かった。
「東地区だと……?」
彼の屋敷はまさにその方面にある。
両親も使用人たちも残っているはずだ。
もし本当にベヒモスなら、屋敷など紙細工同然である。
「馬車を出せ!」
レオハルトが叫ぶ。
執事が慌てて止めた。
「危険です!」
「黙れ!」
普段の余裕は消え失せていた。
グラッドはその様子を見ながらため息を吐く。
さっきまで零司を見下していた男が、今は半ば取り乱している。
もっとも、家族がいるなら当然の反応だった。
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その頃、城壁の上では兵士たちが次々と状況を報告していた。
「騎士団到着まで三十分!」
「三十分も持たないぞ!」
「被害が拡大している!」
東地区ではすでに複数の建物が破壊されているらしい。
王都の住民たちは避難を始めていた。
しかし巨大魔獣相手では逃げるだけでも難しい。
レオハルトは拳を握り締めた。
間に合わない。
騎士団を待っていたら間違いなく間に合わない。
だが自分にはどうすることもできない。
彼は剣の腕に自信はあった。
貴族の中では優秀な方だ。
それでもベヒモス相手など話にならない。
無力感が胸を締め付ける。
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そんな中。
零司だけが相変わらずだった。
「ベヒモスって大きいんですか?」
護衛騎士たちが一斉に振り返る。
今そこなのか。
グラッドは頭を抱えた。
「大きいどころじゃない」
「どのくらいです?」
「屋敷くらいだ」
「なるほど」
零司は頷く。
本当に納得したらしい。
だがその表情には恐怖も焦りもない。
まるで珍しい薬草の話でも聞いているようだった。
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その時、オルフェンが零司を見た。
昨日からずっと考えていた。
ブラックワイバーン。
魔物の大群。
デスビーム。
そして自分が見た幻。
もし本当に零司があれほどの力を持つなら。
ベヒモス程度、問題にならないのではないか。
そんな考えが頭をよぎる。
常識的にはあり得ない。
だが、この青年を常識で測ること自体が間違っている気もした。
「零司君」
「はい」
「君なら倒せるのかね?」
周囲の視線が一斉に集まる。
零司は少し考えた。
そして正直に答えた。
「たぶん」
その一言で空気が固まった。
門番たちは呆れたような顔をする。
何を言っているんだ。
相手はベヒモスだぞ。
Fランク冒険者が倒せるような存在ではない。
だが。
グラッドだけは笑わなかった。
護衛騎士たちも笑わない。
オルフェンも真顔だった。
彼らは知っている。
零司の「たぶん」はかなり信用できる。
むしろ恐ろしいほど信用できる。
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「ふざけるな!」
怒鳴ったのはレオハルトだった。
全員が振り返る。
彼の顔には焦りと苛立ちが浮かんでいた。
「相手はベヒモスだぞ!」
零司は首を傾げる。
「はい」
「はいじゃない!」
レオハルトは怒鳴り続ける。
「Fランクが何を知っている!」
彼の中では恐怖が限界に近付いていた。
家族が危険な状況にある。
自分は何もできない。
そんな時に現れたのが、のんびりしたFランク冒険者だった。
八つ当たりに近かった。
「黙っていろ!」
門前の空気が重くなる。
護衛騎士たちの表情が険しくなった。
グラッドも眉をひそめる。
しかし零司本人は気にしていない。
「そうなんですね」
としか返さない。
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その時だった。
東の空から轟音が響いた。
ドォォォォォン!!
地面が揺れる。
城壁の上から悲鳴が上がった。
「見えたぞ!」
兵士が叫ぶ。
「ベヒモスだ!」
全員が東へ視線を向ける。
遠く。
王都の建物群の向こう。
巨大な影が見えた。
まるで小さな山が動いているようだった。
その巨体が一歩踏み出すたびに地面が揺れる。
建物が崩れる。
人々の悲鳴が風に乗って届いてきた。
門番たちの顔から血の気が引く。
レオハルトも言葉を失った。
絶望的だった。
誰が見ても分かる。
あれは人間がどうこうできる相手ではない。
⸻
そして。
零司はその姿を見て一言。
「確かに大きいですね」
それだけだった。
グラッドは遠い目をする。
たぶん数分後には。
あの巨大魔獣の方が可哀想なことになる。
そんな予感しかしなかった。




